NHKプロデューサーが語る「大河第1回の話題のシーンを制作した本当の理由」…蔦屋重三郎を描くため決めた覚悟
プレジデントオンライン / 2025年2月9日 9時15分
■『大奥』チームが挑んだ、幕府公認の色里「吉原」の物語
――「べらぼう」は吉原が舞台ということもあり、大河ドラマとして初めてインティマシー・コーディネーター(ヌードや性的な描写があるとき、俳優が精神的にも身体的にも安心安全に演じることができ、かつ演出家のビジョンを最大限に実現するためのスタッフ)が入ったそうですね。
【藤並英樹制作統括(以下 藤並)】インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんには、よしながふみさん原作、森下佳子さん脚本のドラマ10『大奥』シリーズから入っていただいています。これまでも肌の露出や、キスも含めた性描写に関しては、出演者と所属事務所とコミュニケーションを取りながら進めてきましたが、『大奥』で専門的な教育を受けた方に入っていただこうということになったんですね。その際、仲里依紗さん、高嶋政伸さんなど、出演者の方々には「(インティマシー・コーディネーターに)入っていただいてすごくよかった」とおっしゃっていただきました。
――そうした配慮がなされている中、第1回では女性の裸の遺体が映し出されたシーンが話題になりました。臀部を隠された俳優さんとそうでない俳優さんがいたこと、AVに出演する俳優が遺体役でヒップをさらし、7時間寝転がっていたことをインスタライブで話したことなどから、女性性の搾取や格差社会を描く作品なのに、現場に格差があったのではないかという指摘もあります。
【藤並】たしかに撮影自体はトータルで7時間ぐらいかかっているんですよね。毎回カットがかかるごとに1回体勢を解いて服を着てもらったり、休憩してもらったりしながら撮影を進めていく中で、その都度(つど)囲いをしたり、スタッフが捌(は)けたりしましたので、想定以上に時間がかかったためです。
ただ、もちろん7時間ずっと地面にうつ伏せだったわけではありません。また、浅田さんとわれわれ制作側のスタッフとが事前に話し合って準備や段取り、手順を決めていきました。
■「女郎の末路が悲惨であることや貧しさを際立たせたかった」
――そもそも裸を映す必要があったのかという疑問の声もあります。
【藤並】時代考証によると、女郎が身ぐるみを剥がされて捨てられていたとのことでした。それを描くことによって、女郎の末路の悲惨さや格差、貧困、悲しさなどが、より際立つのではないかと思ったんです。蔦重が幼い頃に優しくしてくれた女郎を亡くし、「自分が吉原の窮状をなんとかしなければ」と立ち上がるきっかけになる大切なシーンでもありました。
また、テレビドラマとしてふさわしい表現を議論する中で、生身の俳優さんにうつ伏せの状態で演じて頂くことに決めました。「うつ伏せで肌の露出ができる俳優さんはいますか」とお声がけしていく中で、実際に出演していただいた俳優にお願いすることになりました。
――演じられたのは吉高寧々さん、藤かんなさん、与田りんさん。AVに出演している人たちですが、「裸のシーンだからセクシー俳優に」と依頼されたわけではないんですね。
【藤並】いろんな事務所さんにお声がけしていく中で、応えてくださった方々です。見つからない場合には演出を変えることも考えていました。彼女たちには浅田さんに面談してもらい、後ろ側だけ映るので、表側はヌーブラをつけたり、インナーを加工して実際の肌が見えないようにしたり、敷物を敷いたりして、なるべく負担のないよう撮影しています。もちろん囲いなど目隠しもしています。
■女郎役は全員インティマシー・コーディネーターと面談
――ちなみに、遺体役の人以外も、募集段階で性的な要素のあるシーンについては説明されているのですか。
【藤並】役名のある役者さんからエキストラの皆さんまで、特に女郎役の方々には全員浅田さんの面談を受けてもらっています。最初のオファーの段階から、女郎さんの場合、胸元が普通の着物よりも開いた状態になることや、冒頭の火事のシーンで逃げていくエキストラの方なども肌がはだけた状態で逃げ惑う役どころとあらかじめお伝えして募集したり……。
先にシチュエーション・条件を伝えた上で募集して、応募していただいて、われわれが選んだ後も浅田さんに面談してもらい、どこまでだったらはだけられるか、その上で支障がないようにどう隠すか、着替えはどうするかなど、浅田さんと女性の助監督が参加して細かく打ち合わせ、確認しています。女性だけでなく、男性もふんどしで逃げる人など、肌の露出がある方には浅田さんの面談を受けてもらっています。
■女郎を利用して儲けた蔦屋重三郎をなぜ主人公にしたのか?
――蔦屋重三郎は「吉原細見」というガイドブックや女郎の姿を描いた浮世絵で儲けた“搾取側”とも言えます。なぜ彼を主人公にしたドラマをやることになったのでしょうか。
【藤並】彼が生きた17世紀後半の江戸時代――戦もなく、経済は成熟しているものの、どこか鬱屈とした閉塞感があり、かつ噴火や飢饉という自然災害の脅威にさらされている時代が現代と非常に似ている。その中で何者でもない人が江戸のメディア王と呼ばれるまでに駆け上がっていく。蔦重の生き様が、2025年の視聴者の皆さんに1年間見てもらう上でうってつけじゃないかと思って選んだんです。
そんな中、吉原は蔦重の出身地で原点であり、かつ彼が生み出していく浮世絵や本などの作品も吉原がバックアップしたり、吉原という舞台が描写されていたりするので、そこは避けて通れない。同時に、吉原が江戸の文化の中心地であったというきらびやかな部分だけではなく、女郎やそこで働く若い男性も含めた搾取の構造や貧困や格差も丁寧に描かないと、それは蔦重の原点や故郷を描いたことにならないよねという話を森下さんともしました。
![NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/4/1200wm/img_b4124ea354ddb854a79b7e2616ef56a4832639.jpg)
■「蔦重もまた吉原で酷使されてきた搾取される側の人物」
――『大奥』は男女が逆転した架空の世界なので、構造のグロテスクさが際立っていました。今回は同じ制作チームであることに安心感を抱いた人も多いですが、搾取する側、消費する側の男性が主人公というところに難しさがあるのではないかとも思います。
【藤並】出発点が「吉原の性搾取を描きたい」ということではなく、蔦重の原動力やアイデンティティの根本が吉原にあるから描いたんですね。彼もまた幼い頃、親に捨てられ、吉原で奉公して生きてこなくちゃいけなかった、ある種、搾取される側の人物でもある。搾取の構造の中で生まれる格差や貧困をなんとかしたいと思う、その葛藤や創意工夫を丁寧に描けたらいいなと思っています。
■蔦重は女郎たちを解放できないが、女性へのリスペクトはある
――蔦重は女郎たちを利用して成功した人でもありますよね。その点について検討したことはありますか。
【藤並】蔦重自身も6歳で引き取られ、働きながら育てられた境遇があり、女郎たちも体を売るという面はある一方、第1回でも「吉原だったら白いご飯が食べられるじゃないか」というセリフがあったように、実家にいて飢えるより「吉原なら辛うじて生きていける」という側面もあったと考えていて。助け合い、生かし合える側面も吉原にはあるんじゃないかなと思うんです。
蔦重は女郎たちの稼ぎで生きているけれど、だからこそリスペクトはあり、吉原の店を救わないといけないという覚悟と責任はある。何が正しくて何が正しくないかがわからない、いろんな状況や人間の多面性のある難しい題材だからこそ、そこを森下さんはすごく丁寧に描写してくださっていますし、われわれも丁寧に映像化しなければと思っています。
蔦重自身も生きることに必死な人で、自分のできることをやっている一方、社会構造をひとりで人間がひっくり返せるわけじゃない。蔦重は結局、何者でもない人で、無力なんですよね。でも、そんな彼の姿を見て勇気をもらったり、変化したりする人は少なからずいるのでは。
彼自身が大きな変革をするのではなくても、彼が走っていくことで後ろに道ができ、後ろに連なっていく人ができていく。ここから浮世絵や戯作などのプロデュースを始めますが、彼が発掘した人物や、彼らと生み出していった作品が彼の死後に文化として花開き、それが海外にも認められて、ジャポニズムと呼ばれるものにつながっていくわけです。
■「親ガチャに失敗した」蔦重でも、周囲の人と共に成長できる
――何かを成し得た人ではなく、後ろにできる道、つながる人たちを描くというのは、現代的な視点ですよね。
【藤並】70年代や80年代、経済も右肩上がりで、努力すれば成功してヒーローになれるかもしれないと思えた時代には、立身出世の物語に共感が持てたと思うんですね。でも、今の時代、どうあがいても良くならないという暗澹たる空気がありますよね。
僕自身、好きじゃない言葉に「親ガチャ」というのがあるんですが、蔦重はいわゆる「親ガチャに失敗した人」。そんな人物でも、人を惹きつけ、周りと共に大きくなっていける。彼が何かを成し得るわけじゃないけど、誰かが何かを成し得るための手助けができるという点は、今を生きる人たちに共感してもらえるんじゃないかなと思っています。
――これからの時代劇におけるインティマシーシーンのあり方について、どんなことを考えましたか。
【藤並】今はどういう番組を作るかだけじゃなく、どうやって作るかまで問われる世の中になっていると感じています。第1回で「映像を見て驚いた」というご意見があったことについては、今後の番組作りの参考にしたいと思います。テレビドラマという誰でもアクセスできる媒体において、今後表現をどのようにしていくかは、われわれ制作者側がしっかり考えていかなければいけない部分だと改めて思っています。
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NHK「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」制作統括
2002年、NHK入局。携わった主な作品に、大河ドラマ『軍師官兵衛』『おんな城主 直虎』『麒麟がくる』、連続テレビ小説『とと姉ちゃん』『ちむどんどん』など。
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(NHK「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」制作統括 藤並 英樹 取材・構成=田幸和歌子)
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