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実は「投手が打席に立つ」のは日本だけ…世界では常識になった「指名打者制度」を無視し続ける日本球界の非常識

プレジデントオンライン / 2025年2月4日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

日本のプロ野球では、パ・リーグが攻撃時に投手に代わって打席に立つ攻撃専門の選手(指名打者)を認め、一方でセ・リーグは認めていない。指名打者(DH)制を認めるべきか、否か。ライターの広尾晃さんは「世界の潮流は指名打者(DH)を認める方向にある」という――。

■指名打者制度が始まった“苦しい”事情

野球の指名打者(Designated Hitter=DH)は、1973年にMLBアメリカン・リーグ(以下ア・リーグ)が採用した。打者としては能力が劣る投手に代わって「指名された打者」が打席に立つというルールだ。

採用の動機は人気挽回。当時のア・リーグは12球団で、1970年の観客数が1208万5000人、71年は1186万9000人、72年は1143万8000人とじりじり減らしていた。72年の1試合当たりの観客数は1万2300人。スタジアムはガラガラだった。

「打撃が良いDHが打つことで、より得点が入りやすくなり、派手な打撃戦になる。お客も増えるだろう」

奇抜なアイデアを連発したことで知られるア・リーグ、アスレチックスの名物オーナーだったチャールズ・O・フィンリーなどが提唱し、導入された。一方、ナショナル・リーグ(以下ナ・リーグ)は導入しなかった。ナ・リーグの72年の観客動員は1553万人、1試合当たり1万6800人とまずまずお客が入っていた。

なにより、1871年まで源流をたどることができる老舗のナ・リーグにとって、1901年創設のア・リーグは新興のライバルであり、彼らの決めたことに従うのは抵抗感があったのだ。

DH制を導入した73年、ア・リーグの動員数は1343万4000人に増加した。しかしナ・リーグも1667万5000人と増加したから、効果のほどはよくわからなかった。

これ以後、ア・リーグはDH制を続け、ナ・リーグは導入しない時期が半世紀続いた。

■今では考えられないパ・リーグの惨状

同時期、日本のプロ野球のパ・リーグも「お客が入らない」状況に苦しんでいた。NPBの場合、セ・パの観客動員の格差は、MLBよりも大きかった。

1973年の観客数を見ると、セ・リーグは765万1000人、1試合当たり1万9600人を動員。しかし、パ・リーグは406万人、1試合当たり1万400人だった。続く74年は、セ・リーグが759万5000人、1試合当たり1万9500人に対し、パ・リーグは350万1000人、1試合当たり8900人とダブルスコアまで差が開いていた。

筆者は当時、大阪スタヂアム(大阪市浪速区、既に閉鎖)や日生球場(大阪市中央区、同)でパの試合を見ていた。球団は周辺で無料の招待券をたくさん配っていたが、それでも球場はガラガラで、観客席で寝転ぶこともできた。

パ・リーグは人気挽回のために73年から前後期の「2シーズン制」を採用したが、お客はまったく増えず。人気浮揚策の第2弾として、75年からMLBのア・リーグが採用したDH制導入に踏み切ったのだ。

■セ・リーグによるDH制反対の理由

これにセ・リーグは猛反対した。75年、セ・リーグは「DH制に反対する理由」として以下の9カ条を発表した。

1. 1世紀半になろうとする野球の伝統を、あまりにも根本的にくつがえしすぎる。
2. 投手に代打を出す時期と人選は野球戦術の中心であり、その面白みをなくしてしまう。
3. 投手も攻撃に参加するという考え方をなくしてしまう。
4. DH制のルールがややこしくファンに混乱をおこさせる。
5. ベーブ・ルースやスタン・ミュージアルは投手から野手にかわって成功したのだが、そのような例がなくなる。
6. 仕返しの恐れがないので、投手が平気でビーンボールを投げる。
7. いい投手は完投するので得点力は大して上がらない。
8. 投手成績、打撃成績の比較が無意味になる。
9. バントが少なくなり野球の醍醐味がなくなる。

結果的にDH制を導入しても、パ・リーグの観客は増えなかった。

75年、パ・リーグの観客動員は320万2000人、1試合当たり8200人、セ・リーグは947万9000人、1試合当たり2万4200人とトリプルスコアに近い大差がついた。

以後、MLBではア・リーグ、NPBではパ・リーグがDH制を採用、もう一方のリーグは採用しない状態が続いた。

■オリンピックの意外な影響

しかし1982年に創設された韓国プロ野球(KBO)は当初からDH制を導入した。初年度はNPBの近鉄から移籍したMBC青龍(現・LGツインズ)の白仁天(はくじんてん)が、DHとして打率.412で首位打者を獲得した。

また、1990年に創設された台湾プロ野球(CPBL)も当初からDH制を導入した。

さらに、アマチュア野球でもDH制を導入する団体が増えていった。これは1984年のロサンゼルスオリンピックで、公開競技として初めて野球競技が行われた際にDH制が導入されたことが大きいだろう。以後、オリンピックでの野球競技ではずっとDH制が採用されている。

1984年夏季オリンピック開会式当日のロサンゼルス・コロシアムの聖火台
1984年夏季オリンピック開会式当日のロサンゼルス・コロシアムの聖火台(写真=U.S. Air Force/PD US Air Force/Wikimedia Commons)

世界のアマチュア野球にとって、オリンピックは最高のステージであり、ここでDH制が導入されたことで、多くの国のアマ野球でもDH制を導入するようになった。

日本のアマ球界では社会人野球日本選手権大会が1988年から、都市対抗野球が1989年から、そして全日本大学野球選手権が1992年からDH制を導入している。

さらに中学生世代以下の少年野球でもDH制の導入が進んだ。

DH制の導入が進んだ理由には諸説ある。

投手の「投球強度=球速」が高まる中、投手の負担を軽減するために打席に立つことを免除したいと考える指導者が多くなったのではないか。

また打撃に意欲的な投手も減っているのではないか。

さらに、好機に投手に打席が回ってくると代打を送ることが多いが、DH制になれば、味方の攻撃に左右されず、投手を起用することができるからではないか。

率直に言ってDH制には一長一短があると思うが、ア・リーグが導入後、多くの野球団体がDH制を導入して、圧倒的なマジョリティになったことが大きいのではないか。

■メジャーのルールを変えた大谷翔平

2020年、ナ・リーグは試験的にDH制を導入した。この年は新型コロナ禍のために60試合のショートシーズンだった。DH制には慎重論が出て、翌2021年の導入は見送られたが、MLBと選手会との労使交渉を経て2022年、改めてナ・リーグでDH制が導入された。

2015年に就任したMLBのロブ・マンフレッドコミッショナーは申告敬遠や、データシステム「スタットキャスト」の導入など、新機軸を次々と打ち出してきた。ナ・リーグのDH導入も「ユニバーサルDH」として大きくアピールした。

2023年オフにFAになった大谷翔平は、打者としてはDH専任だ。DH制がないリーグへの移籍は事実上不可能となる。一説には、これを懸念したナ・リーグ球団のオーナーがDH制導入に同意したといわれている。事実、大谷はナ・リーグのロサンゼルス・ドジャースに移籍した。

米大リーグ、オールスター戦にナ・リーグの2番・指名打者で出場し、3回に球宴で初本塁打となる先制3ランを放つドジャース・大谷翔平=2024年7月16日、アーリントン
写真=共同通信社
米大リーグ、オールスター戦にナ・リーグの2番・指名打者で出場し、3回に球宴で初本塁打となる先制3ランを放つドジャース・大谷翔平=2024年7月16日、アーリントン - 写真=共同通信社

2019年の時点では、世界の主要なプロアマの野球団体でDH制を導入していないのは、日本のNPBセ・リーグ、東京六大学連盟、関西大学野球連盟、日本の高校野球だけになった。

「多勢に無勢」という言葉があるが、世界の野球界から見れば、セ・リーグ、日本の高校野球、大学野球はそういう状況になりつつある。

■ついに「申告三振」が提案された

セ・リーグが「DH制に反対する理由」を発表して今年で半世紀になる。

その中に

3. 投手も攻撃に参加するという考え方をなくしてしまう。

という項目があるが、セ・リーグ投手の打撃は、以後、まったく進化していない。

【図表1】NPB投手の打撃成績
筆者作成

1975年と2024年のセ・リーグ全投手の打撃成績を比較すると、安打、本塁打は激減し、三振が大幅に増えている。試合でやる気なく三振してベンチに戻る投手の姿は、セ・リーグの試合ではもはや当たり前の風景である。

今は交流戦があるので、パ・リーグの各球団は143試合のうち、セ・リーグが主催する交流戦の9試合だけ投手が打席に立つ。2024年のパ・リーグ投手の打撃成績は、118打数8安打0本塁打2打点68三振、打率.068だった。

2025年1月20日の「12球団監督会議」で、ソフトバンクの小久保裕紀監督が「申告三振」を提案し、日本ハムの新庄剛志監督も同意したとされる。今のプロ野球で投手が打席に立つナンセンスさを揶揄したのだろう。

■パ・リーグに完敗したセ界の盟主・巨人

また、「DH制に反対する理由」は、

5. ベーブ・ルースやスタン・ミュージアルは投手から野手にかわって成功したのだが、そのような例がなくなる。

というが、二刀流で圧倒的な活躍を見せる大谷翔平はパ・リーグの日本ハムファイターズ出身だ。

2019年の日本シリーズにおいて巨人はソフトバンクに4連敗した。その際に、巨人の原辰徳監督(当時)が「セ・リーグもDH制を導入すべき」という提案をしたが、他球団の賛同が得られず、議論は進まなかった。

2025年に入って、日本高野連は「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」において、「7回制」とともに「DH制の導入」を検討することとなった。

高校野球のリーグ戦「Liga Agresiva」では既にDH制を導入している。高校野球の指導者に話を聞いてもDH制への抵抗感はほとんどない。中学以下の野球ではDH制はもはや当たり前になっている。選手にも違和感はない。

ある指導者は「『DH制になると投手の打撃機会が減る』と言うが、使わなくてもいいのだから“エースで4番タイプ”の選手は、そのまま打席に立たせることはできる。何の支障もない」と語った。

東京六大学でも2018年以降、フレッシュリーグ(新人戦)などでDH制を導入している。

■すでにタイムアップのときが来ている

2025年1月8日、NPBの榊原定征コミッショナーは「セ・パでルールが違うというのはノーマルな状態ではないと思う。見る立場からすると打撃活発な試合の方が面白い」とDH制導入に言及した。

DH制導入へ向けて、じりじりと「包囲網」が狭まっている印象がある。

前述の1月20日の「12球団監督会議」でも再度DH制の導入が提案された。その際、ヤクルトの高津臣吾監督は「神宮球場を本拠地としている監督としては、DHには反対です」と語った。というのも「外にブルペンがある神宮では、誰が代打とか、相手のブルペンを見ながら作戦を立てていくこともすごく面白い。DHがない方が神宮の楽しみ方はできるのかなと思う」と意向を示した。

建て替え計画が進んでいる神宮球場のローカルな特性に言及しての「DH反対論」は「小さすぎる」と言わざるを得ない。

また、セ・リーグ球団のオーナーからは「DH制になると一人レギュラーが増えるので年俸が上がる」との声も聞こえてくる。セ・リーグはこの半世紀「DH制を導入しないメリット」について特段のアピールをすることもなく、自分たちだけのルールとして存続してきた。

しかしながら、監督やオーナーは、日本野球50年、100年の大計を考えてDH制の是非について判断すべきだろう。すでにタイムアップのときが来ている。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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