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次のやり投げ「金」北口榛花選手は現れない…15歳までに運動系部活やめる女子の"スポーツ離れ"の根本理由

プレジデントオンライン / 2025年2月6日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kumikomini

52年前のミュンヘン五輪で日本人女性選手のメダル獲得数は2個。昨年のパリ五輪のそれは18個だった。大躍進しているものの、スポーツライターの酒井政人さんは「近年、女性のスポーツ離れが顕著で、親世代も運動をしない人が多く、子ども世代も運動の部活をする率が低くなっている」という――。

■部活動の地域移行でスポーツができなくなる?

日本は、2024年のパリ五輪で金メダル20個を含む45個のメダルを獲得した。海外開催の五輪では過去最多という快挙だが、日本のスポーツの将来はむしろ危うい状態にある。なぜなら日本のスポーツ界を支えてきた「土台」が大きく変わりつつあるからだ。

土台とは、中学・高校などの「部活」のことだ。少子化と教員の働き方改革に伴い、スポーツ庁と文化庁が2022年12月に策定したガイドラインに基づき、2023年度から3年間かけて、公立中学校の休日の運動部の部活を段階的に地域移行(地域や民間団体に指導を委ねる)していくと決めた。

顧問の教員がその競技に詳しくないケースもある旧来の部活に対して、地域の民間団体の指導者はその競技に精通しており、質の高い指導を受けやすいと言われる。だが、その一方でさまざまな問題が浮上しているのも事実だ。

例えば、「地域クラブで活動する際の心配事」を聞いた調査(長野県松本市教育委員会)では、「家から活動場所まで送迎できるか」が小学生保護者81.0%、中学生保護者77.7%で最多となった(複数回答、以下同)。

また、「どのくらいの費用(月謝)がかかるか」がそれぞれ50.0%、48.7%で続いた。月謝の許容額(千円単位)は、小中学生の保護者ともに「5000円まで」が最も回答が多く、中学生保護者は平均4518円、小学生保護者の平均は5210円だった。

これまで学校のみで完結していた部活が地域移行することで、送迎や活動費用など家庭の負担が大きくなる。従来ほど部活に参加できない生徒が増えるのは必至だ。競技人口が減れば、全体のレベルは自然と下がる。

もうひとつ、日本のスポーツレベルを低下させかねない現象が起きている。国民のスポーツ実施率が下がっているのだ。特に近年、大人の女性の運動不足が深刻な状況で、“スポーツ離れ”が加速している。大人のスポーツ習慣がなければ、子どもたちも自分もやろうという機運が高まりにくく、スポーツ人口が大幅減少する恐れもある。

■30~40代の子育て世代は運動不足

スポーツ庁が1964年から毎年実施している「体力・運動能力調査」(対象:6歳~79歳、握力やシャトルランなどの記録を集計)の最新調査で30~40代の女性の運動不足がより顕著であることがわかった。子育て世代が運動をしなければ、子どもも関心を持たないままということも十分考えられる。

20~40代の女性で「運動をしない」と回答した割合が高く、特に35~39歳は42.5%。半数近くは運動ゼロの毎日なのだ。「週1日以上運動する」とした女性は30代で3割、40代で3~4割にとどまった。

となれば必然的に体力面での低下も大きくなっている。成年(20~64歳)の新体力テストの平成10(1998)年~令和5(2023)年のデータを比べると、女性の35~39歳と45~49歳がこの26年間で24位と低い順位となった(※35~39歳の合計点を98年と23年で比較すると男性は37.1点から37.9点にアップしているが、女性は37.7点から35.1点に大きくダウン)

過去10年の比較では40歳代女性ではほとんどの項目(握力、上体起こし、長座体前屈、反復横とび、急歩 or 20mシャトルラン、立ち幅とび)および合計点が低下傾向を示しているのだ。

スポーツ庁は「働く世代、子育て世代を重点にスポーツ参加を促していく」としているが、簡単ではないだろう。

この調査結果を分析した順天堂大大学院の内藤久士教授(運動生理学)は30~40代女性について「何が影響しているのかはわからないが、子どもの時から運動に苦手意識を持っている世代と考えられる」と指摘している。今後は30~40代のスポーツ頻度はさらに下がると考えていいだろう。なぜなら、近年の10代女子の“スポーツ離れ”も目立っているからだ。

■“スポーツ離れ”は15歳までに起きている

WHO(世界保健機関)によると、世界の男女のスポーツ参加率は女子が男子より20%少ないという。また世界で15歳までにスポーツをやめてしまう女子の数は男子の2倍もある。日本も例外ではない。中学までは部活をしても、高校はやらないことが多いのだ。

中体連(日本中学校体育連盟)による登録人数(参考競技を含む)は令和3(2021)年度で男子が114万7343人、女子が83万4777人。高体連(全国高等学校体育連盟)と高野連(日本高等学校野球連盟)による登録人数は令和6(2024)年の男子が81万8226人、女子が36万7304人。高校から運動部に入るパターンやクラブチームでスポーツを継続する生徒もいるが、単純計算で中学から高校での運動部継続率は男子が約71.3%、女子は約45.4%になる。

なお2021年の全国中学校生徒数は男子が167万393人で女子が159万6504人。中学で運動部に入るのは男子が約68.7%いるなかで、女子は約52.2%しかいなかった。

バスケットボールを右手で触りながら、体育館の壁際に腰を下ろしている女性
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■スポーツ離れの原因は指導者にある?

スポーツ用品ブランドのナイキとローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団(スポーツを通じ世界中の子供や若者の支援に取り組むイギリスに本部を持つNGO団体)は、昨年10月に国内外からトップアスリートやスポーツ指導者を含む約400人を招き、女子のスポーツを取り巻く課題と解決策を考えるイベント「女の子のためにスポーツを変えるウィーク COACH THE DREAM」を開催した。

筆者も参加したが、大いに考えさせられる問題があった。

パネルディスカッションに登壇した中京大学大学院スポーツ科学研究科の來田享子教授は、「日本における女子のスポーツ参加の障壁はいくつもある」と訴えた。なかでも深刻なのが、女性の指導者が非常に少ないことだ。

「WHOの十分な運動量を確保できているのは世界的に見てもわずか15%しかいない。日本でも中学になると運動する女の子と運動しない女の子に二極化していきます。そのなかで日本に女性コーチは21%しかいません。それがハイクラスのコーチになると8%くらいまで少なくなります。(競技が)上手になるほど、女性コーチとの出会いが減ってしまうんです」

女子のロールモデルが非常に少ないということが女性のスポーツ離れの大きな要因になっているのだ。このような状況では指導者が、「女の子の体と心の変化」にうまく対応できず、「女子にフィットするスポーツ環境の不足」を補うことは難しいだろう。

また來田教授はプレーで失敗したときにコーチから激しい叱責の言葉を投げつけられたりする「人権の尊重・保護の欠如」も問題視した。

従来の部活では指導者らによる体罰や暴言もしばしば問題化したが、そのレベルまでいかなくても「強めの言葉」による指導やお説教は、コーチ(監督・顧問)と選手、上学年と下学年といった上下関係を明確にする部活の負の遺産と言えるかもしれない。

■次のやり投げ「金」北口榛花選手は現れないのか

男性コーチが女子選手を指導するのは簡単ではなく、パリ五輪でバスケットボール女子日本代表ヘッドコーチを務めた恩塚亨氏(東京医療保健大女子バスケットボール部ヘッドコーチ)は、「女子の気持ちがわかってない、と何度も言われたことがあります」と振り返った。

例えば、スポーツ界では「体重管理」に厳しい指導者が少なくない。男性選手では当たり前の感覚でも、女性選手にはハードルが高く感じられ、中には指導者からの言葉や行為を“不愉快”に思うケースも少なくないようだ。

そのなかで恩塚氏は女性選手に対してどんなアプローチをしているのだろうか。

「選手がコーチに言われたことをやるというのは、自分らしさとかけはなれた状況になりがちです。選手の成長には練習は必要です。それを義務としてやらせるのではなくて、いかにやりたくなるようにするのか。私がコーチングで一番大事にしているのは、(自ら練習したくなるような)ワクワクした状態に導くことです。ワクワクしているとクリエイティブになって、努力が努力でなくなります。(自分の課題を克服することで)チームにどんな貢献ができ、周囲がどう喜んでくれるかを選手がイメージできれば、勝つために必要なことを自分からできるようになっていきます」

「強制・命令」が幅を利かすマッチョな雰囲気から、選手それぞれが自主的に取り組む組織へ。そんな空気を指導者が作り、選手にマインドチェンジを促すことが大事なのだ。

また日本の社会全体に顕著に見られる「女子はこうあるべき」という「ジェンダー規範」の存在も、女子をスポーツから遠ざけている。例えば、女性はスリムな体型のほうがいい、といった暗黙の了解があるため、せっかく才能がある選手なのに「体を大きくしたくないから、パワー系の競技はやりたくない」と辞めてしまう女子も少なくない。

大手ポータルサイトのトピックスで取り上げられるスポーツニュースを読むと、男子記事に比べ、女子記事が圧倒的に少ない。しかも、女性選手の記事でも、ピックアップされる内容が「A選手が優勝、左手に指輪キラリ」など競技と直接関係のない内容が目立つ。世間の見方も男子選手と女子選手で温度差があるのだ。

パリ五輪で獲得した45個のメダルの内訳を見ると、男性23個に対して、女性はやり投げで金を獲って日本プロスポーツ大賞・大賞を受賞した北口榛花選手など18個となっている(男女混合4個)。52年前の1972年ミュンヘン五輪での男性27個、女性2個に比べると、女性は大きく躍進した。男性にひけをとらない立派な内容だが、女性のスポーツ離れにより今後はそれが低下すれば、もう次の北口榛花選手のような存在は現れないかもしれない。

2023年8月25日、陸上世界選手権女子やり投げで金メダルを獲得し、日の丸を掲げる北口榛花=ブダペスト
写真提供=共同通信社
2023年8月25日、陸上世界選手権女子やり投げで金メダルを獲得し、日の丸を掲げる北口榛花=ブダペスト - 写真提供=共同通信社

自分らしいモチベーションでスポーツを続ける――。それこそが男女ともに日本のスポーツが持続的に発展していくための鍵だろう。

女性がスポーツ好きになれば、未来の子どもたちに好影響がある。性別や世代を超えて誰もがスポーツを楽しめる世の中をつくり土台を分厚くすることが、日本のトップ級の実力を底上げするための条件と言えそうだ。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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