124歳まで返済を続けることになる…5歳児を轢いた高齢ドライバー(60代)がたどる「無保険事故」の悲惨な結末
プレジデントオンライン / 2025年2月7日 8時15分
■高齢ドライバーに轢かれた30代の女性
私たちは交通事故と無縁で生きられない。たとえ自身が交通ルールを守っていたとしても、外出する限り、事故に巻き込まれる可能性はある。
交通事故に備えて、通常、自動車の所有者は自賠責保険と任意保険に加入している。自賠責保険は加入しなければ法律で罰せられるもので、強制保険とも呼ばれる。補償範囲は対人賠償に限定され、寝たきりや車椅子利用、介護が必要な方の介護料の支援などの補償がある一方で、一定の支払限度額以上の補償は受けられない。
任意保険未加入の自動車との接触事故に遭った場合、どのようになってしまうのか。また事故後、どうすればよいか。実際の交通事故被害者の体験と、交通事故に詳しい弁護士の見解を聞いた。
2児の母親として子育てをしながら会社員として働く浅田ふみさん(30代、仮名)が自動車に轢かれたのは2024年7月のことだ。事故当時の様子をこう話す。
「仕事からの帰り道、自転車で横断歩道を渡るところでした。もちろん、青信号を確認して渡ったのですが、右折してきた自動車に轢かれ、そのまま自転車だけ2メートルほど引きずられていました。私は地面に伏す格好になりましたが、おそらくドライバーはぶつかったことに気づいていないようでした」
浅田さんは立ち上がれる状態ではなかった。事故を目撃した付近のトラック運転手が降りてきて、彼女の肩を担いで歩道へ避難させたという。
「脚の付け根を打撲していたらしく、あとから見たらアザになっていました。地面に寝たまま起き上がることができなかったんです。私を避難させてくれたトラック運転手の方が救急車を呼んでくださり、病院へ向かいました」
事故当日に加害者を見ている浅田さんは、「いわゆる高齢ドライバーだった」と話す。また通常は迅速に連絡があるはずの保険会社から連絡が来ないことに違和感を持った。
■治療費は払われたが、そのほかの費用は泣き寝入りに
「警察の方から調書を取られているときに保険について伺うと、加害者は任意保険に未加入であることがわかりました。警察の方に聞くのも筋違いかもしれませんが、私は思わず『どうして未加入なんですか』と聞きました。結局、未加入である理由はわかりませんでしたが、加害者は高齢のため近く免許返納を予定していたことがわかりました」
免許返納予定であったことと任意保険未加入の関係性ははっきりしないが、保険料を節約した矢先に起きた事故である可能性は否定できない。
交通事故被害者となった浅田さんの苦悩は、事故後も続いた。
「自賠責保険によって対人賠償はありましたので、治療費などは賄うことができました。ただ、私が怪我をしたことで子どもの送迎にベビーシッターを頼まなければならず、その費用は補償されません。また、仕事を休まなければならなかったため、その遺失分の補償も一部しかないわけです。これらについては自分で直接加害者に請求し、その一部が支払われたものの、加害者から支払いの猶予を求めていると思われる手紙が届くなど、見通しは暗いままです。
そもそも、自賠責保険の補償を受けるためには印鑑証明が必要となりますが、怪我を負わされた身体で役所まで取りに行くことはかなりの苦痛でした」
現在、浅田さんは弁護士に依頼せずに解決を試みている。それはなぜか。
「賠償金額が巨額ではないため、費用倒れになるのではないかと考えているからです。突然このようなことになって、本当はどうすればいいのかよくわかりません」
■保険金が受け取りやすいからこそ、補償額は少ない
このような事故に巻き込まれた場合、どのように対応すればいいのか。交通事故の案件などに定評のある弁護士法人・響所属の古藤由佳弁護士に話を聞いた。
「自賠責保険は、どんなに重大な被害に遭ったとしても、補償限度額が決まっています。具体的には、傷害においては上限120万円、死亡の場合は3000万円、後遺障害が残る場合は3000万円(ただし常時介護の時は4000万円)等です。
これらの金額は、将来家族を養うはずであったことを考えた場合、十分とはいえません。自賠責保険は被害者を守るためのものですから、被害者の過失が一定程度あっても保険金を受け取りやすいというメリットもありますが、簡単に保険金が受け取れるからこそ金額の上限が低く設定されているともいえます。
一方で、相手方が任意保険に加入していれば、自賠責保険の保険金を超える部分の損害を補填してもらえますし、最初から保険会社が治療費を一括で立て替えてくれるため、被害者の手出しになることがなく、当事者としても安心して通院できます。
交通事故において弁護士が介入することは、十分な損害賠償を受けられるように尽力するというメリットもありますが、そうした基本的なこと以外にもあります。たとえば、被害者の方は事故のあとも長期にわたって通院をする場合がありますが、実は通院費は、当然に全額が補償されるわけではありません。被害者の方が必要性を感じて通院してかかった費用でも、「損害賠償」という法律的な観点からみて全額の補償が妥当でないこともあります。もし漫然と通院を続けてしまうと、予想外の自己負担が生じる可能性もあるのです。
痛みなどの症状があれば医師は通院するようにアドバイスをしますが、医学的観点と法律的視点は異なっているため、そのラインを法曹の目線でお伝えすることができます。もちろん、痛みを我慢せよという話ではなく、補償がいつ打ち切りになるかなどの見立てが可能であるという利点があるという意味です」
■裁判で勝訴しても、賠償金が支払われない事例も
交通事故そのものが被害者にとっては理不尽な体験だが、そのなかでも冒頭の浅田さんのように加害者が任意保険未加入である場合、“報われなさ”が殊更(ことさら)に際立つ。古藤弁護士は「依頼された案件は何とか活路を見出す」としつつ、想定される“報われない”事例を話してくれた。
「任意保険に加入していない加害者と毎月2万円の支払いをすることで和解した事例で、その後しばらく入金がないことがありました。こうした場合、裁判で判決を勝ち取ってから、差し押さえをする資産を調査するために、財産開示請求を行うなどの手段を取ります。
自賠責保険のみの加入の場合、より深刻なのは自賠責保険の補償の対象になっていない物損の場合です。たとえばかなり高額なものを運んでいるときに任意保険未加入の自動車に追突された場合、品物が壊れても何らの補償も受けられません。この場合は、加害者本人に請求することになりますが、加害者に支払能力がない場合は加害者の家族も巻き込んで、公正証書を作成し補償を求めるなどの手立ても考えられますが、加害者の家族が協力してくれる事案は極めて稀です」
さらに、自賠責保険にすら入っていない自動車による事故についても、古藤弁護士はこう話す。
「そもそも自賠責保険に加入していないのは刑罰の対象になるものですが、そうした加害者も皆無ではありません。こうしたときは、政府保障事業によって救済を試みる場合もあります」
■5歳児が高齢者に轢かれたが…
往来を行き交う自動車の保険加入未加入を判断することは到底不可能だ。無保険の自動車との事故に備えた保険もあるのだと古藤弁護士はいう。
「無保険車傷害保険というものもあります。自賠責保険や人身傷害補償保険などの保険額を超える部分について、支払われるものです。人身傷害補償保険で保険金が支払われる場合においても、超過分についてのみ無保険車傷害保険から支払われる仕組みになっています」
任意保険未加入の自動車が起こした交通事故として、その恐ろしさがわかる事例があるという。
「5歳児が自動車に轢かれた事案です。子どもは重傷を負い、脳外傷を理由とする高次脳機能障害(遂行機能障害・視力低下など)が残りました。加害者は年金暮らしの60代、「自賠責の回収分の約1500万(損害分と後遺障害分合計)および、被害者自身の保険を使って支払われた保険金、計6000円を超える1600万ほどについて訴訟提起し、遅延損害金を除く金額がほぼ満額認められ、訴訟上の和解を行いました。
訴訟上の和解において、加害者は1600万を月3万円ずつ支払うことになっていますが、完済は令和50年(2068年)になる見通しです。これは、完済時に加害者が124歳になっている計算であり、全額回収は到底不可能です」
■乗車頻度が少なくても、任意保険には加入しておいたほうがいい
「加害者には一応の財産がありますが、それらを換価しても全額の回収は叶わず、また被害者家族に『加害者の財産までは奪いたくない』との意向があるため、被害の大きさに比して回収できた金額は本当にわずかです。
本件は被害者の意向によっては、加害者はあらゆる財産を手放すことになりかねない事案であり、保険未加入であったことが被害者・加害者双方の人生を大きく変えてしまうことがわかります」
任意保険に加入するメリットについて、古藤弁護士はこう考える。
「任意保険には、自動車に乗る頻度にかかわらず、加入すべきです。保険に切れ目があっては意味がありません。交通事故はときに取り返しのつかないものを失う恐ろしいものですが、そうであるからこそ金銭で補償できる部分については適切な補償が受けられるようにしておくことが被害者・加害者どちらにとっても大きな支えになるはずです」
「任意保険未加入での事故」という不幸で双方の人生を台無しにしないためにも、思慮深い選択がすべてのドライバーたちに期待される。
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弁護士
弁護士法人・響所属。「難しい法律の世界をやさしく、わかりやすく」をモットーに、交通事故や消費者トラブル・借金等、民事事件から刑事事件まで幅広く手がける。「島田秀平と古藤由佳のこんな法律知っ手相」(FM NACK5)へのレギュラー出演等メディア出演も多数。
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ライター、エッセイスト
可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。
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(弁護士 古藤 由佳、ライター、エッセイスト 黒島 暁生)
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