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いまさらビットコインに手を出すなんて…「国家ぐるみのギャンブル」に活路を見出す"欧州の小国"の思惑

プレジデントオンライン / 2025年2月5日 18時15分

2024年6月27日、チェコ共和国のプラハで開催されたチェコ国立銀行(CNB)の金融政策決定会合後の記者会見で発言するアレス・ミフル総裁。 - 写真=CTK/時事通信フォト

■外貨準備にビットコインを組み込む検討を開始

中東欧の小国であるチェコで、外貨準備の一部に暗号資産であるビットコインを組み込もうとする動きが出たことが話題となっている。中央銀行であるチェコ国立銀行(CNB)のアレシュ・ミフル総裁が1月29日、英フィナンシャルタイムズ紙によるインタビューで、準備資産の最大で5%をビットコインで保有する可能性に言及したのだ。

チェコの準備資産は約1400億ユーロ(約22.5兆円)存在する。その5%だから、70億ユーロ程度をビットコインで保有するという構想だ。このインタビューの翌日、欧州中央銀行(ECB)が定例の政策理事会を開催され、ミフルCNB総裁はクリスティーヌ・ラガルドECB総裁に同様の提案を行ったようだが、一蹴されたとのことである。

チェコは欧州連合(EU)に加盟しているが、ユーロを導入せず、独自通貨であるコルナを維持している。一方でEU各国の中銀は、ユーロに加盟しているかどうかを問わず、ECBを頂点とする欧州中央銀行制度には加盟している。ゆえにCNB総裁はECBの一般理事会に出席し、ECB総裁との間で緊密なやり取りを行う必要に迫られる。

【図表】チェコ国立銀のバランスシート(2024年末)
(出所)チェコ国立銀(CNB)

ここでCNBのバランスシートを確認してみたい。負債・資本サイドのうち、現金が0.7兆コルナであり、当座預金が2.5兆コルナある。これらを合計した3.2兆コルナが、いわゆるマネタリーベースということになる。一方で、資産サイドのうち外貨建て資産が3.4兆ユーロに達し、バランスシートの95%を占めていることが分かる。

つまり、チェコの通貨コルナは、外貨建て資産に100%裏打ちされた通貨だということになる。言い換えれば、コルナの信用力の源泉は外貨であるため、チェコは実質的に「外貨本位制度」ともいえる通貨政策を採用していることになる。この信用力の源泉の5%を、ミフルCNB総裁はビットコインで保有したいと主張しているわけだ。

■安定しているチェコの通貨

ところで、チェコのコルナは「安定」した通貨である。コルナの対ユーロレートを確認すると、2020年のコロナショック時には1ユーロ=27コルナ台まで下落したが、2022年にはそれ以前の水準を回復し、23年には1ユーロ23コルナ台まで上昇した。対ドルレートでは振れがあるものの、おおむね1ドル=23コルナ前後で推移している。

【図表】コルナ相場の推移
(出所)CNB

CNBが保有する外貨準備の通貨別構成を確認することはできなかったが、貿易の特徴に鑑みれば、外貨準備のほとんどがユーロとドルで構成されていると推察される。チェコの強みに、潤沢な貿易黒字がある。つまり、輸出を通じて得たユーロやドルを基に、チェコはコルナを発行しているため、コルナの信用力が高いのは当然といえよう。

加えて、CNBが伝統的にインフレ目標に基づくタカ派の金融政策を一貫してきたことも、通貨コルナの強さにつながっている。こうした強い通貨路線を維持してきた結果もあり、チェコの一人当たりGDPは約30000ドルと、周辺の中東欧諸国に比べても1万ドル程度高く、日本の約34000ドルと、それほど大差が無くなってきている。

通貨高を容認するなら、CNBは現在の通貨政策を維持すればいい。一方で、通貨安誘導を図りたいなら、厳格に順守してきたインフレ目標を緩和するといった方法があるはずだ。つまり、ミフルCNB総裁がビットコインを準備資産に組み込む構想を公表した理由は、現状の通貨政策に対する問題意識からではないのではという推論が成立する。

■投資目的か独立志向か

ではミフル総裁の狙いは、いったいどこにあるのだろうか。まず考えられるのが、ビットコインに投資してキャピタルゲインを得ようとする意図をミフル総裁が有していることだ。ビットコインは乱高下を繰り返しながら、価格を着実に切り上げてきた(図表3)。今後も上昇が続くなら、適切に売却できれば、相応の利益が得られるだろう。

【図表】ビットコイン相場
(出所)Bitfinex

外貨準備には、ソブリン基金(SWF)としての性格もある。しかし、外貨準備は基本的に為替介入の原資に用いたり、いざというときの輸入の支払いに用いたりするものであるから、金融資産に投資を行うとしても、信用力や流動性が高い先進国の国債に対する投資に限定される。その点、ビットコインは真逆の性格を持つ金融商品である。

そもそも、ビットコインには国による信用の裏打ちがない。そのような資産を基に発行される通貨もまた、信用力を持たない。上げ相場ならまだしも、下げ相場に転じたときには強烈なコルナ安圧力が生じる。そうした事態を防ぐために、準備資産の5%というシーリングを設定すると説明したのだろうが、事はそう上手く運ばないだろう。

あるいは、独立志向の表れかもしれない。例えば、欧米と対立するロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ユーロや米ドルといったハードカレンシーに寄らず、ビットコインを準備資産に組み入れることを主張している。こういった声に呼応したのかもしれないが、EUに経済面で強く依存しているチェコがそうした選択をする道理はない。

いずれにしても、ミフル総裁が、ビットコイン相場が急落した場合のリスクに関してきちんと説明責任を果たしているようには見受けられない点には、疑念を禁じ得ない。

チェコ・コルナの紙幣
写真=iStock.com/Andrzej Rostek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrzej Rostek

■再考したい通貨の信用力

ミフル総裁はもともと、民間の金融機関でエコノミストやストラテジストとして働いたのち、アセットマネジメント業界に転じた過去を持っている。もしかしたら、ビットコインが収益性の高い金融商品であると考えているか、ないしは本当にユーロや米ドルに代わる準備資産としての性格と持っていると、素朴に考えているのかもしれない。

土田陽介『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)
土田陽介『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)

ECBのラガルド総裁に対してもビットコインを準備資産に組み入れるように提言しようとしたという点からしても、ミフル総裁は投資家の視点で、ビットコインを捉えているように見受けられる。とはいえ、中銀総裁に求められるのは、保守的な金融政策であり通貨政策の運営に努めることに他ならない。中銀に「賭け事」など禁物である。

ビットコインを買うくらいなら、まだ金を購入した方が理に適っている。金は新興国を中心に需要が根強い実物資産であり、信用力も高い。ミフル総裁は、通貨の信用力を見誤っているように見受けられる。任期は28年6月まで、それまでミフル総裁の下でも適切な金融・通貨政策が営まれるかどうかが、チェコ経済の安定性を握るだろう。

なお日本の場合、曲がりなりにも大国であるから、日銀は事実上、日本国債の信用力に基づいて、円という通貨を発行している。準備資産にビットコインが入り込む余地などないわけだ。これはEUも同様だし、米国もそうである。結局のところ、実現するにしても小国における実験的な取り組みに終わるだろうし、成果も乏しいものとなるだろう。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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