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「初任給30万円台」続出は"害"でしかない…日本人の賃上げがいつまでたっても実現しない根深い理由

プレジデントオンライン / 2025年2月6日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

■優秀な人材をめぐる「初任給競争」

「マジで? オレが新入社員だった時は手取りで15万円とかだったぞ」
「33万もらえるなんて30歳手前でようやくだよ。なんかやる気が失せるな」

そんな風にショックを受けるサラリーマンが続出している。ユニクロを運営するファーストリテイリングや三井住友銀行、明治安田生命保険、大和ハウス工業など、大企業の間で初任給の引き上げが続いており、30万円超えが続々とあらわれているのだ。

この背景には、大企業は日本政府からも積極的に「賃上げ」を求められているということに加えて、人口減少でいよいよ人材確保が難しくなってきたということもある。

働き改革だなんだと言いながら、いまだに「社歴」を重んじて、新人に対しても「まずは雑巾掛けから」的な扱いをするザ・日本企業の場合、優秀な人材であればあるほど2〜3年で「先」が見えるのでサクッとやめてしまう。

仕事がデキる人は正当な評価を求めるものなので、新人だろうとも成果次第で高収入が得られる海外企業やベンチャーのほうが魅力的だからだ。

■春闘による賃上げを実感できているか?

この「危機感」が今回の初任給の大幅引き上げに繋がっている。それはつまり、こういう動きをしている大企業というのは現状はさておき、これまでの古い労働慣習や企業文化から「変わらなくてはいけない」という意識は持っているということだ。

そういう意味では今回の動きは、大企業の将来性を見極める「判断材料」のひとつになるので、売り手市場の新卒社員たちにとってはハッピーなことだ。

ただ、大多数の日本人にとってはそうではない。大企業の新卒が30万を超えようが超えまいが、我々の暮らしにはほとんど影響がないからだ。

なぜそうなるのかというと「春闘」をイメージしていただくとわかりやすいだろう。

忘れている人も多いだろうが毎年このあたりになると、「春闘で賃上げの流れをつくるぞ」みたいな話がチラホラと聞かれる。

昨年もそうで、春闘で「過去最大のベア」が続々と報道され、メディアでは著名な経済評論家が「この効果は夏あたりから徐々に中小企業にも影響が出てくるでしょう」なんて予測をする。この5〜6年、こういう「春闘で賃上げ」というやりとりが、さながら「年間行事」のように繰り返されてきた。

だが、私はこの5〜6年ずっといろいろな媒体で「春闘で賃上げなどできない」と主張し続けてきた。理由はシンプルで、従業員が労働組合に加入して団体交渉に臨むような企業というのは「超マイノリティ」だからだ。

■大企業に勤める日本人は少数派

ご存じの方も多いだろうが、日本には約360万の事業者があるが、その中でいわゆる「大企業」というのは約1万社。全企業の中で0.3%に過ぎない。働いている人に関しても日本の全労働者の3割程度だ。

また、労働組合も年々減少していて令和6年では2万2513。日本の雇用者数に占める労組組合員数の割合を示す推定組織率は16.1%に過ぎない。

「割合が小さくても大企業が賃上げをすれば子会社や取引先にそれが波及するのだ。そんなことも知らないのか」と反論をしてくる人も多いのだが、日本企業の99.7%を占める中小企業の6割以上は社員が数名という「小規模事業者」で、しかもサービス業が多い。トヨタやNTTという大企業の孫請けでもなければ取引すらしていない。

「大企業社員の給料が上がれば彼らがカネを使うから少しは景気が刺激される」というが、言っても大企業社員は日本人の3割程度だ。しかも、こういう経済状況なので、大企業で働くような堅実な人々は「老後」や「子どもの教育費」に備えて貯蓄や投資に励む。

つまり、現実世界では「風が吹けば桶屋が儲かる」的なうまい話はないのだ。

■残念ながら「大山鳴動して鼠1匹」

そのシビアな現実を残酷なまでにわれわれに突きつけているのが、物価変動を考慮した「実質賃金」だ。

政権発足スタート当初から「春闘で賃上げの流れを」と繰り返し叫んできた岸田政権の3年間、実質賃金マイナスは26カ月連続で過去最長をマークした。24年6月にプラスに転じたが、8月には再びマイナスに戻り、現在は0%付近をウロウロしている。

【図表1】実質賃金(前年同月比増減率)
厚生労働省「毎月勤労統計調査」より編集部作成

「春闘による大企業の賃上げ」ですら、効果らしい効果はほとんど出ていない。ならば、それよりももっとミニマムな「大企業の初任給アップ」など、中小企業で働く日本人の7割にはなんの影響もない。まさしく「大山鳴動して鼠1匹」という話なのだ。

夢も希望もない話をされて、「でも、大企業が初任給アップすれば、中小企業だって優秀な人材獲得のために賃上げをせざる得ないから、じわじわとは上がっていくのでは」と食い下がる人もいるだろう。もちろん、そうなってもらいたい。

ただ、先ほど申し上げたように日本の中小企業はほとんどが「小規模事業者」なので、30万円超えを表明しているユニクロや明治安田生命、三井物産など大手商社とはそもそも「人材獲得競争」にならない。影響があるのは昨年、経済産業省が新たに定義づけした「中堅企業」だけだ。

■政府が支援したい企業はひと握り

これまで日本の企業分類は「大企業」と「中小企業」だったが、今回新たに従業員数2000人超を「大企業」、2000人以下を「中堅企業」とした。調べてみると、これくらいの規模の企業が成長しているので、ここを政府としても手厚く支援をすることで経済活性化や賃上げにつながるのではという期待から新設したのだ。

そう聞くと、先ほどの大企業の初任給アップが中堅企業の初任給アップを促し、それが中堅企業の賃上げにもつながっていくのではないかと思うだろう。筆者もそう思う。ただ、やはりそれでも日本経済全体で見ればインパクトは小さい。

経産省の資料によれば、新たに定義された大企業は約1300社で、中堅企業は約9000社だ。つまり、足しても1万300社しかない。一方、中小企業(会社以外の法人、農林義業を除く)は336万社だ。

【図表2】中堅企業者の定義
経済産業省「成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する政策について」より

先ほどの繰り返しになってしまうが、わずか1万社の中で熾烈な「人材獲得競争」が繰り広げられその結果、高水準の賃上げが達成されたとしても、336万社への影響などたかが知れている。

つまり、「大企業の初任給アップ」や「春闘」というのはどういう理屈をつけたところで、「日本企業の上位0.3%の競争を活性化させるだけ」にしかならず、日本人の7割にはほとんど関係がないのである。

■結局、最低賃金を引き上げるしかない

さて、そこで気になるのは「日本企業の下位99.7%の競争を活性化させる」ためにはどうすべきかということだが、これは中小企業経営者団体がこぞって反対をする「物価上昇にともなう最低賃金の引き上げ」を継続していくしかない。つまり、ボトムアップである。

最低賃金引き上げという話を聞くと、マスコミは脊髄反射で「給料が払えない会社が潰れる」的なネガティブな話ばかりを報じるので誤解をしている人も多いが、「中小企業の競争が活性化する」という良い面もたくさんさる。

当たり前の話だが、中小企業は336万もあるので最低賃金を軽く上回る給料を払っている「成長企業」も少なくない。そして、「もっとたくさん人がいればまだまだ成長できるのにな」という「人手不足企業」もたくさんある。

「最低賃金が80円上がったのでもう従業員を雇う給料がない」という中小企業は確かに気の毒だ。しかし、「成長企業」や「人手不足企業」の立場になると、これはチャンスになる。

■日本経済に不足しているのは「新陳代謝」

例えば、事業としてはポテンシャルがあるけれど、社長の経営センスがないがゆえ、賃上げの波を乗り越えられなかったような会社を買収・合併することができる。また、賃上げできない会社で、働いていた人々が中小企業の労働市場にたくさんやってくる。

この人たちはこれまで最低賃金スレスレで働いていたということなので、それなりの賃金を払える「成長企業」からすればかなり有利に人材を獲得できる。

つまり、「賃上げで倒産します」という弱者だけにフォーカスを当てず、336万社という膨大な数の中小企業全体のことを俯瞰してみると、最低賃金の引き上げというのは、中小企業に「新陳代謝」を促すプラスの面もあるのだ。

実はこれが日本経済で一番足りていないところだ。経済というものは、新しい企業が生まれて成長して、市場や時代のニーズに合わない企業は退場していくという「新陳代謝」があってはじめて成長をする。これは「弱肉強食」など大仰な話ではなく、時代が変われば消費者や市場のニーズも変わっていくという経済社会の当たり前の営みだ。

しかし、「一度できた会社は税金で支えてでも潰してはならぬ」という思想の強い日本では、そういう「経済の常識」から頑なに背を向けてきた。

お札とビジネスマンのフィギュア
写真=iStock.com/samxmeg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/samxmeg

■時代遅れの企業が生き永らえる代償

それがわかるのは、内閣府の「日本経済2020-2021 -感染症の危機から立ち上がる日本経済-」(令和3年3月)だ。米国、英国、フランス、ドイツとの開業率・廃業率が比較されておりこう結論付けられている。

「廃業率は、英国が11%程度、アメリカが8%程度と、開業率と同程度の廃業率となっているなかで、我が国の廃業率は1.5%程度と圧倒的に低い」

つまり、よその国であれば市場や時代のニーズに合わない企業は退場するのだが、日本はそういう企業が「潰れることもなく成長することもなく、ただ存続している」のだ。
なぜそんなことが可能なのか。生活保護のようの手厚い補助金、中小企業の大多数が「赤字決算」で法人税を免除されているなどさまざまな事情はあるが、大きいのは「低賃金」だ。

ご存じのように、日本は先進国の中では「異常」なほど賃金が低く、平均給与は韓国にも抜かれた。なぜここまで低いのかというと、「中小企業が倒産してしまう」という理由で、最低賃金の引き上げが抑制されてきたからだ。

■海外ではぐんぐん最低賃金が上がっている

こういう国は珍しい。世界では「企業経営者よりも労働者の生活を守ったほうが消費を活性化させる」「最低賃金を引き上げることは中小企業の競争を活性化させる」という考えに基づいて、物価上昇に伴った形で最低賃金を引き上げていくことの方が多い。

例えば、マレーシアでは最低賃金が月1500リンギ(約5万2500円、1リンギ=約35円で換算)だが、今年2月に1700リンギ(約5万9500円)と約13%引き上げる。また、トルコ労働社会保障省によれば今年1月に1日当たり最低賃金は866.85リラ(約3901円)とした。これは昨年の最低賃金から30%増となる。

しかし、日本の最低賃金はなかなかそういう話にならない。その代わりに大騒ぎになっているのが、「ユニクロが初任給30万円突破!」みたいな「大企業の賃上げ」だ。

■「大企業のおかげで成長できた」神話

では、なぜ日本人は自分たちの生活や賃金にほとんど影響のない「大企業」が、日本経済復活のカギだと思い込んでいるのか。いろいろなご意見があるだろうが、「神話」のせいだと個人的には思っている。

学校の教科書などでも掲載されているが、戦後日本が奇跡の復興を果たしたのは、ソニーやホンダというものづくり企業が世界で支持されたことなど、大企業が牽引したと言われている。しかし、これは「デマ」だ。

学校ではあまり教えないが、日本は戦前から欧米社会に警戒されるほどの「世界有数の経済大国」だった。それがあの無謀な戦争のせいで「貧しい国」へと転落しただけだ。

もともと先進国なので国民の教育レベルは高いし、基本的な社会インフラは整備されているところに、戦後のベビーブームで一気に人口が急増した。そこに復興特需や朝鮮・ベトナム戦争特需も追い風となって、再び戦前のような経済大国に戻った。

つまり、衰退した先進国が「人口増」を武器に復活をしただけで、「奇跡」でもなんでもない。事実、日本が世界第2位のGDPになったのは、世界第3位のイギリスの人口を追い抜いたタイミングだ。

■大企業依存が現実逃避を加速させる

しかし、そういう事実を学校で教えず「ホンダやソニーが日本の経済成長を牽引した」という神話を刷り込んだ。だから、われわれは心のどこかで「大企業が元気になれば高度経済成長期のように日本全体も元気になる」と期待してしまっているのだ。

この悲劇的な勘違いこそが、日本経済低迷の原因のひとつだと思っている。自分たちで身を切るような努力をせず、わずか0.3%の企業に助けてもらおうなんてあまりにムシが良すぎる。日本経済を本当に支えている「中小企業」からも目を背けさせる。つまり、日本人の「現実逃避」を加速させてしまっている。

日本経済の7割は「内需」でしかもサービス業だ。経済や雇用を牽引していると錯覚されている大企業の多くは、自動車、アパレル、食品、そして外食まで海外進出に踏み出し、そちらを稼ぎ頭にしようとしている。つまり、多くの日本人が信じている「トリクルダウン」はさらに期待できない。

ちょうどこれからまたマスコミが「春闘で賃上げムード」「過去最大のベア」とか大騒ぎをする季節がやってくる。いい加減そろそろ意味のない「大企業神話」を捨てて、他国のように「賃金のボトムアップ」に手をつける時ではないのか。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)、『潜入旧統一教会 「解散命令請求」取材NG最深部の全貌』(徳間書店)など。

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(ノンフィクションライター 窪田 順生)

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