食パンを万引きした男が見つかって暴行…貧困ゆえのせつない事件を裁判員として裁いた商社マンの体験
プレジデントオンライン / 2025年2月9日 9時15分
※本稿は『裁判員17人の声 ある日突然「人を裁け」と言われたら?』(旬報社)の一部を再編集したものです。
■万引きしたホームレスが、清掃作業員に抵抗し暴行した事件
元商社マン。裁判員をつとめた当時は50歳代だった。
――はじめにあなたが担当された事件についてお聞かせください。
【高橋】2011年、強盗傷害罪の裁判です。ホームレスの男性(被告人)が食うに困って、スーパーマーケットに届けられた食パン等の万引きを数日繰り返していたのですが、事件当日は清掃作業員の方(被害者)に見つかり腕をつかまれました。被告人は捕まりたくないと十数分にわたって暴行をしたあげく、転倒した被害者に万引きしたカッターナイフを突きつけ「死にたくないだろう、手を放せ!」と脅して逃走しました。
被告人は犯行後、衣服に返り血を浴びた状態であるため逃げ切れないと考え、自首するために犯行後すぐに自ら駅前交番に出頭しました。裁判の争点は量刑で、被告人は執行猶予中、また十数分にわたっての暴行があったことから、被告人に暴力的な傾向があるか否か、という判断が必要でした。
――裁判員名簿記載通知が届いたときはどのように感じましたか。
【高橋】やる気満々でしたね。その後選任手続きまで進んだので、「私は裁判員に選任される」という根拠なき自信がありました。亡父が警察学校の教官(教場)・警察官だったこともあり、なんとなく選任される運命を感じていました。
■父親は警察学校の教官、裁判員に選任される運命を感じた
――裁判員制度の知識のほどはいかがでしたか。
【高橋】理系の大学だったのですが、法学の授業を受けていたこともあって、裁判員制度はある程度理解しており、「無罪推定の原則(疑わしきは罰せず)」や「黙秘権」等もそれなりに理解していました。
――裁判員の経験談を聞いたことはありましたか。
【高橋】いくつかの裁判後の記者会見を拝見したことはあるものの、実際の経験談を聞いたことはありませんでした。事前知識として情報収集できていたら多少は心に余裕が生まれていたと思います。
当時は裁判員制度が始まって2年目の創成期でしたし、経験者の絶対数がそもそも少なく、SNSのような交流ツールもありませんでした。裁判が終わり、交通費とか諸々の手続きを行っているときに裁判長から「経験者の交流団体があるみたいなので、興味があれば探してみてください」との話がありましたが……。約2年後にネットで検索して、交流団体につながりました。
■カッターを手に「死にたくなかったら手を放せ」と暴れた真意
――審理のようすを教えてください。
【高橋】審理は1.5日、評議・評決1日、判決言い渡しが0.5日ののべ3日間です。自認事件で量刑を決める裁判でしたが、情状面から「暴力的か否か」についてが焦点でした。
――審理での判断資料はそろっていましたか。
【高橋】検察側の提出してくれた書面はとてもわかりやすくまとまっていました。起訴状では「十数分間にわたる暴行を行う粗暴犯(このケースでは、「被告人に暴力的な傾向があるか否か」が争点となった)」であるとしながら被害者の傷だらけのカラー写真を映し出し陳述していました。弁護側は「被告人は本来気が小さく、ケンカっ早い人間ではなく、捕まりたくないから手を放させるために暴行を行った」と弁護していました。
また検察の主張する「十数分に及ぶ暴行を行ってカッターナイフを顔に近づけたから『粗暴犯』」なのかを確かめるべく、裁判員質問の際に「犯行時に『死にたくなかったら手を放せ』と言っても手を放さなければ殺すつもりだったのですか?」と私が被告人に質問をしたところ、「殺すつもりはなく、手を放してほしいからの脅しです、被害者の方がすぐに手を放してくれたので、それ以上のことにならずに済んで良かったです」との供述を得られました。
![カッターナイフ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/1200wm/img_2dcb53576efeeb6d957b273089305379373545.jpg)
■被告人の人生をたった3日間の公判で決めていいのか
――他に印象的な場面等はあったのでしょうか。
【高橋】最終弁論で弁護人が「被告人は人に頭を下げることができない人です。食うに困ったホームレスの人の中には『コンビニエンスストア等の駐車場とかの清掃をするので廃棄弁当を恵んでほしい』と頭を下げている人もいるのです。被告は執行猶予中の犯行なので実刑は免れないでしょうから、助けてほしいとか頼みごとをしたいときのような場合、他人に頭を下げることを学んでほしい」と、裁判長の説諭のような弁論をしたことが印象的でした。
――評議はいかがでしたか。
【高橋】裁判員、補充裁判員も含めて審議・評議ともに全員が意見や疑問点を出しあえたと思っています。ファシリテーターは裁判長で、裁判員、補充裁判員全員の意見や感想を求めて犯行状況を認定していきました。評議のイメージは「犯行の際、第一歩は右足・左足のどちらから歩き出したのか?」のように証言をもとに突き詰めていく感じで進みました。
――不満に感じた点などはありましたか。
【高橋】被告人の人生をたった3日間の公判で決めていいのか、やり残しはないのか? と……未だにスッキリとしません。
■有罪でも、被告の心に響き・更生につながる量刑が出せたらいい
――裁判長の進め方への感想はいかがでしょうか。
【高橋】「こんな感じで審理・評議・評決するんだ……」という感想でした。進行スピードが速い・遅いなども含め、比較対象がなかったので比べようがないのですが、経験者の交流会などに参加して複数の経験者の話を聞いていれば、感想は変わったのかもしれませんね。
――裁判が終わったときの感想を教えてください。
【高橋】量刑は多数決で決まり、裁判体で出した判決には自信があり、充実感がありました。ただ、実質2日間の審議・半日の評決で被告の人生を決めていいものなのか、不安感はありました。
また、判決後に上訴したのかは知りたかったですね。後日、ふと思い付いたのは、量刑のほとんどが「4年/4年6カ月/5年…」のように半年刻みなのは大雑把な気がして……。たとえば被告人が50歳になる前にとか母親の誕生日前…とかに出所できる「量刑4年4カ月(52カ月)」のような量刑が出せたとすれば、被告の心に響き・更生につながるのかも? と考えています。
――裁判のあと、経験談等を話す機会はありましたか。
【高橋】話を聴いてくれた人はごくわずかでした。上司や同僚に話そうとしても聞く耳をもたず、裁判が終わったあと上司に「これこれの事件の裁判でして」と簡易報告をしたとたん「守秘義務を知らないのか? 捕まるぞ、これ以上の報告はいらない」と言って話しを遮られました。
![オフィスで同僚をスコーリディングするビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/1200wm/img_88aa64d696994849fd5142754eb062b9147927.jpg)
■裁判員制度では、内容についての守秘義務は緩和すべき
――守秘義務についてそのように捉えていたんですね。あなたはどのようにお考えでしょうか。
【高橋】守秘義務は緩和すべきだと思っています。「被害者・被告人等のプライベートな情報や、発言者が特定されないかたちであれば話してよし」となれば、経験者の貴重な評議・評決の内容(「あんな意見が出た」「こんな意見が出たからこの様な判決になった」)等の意見などを聞く機会が増えると思います。
新たに裁判員に選任される機会の生まれた18歳以上の高校生・大学生や、より若い人たちの耳に入る機会も増えるでしょうし、それをきっかけに裁判員制度への関心を持つ方も増えると思います。それらの相乗効果で辞退数の減少にもつながるはずですし、司法に興味を持つ若者が増えることにもつながるかなと。
――裁判員のこころの負担についてはいかがでしょうか。
【高橋】私の場合は強盗致傷事件ながら量刑を決める裁判でもあり、とくに負担感はありませんでした。
■ビデオ録画など「取り調べの可視化」が、逆に冤罪を生むことも
――裁判員を経験したことで、なにか日常に変化はありましたか。
【高橋】ニュースで「××事件で逮捕」などを聞くと、「裁判員裁判の対象になる事件か?」と考えるようになりました。
また、複数の裁判員経験者、弁護士の方々などと話しをしていて、取り調べの可視化が被告人の保護のためではなく、編集のしかたで盾にも矛にもなることがわかりました。
私の担当した裁判ではないのですが、実質証拠が乏しい裁判で、検察側が提出した取り調べ中のビデオ動画を法廷で数時間にわたり視聴した結果、無期懲役の判決になったと。判決後の記者会見で一部の裁判員は「ビデオを視聴する前は『解らない・有罪ではないと思っていた』がビデオ動画を見て有罪だと思い直した」と発言していて……。「疑わしきは被告人の利益に」ではなく有罪ありきの法廷技術に惑わされた判決に愕然としました。
被害者ご遺族方々のご心情はお察ししますが、本来は被告人を起訴してはいけない事件でありながら、実質証拠が乏しく検察不利の裁判で、禁じ手ともいえる取り調べ中の録画を都合よく編集し、有罪に持込んだ恐ろしい裁判で、最高裁まで争いましたが有罪は変わらず……。絶対にあってはいけない冤罪判決だと思います。
■裁判員に選ばれる確率は、宝くじ当選並みの0.01%
――もしもう一度裁判員に選任されるとしたら、引き受けたいと考えますか。
![『裁判員17人の声 ある日突然「人を裁け」と言われたら?』(旬報社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/1200wm/img_8b25bdad66f1d9343901f74c87cb17cd92711.jpg)
【高橋】是非とも引き受けたいですね! 裁判員裁判の創成期(2011年6月)から、どの様に変化・進化したのか比較してみたいし、有罪判決だった場合エッセンスを加えた量刑を提言したいと思います。
もしその場合、裁判が終わったあとに経験者交流会、裁判員ラウンジ等で守秘義務に引っ掛からないかたちでお話ししたいと思います。
――次に裁判員になる人にメッセージをお願いします。
【高橋】一説によると裁判員に選任される確率は衆院議員選挙権のある方の約0.01%(1万5000人に1人)と言われています。たとえば満員の東京ドームの中に3〜4人程度の確率になります。つまり「偶然」ではなく「必然・運命」だと思います。
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弁護士
慶応義塾大学法学部卒業。日弁連刑事弁護センター幹事。2010年に「裁判員経験者ネットワーク」を立ち上げ、共同代表に。裁判員制度の推進、改善を目指している。著書に『裁判員制度の10年』(日本評論社)、共著・監修に『高校生も法廷に!10代のための裁判員裁判』(旬報社)がある。
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弁護士
弁護士。中央大学法学部卒業。「裁判員経験者ネットワーク」共同代表。市民の視点から裁判員制度への提言を続けている。「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)」事務局長なども務める。共著に『増補改訂版 あなたが変える裁判員制度―市民からみた司法参加の現在』(同時代社)、共著・監修に『高校生も法廷に!10代のための裁判員裁判』(旬報社)。
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(弁護士 牧野 茂、弁護士 大城 聡、裁判員経験者ネットワーク)
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