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突然、骨折したかと思うほどの激痛が走った…贅沢とは無縁の48歳男性に痛風を発症させた"危険な好物"

プレジデントオンライン / 2025年2月8日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ThamKC

ほとんどの人にとって「自分とは無縁の贅沢病」と思われている痛風。発症したら想像を超える痛さだと聞いても、未然に防ごうとはなかなか思えない。仕事柄、贅沢もせず、同世代よりも健康的に暮らしていると思っていたフリーランスのカメラマンが、昨夏、痛風を発症してから、元の食生活に戻れるまでの体験記をお届けする――。

■痛みはある日突然に

去年の夏、痛風の発作に悶絶した。その痛みは突然やってきて、僕の左足の小指側の付け根に1週間悪魔的に居座り、7日目の朝、激痛のわりにあっさりと去っていった。痛みの出た患部に黒い斑紋のようなしこりだけを残して。

贅沢病とよく言われる「痛風」は、自分とは全く無関係だと思って47年間を生きてきた。まず贅沢そのものをしていないし、お酒も好きで嗜むが、そもそも強い方ではない。

魚河岸で仲買業の商いをしていた父親はよく言っていた。

「痛風って本当に痛いらしいぞ。風が吹くだけで痛いって書くんだから」と。

寿司屋やら、料亭やら、親父の交友関係は、商売柄「贅沢な食事」を提供している人が多く、周りには痛風持ちが多かったのかもしれない。でも今思うと、父親は「痛風は本当に痛いらしいぞ」と、自分への戒めで言っていたのかもしれない。

なぜなら、これは痛風発症後に知ったことであるが、どうやら僕自身「痛風家系」であることが疑われる。その証拠に父方のおじさんも、常日頃、痛風の薬を服用しているらしい。

■始まりは「どこかで強打したかな?」

痛風の発作に襲われた日、朝から何となく左の小指の付け根に違和感を覚えていた。あれ、どこかで足を強打したかな? と思ったくらいで仕事に出かけた。自覚症状といったものは全くなく、痛風そのものは何の前触れもなくやってくるのだ。

痛みはだんだん時間と共に耐えられないほどになった。仕事場で仕事をしながら、午後にはもはや立っていられなくなり、靴を脱ぐと足がだいぶ赤く腫れ始めていて、その段階で旧知の整形外科に急いで電話した。

「すみません。レントゲンを撮影してほしいんですが。どこかで足をぶつけて、骨にヒビが入ってしまったみたいなんです。骨が折れていないといいのですが」と。

冗談みたいな話だが、痛風の発作(発症時の激痛のこと)時の痛みを、この逸話はよく表していると思う。本気で骨に異常があると思っていた。どこでぶつけたかは覚えていない。でもきっと寝ている間にでも、どこかに打ちつけたのかもしれない。痛みの質は違うけれど、こんなジンジンとする痛みは骨折以外で経験したことがないからだ。

■タクシーが待てないから自転車に飛び乗った

いったん靴を脱いでしまうと、靴はもう履けなくなり、左足の靴を脱いだまま、踵でペダルを踏んで自転車でなんとか整形外科へ向かった。

普通はタクシーを呼ぶのだろうけれど、タクシーが到着する時間さえも、待っていられない激痛に変わっていた。痛みに耐えながら、病院までの距離も足をついて歩けそうにない。体重をかけない自転車なら、なんとか痛みを我慢しながらたどりつけそうだ。もう、人の目など気にしていられないくらいの痛みだったのだ。

痛風の足
写真=iStock.com/Aekprachaya Ayuyuen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aekprachaya Ayuyuen

整形外科の先生は、腫れた左足の小指の付け根を見て、すぐにこう言った。

「レントゲンも一応撮影してみるけれど、多分これ痛風かなー」と。

きっと僕のような痛風の発作症状で、内科でなく整形外科に来院する人は多いのだろう。

「え! 痛風???」

先生の口から、意外な病名が出て、面食らう。

「血液検査で尿酸の値を調べます。レントゲンも念のため撮影してみるけれど、これは痛風っぽい腫れ方だねー。とにかく血液を採取して帰ってください」

先生は、調べる前からほぼ確信を持っているような口振りでさえある。

「え⁉ 痛風?」

「そうだねー。お酒は飲みますか?」と先生。

「飲みます」
「どのくらい?」
「毎日、瓶ビールを1~2本くらいと、ワインや日本酒を少し」
「量はそんなに飲まないよね。見た目も痩せ型だけどね。プリン体って聞いたことない?」
「あの、プリンに含まれるやつですよね?」
「いや、レバーとか、魚卵とかに多いんだよ。心あたりない?」
「はあ。実は最近、レバーばかり食べてました。ビールと一緒に」

「じゃあそれだな。夏は多いんだよ。痛風の発作。今年みたいに暑いと、余計に汗かいて脱水気味になるでしょ。すると血が濃くなってね。いっぱい食べたプリン体は、尿からしか排出されないんですよ。まずは水いっぱい飲んでください。痛風はそれ以外に、痛みが引くのを待つしかないんです」

■痛風は贅沢おじさんだけがなるものではない

ショックだった。自分はそんな病気とは無縁だと思っていた。痛風とは、脂ののったおじさんがなるものだと思っていた。これは偏見に満ち溢れた物言いだが、痛風とは、会社の経費などで毎週、寿司と、焼肉と、イタリアンと、たまにクラフトビールのお店をローテーションしているようなおじさんたちがなる病だと思っていた。

こちらも十二分なおじさんであるが、フリーランスのカメラマンとして生きていると、社会の枝葉末節でかろうじて生息しているような存在である。よって接待はゼロ。団体に所属した人が受診できる定期検診もゼロ。血液検査を最後にした時さえ覚えていない。

「体だけが唯一の資本」と、週に4回はプールで泳ぎ、体重はプールの体重計で計測し続け、20年間で増減はほぼなし。それが、自分は成人病などとは無縁なはずだという唯一の根拠で、ボクサーが見えない方向から来るパンチでノックダウンしてしまうのと同じように、病院での痛風宣告に、もろにショックを受けてしまったのだった。

■自分の生活は「痛風まっしぐら」だった

レントゲンや血液検査の結果が出るまで、病院の待合室で「痛風」というワードで出てくるスマートフォンからの情報を見ると、その生活はまさに自分のそれだった。

「痛風は生活習慣によりなる病気であり……尿酸過多になりやすいプリン体を多く含む飲み物。特にビール、日本酒などの他、食べ物。レバー、たらこなどの魚卵、青魚などに多く含まれる……。また、特に負荷をかけた筋肉トレーニングなどのような無酸素運動も血中尿酸値を上げてしまう原因である」などなど。

かいつまんで読んだ記事だけでも、心あたりのあることばかり。

ちょうど近所に美味しい肉屋さんを見つけて、そのまま生でも食べられそうなレバーを文字通りビールと共に過食していた。

去年の夏は暑さが苛烈で、まだ暗い明け方に起きて涼しいうちに仕事をし、午前中のうちに仕事場の近くのプールで泳ぎ、また仕事場に戻ったら、一般の人よりは早く夕方4時には仕事を終えて、口開けしたばかりの赤提灯に滑り込むのを楽しみにしていた。

注文は、生ビールをジョッキで2杯立て続けに飲み、もつ煮や、最もプリン体を多く含む内臓類をあてにして舌鼓を打っていた。至福の夕刻を終えると、気分良く自宅に帰宅して、家族と夕食。

そんな日々を自分は健康的な生活と勘違いしていた。美味しいものを見つけると、毎日でも食べ続けて、過食してしまう性格。一度好きなものにハマると同じものばかり食べてしまう習性。

焼き鳥とビール
写真=iStock.com/taka4332
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taka4332

■原因を思い返せば、発症して然るべき

それだけではない。去年の夏、発症した時期のことを思い返せば、発症して然るべきというようなことばかりが思い出される。

まず根本原因は、自分が十分に中年の領域に達しているのに、そのことを自覚せず、体が酸化するような食事をくりかえしていたこと。段々と疲れやすくなったり、疲れが取れにくくなっていく中で、アクセルを踏み続けるような食事、つまり肉食と、糖分摂取に、アルコール摂取を強化するような生活をし続けていたこと。疲れやすさをガソリン注入により補おうとしていた節があった。

そして、活動量が減った老体を鍛え直す必要があるかもしれないと、血中尿酸値が上がる無酸素のダンベル運動まで開始していた。とにかく、無駄なアクセルの踏みすぎと、体の仕組みに関する無知。そのことこそが、痛風発症まで突き進んだ最大の原因だった。

老化により衰え始め、疲れやすくなっている原因を、「ガソリン不足」として捉えるのではなく、アルカリ性の食べ物を増やすなどして、ニュートラルな身体に変えていくべきだったのだ。例えるなら電気自動車のように静かで、燃費とエネルギー効率の良い身体に少しづつでも作り変えるべきだったのだ。

■3カ月後に自力で尿酸値を下げる生活

発症してしまったら、自分の過去の行動に今更クヨクヨしても仕方がない。

どうこの疾患と付き合い、自分に与えられたこの一個の身体とどう向き合うのか。真剣に考えなくてはなるまい。

3カ月後には、もう一度血液検査をして、その尿酸値次第では、長期にわたり薬を服用しなくてはならぬという。尿酸値が高い状態は、痛風の発作の危険性の他にも、心筋梗塞や、動脈硬化、腎不全など、様々な命に関わる疾患につながる可能性がある危険な状態であるという。食生活、生活習慣の改善で、自ら尿酸値を下げられないようであれば、薬で尿酸値を下げることが必須。

持病持ち――。いかんいかん。それだけはなんとか避けるべし。

生活習慣を改善し、体質を改善して、薬に頼らず生活していきたい。それには、全く意識したこともなかった尿酸値なるものと、これから真剣に格闘せねばならない。

とにかくまずは、この体内で氾濫した尿酸と腎臓と内臓のメカニズムと、痛風との付き合いかたを理解する必要があるのだろう。以下、僕が素人ながらに調べた限りで簡単に解説する痛風と、腎臓のメカニズムである。専門的な部分でツッコミどころはあるだろうが、概要は捉えていると思われるのでご容赦願いたい。

■痛風のメカニズム

痛風とは簡単に言えば、尿で排出できなくなってしまった「尿酸」が、体温の低い足先などに溜まり、引き起こす激痛のことである。

尿酸は、体や臓器を動かす運動エネルギーのもとになる「プリン体」が、肝臓で尿酸として変換された老廃物で、腎臓で濾されて尿として排出される。プリン体は、食べ物から摂取されるほか、人間の細胞の核酸中にも存在し、身体にエネルギーを与える大切な物質でもあるという。

何らかの原因で、老廃物として排出されなかった尿酸は、血中から滲み出し、結晶化して神経や骨と皮膚の隙間に溜まってしまう。尿酸の結晶はトゲトゲで、それが激痛の原因になるというわけだ。

この原稿を書いている今でも思い出すと、当時の患部が痛い気がしてくる。大体は、足先の親指の付け根などで発症するが、結晶が溶けない体の部分の体温が低い場所、たとえば手の指先や、耳の先などでも発症する場合があるのだという。

僕の場合は、親指の付け根でなく、小指側の付け根で発症。瘤のような膨らみができて、靴を履くのなんて論外。ビーチサンダルさえも鼻緒の部分が患部に干渉して履けやしない。

唯一履けたサンダルが、ビルケンシュトック製の足の甲だけカバーするタイプのサンダル。それも一番緩く足の甲に当たる部分を改造して履けるように。

更に登山用のストックで松葉杖のように体を支えながら、何とか徒歩3分のスーパーに買い物に行けるようになったのだった。

■なぜ尿酸が排出されないのか

ではそもそもなぜ、老廃物である尿酸が尿から排出されずに体内で氾濫してしまうのか。その原因は簡単に分けると3つある。

①口から入ってくるプリン体の量が多すぎる。
②体内で生成されるプリン体の量が多い。
③それらを排出する腎臓の機能が落ちている。

血液検査の項目には、GFRcreatの値やクレアチニンなど腎臓機能を表す値もあるが、そのあたりの専門的知見は、僕のような素人が安易にテキスト化するのもよろしくあるまい。

①と②のプリン体の総量が多すぎる場合、原因は常に複合的なものである。一般的にプリン体自体は、口から摂取される量よりも、体内で生成される量の方が多いとされている。

③の状態に陥る場合、生活習慣での原因は大きく二つある。

まず、アルコールでの酩酊状態は、著しく尿酸を排出する能力が落ちる原因になるという。特にアルコール分解能力の弱い人の多い、東アジアの地域には、痛風の患者が多いとも言われている。

もう一つは、糖を吸収するためにインシュリンのホルモンが分泌されている時も、尿酸の分解機能は落ちるということである。

つまり、尿酸値が高い場合は、極論を言えばアルコール摂取も、甘いものを食べるのもダメということだ。

ベルギーのビール、ワッフル、チョコレート、フライドポテト
写真=iStock.com/JurgaR
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JurgaR

■尿酸値8.4の「痛風宣告」

採血の結果、僕の血液中の尿酸値は、8.4。これは痛風確定の値である。

通常、尿酸値が7以上の値であればいつ痛風の発作が発症してもおかしくないという。痛風の発作が起こる頻度や、耐性にはこれまた大きな個人差があるらしい。中には尿酸の値が12くらいでも発作が起きない人もいれば、僕のように8を超えた段階で発作が起きる人もいて、まちまち。

発症する数値も痛風の遺伝的な要素が強い部分であるという。8強の値で、痛風の発作に至った我が身は、やはり冒頭でも書いた通り「痛風家系」ということか。

いずれにしても、尿酸値7を超えた「高尿酸血症」なる人は、日本に1000万人以上いるのだという。実に成人男性の2割という高い数字である。

「高尿酸血症」は先に記述したように、放置したままにするのはよろしくない。腎不全や、脳卒中や心臓病などの循環器系の病気を引き起こすほか、高血圧や高血糖などを複合的に合併し、人体に悪い影響を及ぼし続けるというのだ。

ちなみに、痛風はその患者の実に98パーセントが男性。男性ホルモンであるテストステロンは、プリン体を尿酸として排出する腎臓の機能を「抑制」し、女性ホルモンであるエストロゲンは、逆にその機能を「促進」する働きがあることに関連があるらしい。

かくして尿酸値による痛風宣告が、正式に下されて僕の痛風悶絶生活は、始まった。

■どの食事にどのくらいプリン体が含まれているか

痛風が確定した瞬間、口にするすべてのものがもはや怖くなってしまった。どの食事にどんな量のプリン体が含まれているのか。いかなる食材も、どの程度のプリン体が含まれるのか知るまでは、口にすることはできない。なぜなら、プリン体なるものが、溢れ出て僕の足にこんな激痛を起こしているからして、これ以上この痛みのもとをどうして受容できようか。

それまでの人生で全く気にすることのなかった視線で、冷蔵庫の食品を見つめる。どこぞのウェブサイトで見つけた、一般的な食品に含まれるプリン体リストを携帯にダウンロードして、その表を眺め続けた。

まずプリン体が桁違いに多いのが、動物の肝臓である「レバー」である。鳥のレバーにしろ、牛のレバーにしろ、豚のレバーにしろ、その量は表の中でも桁違い。(これは肝臓でプリン体が、尿酸に変換されることに関係しているのだろうか?)

冷蔵庫に残ったレバーのパックをまじまじと見つめる。この赤黒く光る牛の肝臓の食べ過ぎにより、僕の足で尿酸の氾濫を起こしたのかと思うと、その塊が何とも憎かった。迷わずにパックごと、ゴミ箱に捨て去る。

レバー
写真=iStock.com/zeleno
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zeleno

それから「魚卵類」。特に粒の小さなたらこやカラスミや数の子などは、レバーに次いで値が高い。反対に筋子やイクラは、イメージよりもその値は少なめである。

それからアジやサバなどの「青魚」、特にその干物なども、単体でプリン体を多く含む食材である。

プリン体の多い食事。それら全ては、僕の大好物ばかりだった。それらが食べられなくなる生活。考えただけでも辛い。ただ、この激痛とどっちが良いかと聞かれたなら、その天秤は容易く、プリン体を多く含むおいしいものを我慢することに傾く。

一方プリン体がほとんど含まれない食品なるものもある。意外にも鶏の卵にはほとんどプリン体は含まれない。それから、もずくやわかめなどの海藻類。

野菜などもプリン体がゼロではないが、肉類から目を移すとホッとするような数字が並ぶ。穀物類も総じてプリン体は少ない。これまでそんな風に、世の食材を分類したことはなかったが、これからはプリン体フィルターの解像度を上げて世の中を分解していかなくてはなるまい。そんな実感は痛風を発症してしまった人にならきっと共感してもらえる体験に違いない。

■唯一の楽な姿勢は足を上げて寝転んだ状態

痛風患者の必須習得事項とも言える「プリン体含有量、全食物リスト」をぼうっと眺めながらも、足は何もせずとも激痛で立っていられないほどである。

唯一の楽な体勢は、足を上げて患部よりも心臓の位置を低くするために寝転ぶこと。数日間は体勢を変えるだけで激痛。水だけをガブガブと飲み続けるが、水を飲み続けるとどうしてもトイレだけには行かなくてはならない。が、そのために立ち上がるとまた激痛。

夏休みに入って毎日家にいる小学生の娘は、そんな僕を呆れて哀れみの目で眺めていた。夏休みゆえに何処かへ出かけたい気持ちを抑え、不自由な僕に付き合ってくれていた。僕は、ただ寝転んでスマートフォンで「痛風」「腎臓」「プリン体」「尿酸値」、などの検索ワードで出てくるテキスト情報や動画情報を貪るように見ていた。足の痛みに耐えながら眺めるそれらの情報たちは、本当に生存に関わるものである気がしていたのだった。

そして、小さな画面を見るのに疲れると、部屋から見える空を眺め、この理不尽とも言える激痛の嵐が去るのを待ち続けるのだった。

人間は、何はせずとも腹だけはすく。そして腹がグゥと鳴ると、今までとは全然違った視線で冷蔵庫を眺める。眺めるだけ眺めては、怖くなって冷蔵庫を閉じる。

初めの2日ほどは、お腹が空いても痛みが怖くて何かを食べる気になれず。プリン体がほぼ全く含まれないという卵を茹でて、食べてみたりして凌ぐ。医者に言われたように水だけは、毎日4〜5リットル近く飲み続けたが、それが腹の足しになるわけではない。

痛風発症時、黄色からオレンジ色に近い色をしていた自分の尿は、だんだんと日を追って無色の尿に変化していった。あんな色の自分の尿を見たのは初めてだった。相当に腎臓に負荷をかけた生活をしていたことを思い知る。

■痛風患者が飲んでもいい飲み物

痛風患者が摂取するべき水分は、水のほかにも、トマトジュースと牛乳が良いらしい。トマトには「リコピン」という尿酸の排出を促進する物質が含まれていて、牛乳は、トマトと同時に摂取することでリコピンの吸収をよくしてくれるという。

それからコーヒーにはよく知られているように利尿採用があり、痛風発症を抑制するというデータがあるようだ。

トマトジュース
写真=iStock.com/keij
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/keij

痛風発症以前の僕が一日に摂る水分は、冗談抜きで起きてから寝るまで、コーヒーかビールの2択だった。陽のあるうちはコーヒーを数杯(多いときは5杯くらい)飲み、日が沈めばビールというように。ビールは一杯では止まらない。多いときはどのくらいの量を飲んでいたのか。最もプリン体が少ないとされる、ウィスキーや蒸留酒は、どうも自分の体に合わず、ワインや日本酒など、ビールの次にプリン体の多いアルコールを好む傾向があったのだった。

食事はとにかく徹底して野菜中心の生活に変えねばなるまい。鶏の肉にしろ、牛の肉にしろ、豚の肉にしろ内臓部位でなくとも、肉そのものにはプリン体が多く含まれる。プリン体そのものが細胞の核に備わった運動エネルギーの元であるからして、動物性由来の食べ物にはプリン体が多く含まれるというわけか。

そして大切なのが、禁酒である。こんな足が痛む局面で、アルコールを飲む気分にもなれないが、アルコールによる酩酊は、著しく尿酸の排出を低下させるとのこと。

あのビールの喉越しとは永遠におさらばしよう。僕の人生は、この激痛と共にそんな局面を迎えてしまったのだ。

■体重も落とさなければならない

さらにいったん尿酸値が上がってしまった人は、その数値を下げるために緩やかに体重を落とさなくてはいけないと、僕が調べたいろいろな情報が言っている。僕の場合では、大体4キロから5キロくらいのダイエットを敢行しなくてはいけない。

3カ月にわたる酒なし。肉なし。糖分なし。ハードコアデトックス生活が、強制的に開始されたのだった。

痛風の痛みそのものは、1週間で自然と消えるとあるが、僕の場合も正確に1週間後に消えていった。何でも痛風の名前の由来は、風が吹いても痛い。ではなく、実は風のようにやってきて、風のように去っていくその痛みに由来しているらしい。

肉食をやめた初期の頃は、何をするにも力が入らない気がしたが、そのうちに肉食以外でのタンパク質の取り方も要領を得て、2週間を超えたくらいになると、スーパーで陳列された大量の肉の塊を眺めると、逆に気持ちが悪くなるほどだった。

野菜の新鮮さが、身に沁みた。葉物だけでなく、根菜はなんと味わい深いのだろう。

甘いものも、すんなりとやめてみると、自分の中の血糖値の乱高下が落ち着いたのか、いわゆる「糖分疲れ」みたいなものがなくなった。

毎朝トマトジュースを飲み、水筒をどこにでも持ち歩き、水をガブガブと飲み続けた。アルコールを飲みたい気持ちになったのは、ハードコアデトックス生活も1月を超えたくらいだったろうか。それはでも、体調が良くなってきた兆候に違いない。けれど、その辺はグッと堪えて、アルコールの代わりに夜の新しい習慣である「ナッツ蜂蜜入りヨーグルト」で何とか凌いだ。

習慣だったプールにも戻った時に、筋力は劇的に落ちていて少し落ち込んだ。果たして、ナッツ類や大豆類のタンパク質で筋力が戻るのかは、疑問だった。

また、タンパク質が不足しているのか、免疫が落ちているのか、季節の変わり目には珍しく風邪をひいて、発熱で寝込んだりした。

■体重計の数字に見えない余計な脂肪まで落とす

それでも尿酸値対策(デトックス)生活の間中、精神的にはとても冴えていた気がする。それまで、消化に使っていたエネルギーは、きちんと脳にまで届くようになっていた。体重計という見える数字では、余計な脂肪はついていないと思っていたが、それでも見えないところで、「余計な脂肪」がきっとついていたに違いない。それらさえ、ハードコアデトックス生活で、削がれていくようで一種の快楽があった。

老化とは、筋力などの体を駆動させる力にだけ、及ぶ訳ではないことがよくわかった。内臓ももちろん衰えていく。心臓も、肺も、肝臓も、腎臓も。

プリン体で痛めた僕の二つの腎臓には、しばらくハリが残ったが、それも次第に消えていった。

ただ、足先に残った激痛を起こしていた瘤の後だけが黒い斑点として残り続けた。これもまた僕の調べた情報によると、氾濫して結晶化した尿酸が完全に血中に溶けるまでには、最大で2年もの長い時間がかかるらしいのだ。

そうして迎えた3カ月後の検診で、僕の尿酸値は発症した時の8.4から5.4まで劇的に改善された。整形外科の先生は、「おーよく頑張ったね。えらいえらい」と褒めてくれた。「はい、必死でした」と僕。

流石にビールを解禁という気持ちにはなれないが、その晩は白ワインのボトルを開けて、壮絶に始まったハードコアデトックス生活に終止符を打ったのだった。

その後、徐々に肉を食べるようになり、午後3時のコーヒータイムにはケーキ類なども食するようになったのだが、レバー類とビールだけは、どうも「体」というよりも、脳味噌がいまだに拒否して口にしていない。

病気になるまで、正常に機能していた自分の身体のメカニズムを本当に知ることはない。知っていたとしてもそれが頭に入り、意識することはないだろう。バランスを崩し、病気になって初めて人は、自分の身体が巧妙に保っていたその奇跡的とも言っていいようなバランスを知ることになるのだ。

生活習慣病は恐ろしい。なぜならこの世の中は「毒」で満ち溢れているからだ。自然から遠く離れた都市生活というのは、その便利さや経済合理性と引き換えに、人間をまるである種の家畜のように扱うシステムでもあるのだろう。経済合理性により、マーケットの原理から設計され、僕らの健康を度外視した安価な飲料や、安価に設計された食べ物たち。そして僕らの脳みそをハックするために作られた、それらを宣伝する過大で妄想的な広告たち。

それらは僕らをすぐに殺すことはないにしろ、じわりじわりと僕らの身体と脳みそを中毒にして犯していくのだろう。

まじまじと未だ黒い斑点のようなものが残る、左足の痛風の跡を眺める。氾濫し猛威をふるった尿酸の瘤を、見つめてこんなふうにも思うのだった。

もっと大変なことにもなり得たかもしれないなと。

腎臓結石に脳溢血――。50代も近づく僕ら十二分のおじさんたちは、「放置した高尿酸値」という一つの疾患で、終いの道筋が見えてしまう年頃なのである。

氾濫したナイル川から、幾何学から地政学まで多くの叡智を得た古代エジプトの民のように、僕だってきっと氾濫した尿酸から賢くいろいろなことを学んでいけるはず。身体とは本当に絶妙なバランスを保った有機的なブラックボックスなんだな。これからは、そのバランスを自ら意識して、ゆらゆらと揺れるその先の見えない綱をゆっくりと渡っていくのだ。

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木野 太良(きの・たろう)
カメラマン
1977年東京生まれ。早稲田大学中退。大学中退後にバックパッカーとしてアフリカ、アジアを横断。以後、フリーランスのカメラマンとなり、雑誌、広告などで活躍。得意な撮影分野は、ルポ取材ものや建築、インテリアなど。現在、東京―長野の2拠点生活を実践中。

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(カメラマン 木野 太良)

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