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1歳の男の子は対向車に命を奪われた…ドラレコに残された「恐怖の映像」、警官が遺族に放った「驚きの一言」

プレジデントオンライン / 2025年2月9日 16時15分

事故でなくなった神農煌瑛ちゃん - 写真=遺族提供

■「衝突を避けることは不可能でした」

まずは以下の動画をご覧ください。親子4人が乗る乗用車のドライブレコーダーに記録されていた7秒間の映像と、この衝突事故で犠牲になった男の子の、1歳の誕生日の姿を編集したものです。

助手席に乗っていて重傷を負った母親の神農(かみの)彩乃さん(38)は、その瞬間を振り返ります。

「対向車は、『はみ出してきた』のではなく、『突撃してきた』と表現できるほどの急ハンドルでこちらへ向かってきました。衝突を避けることは不可能でした。運転していた夫は衝突された直後、後部座席の子供たちに『大丈夫か!』と声をかけていました。私は身体の痛みが激しく、後ろを向くことすらできないまま子供たちの名前を呼び続けました」

■4人家族の穏やかな時間は一瞬で奪われた

2024年9月21日、午後0時50分ごろ、高知県香南市の高知東部自動車道で事故は発生しました。

前日から夫の諭哉(ゆうさい)さん(33)が運転するマイカー(トヨタ・エスクァイヤ)で高知に向かった神農さん一家は、21日の昼前、高知市内のひろめ市場に寄って昼食をとったあと、大阪市内の自宅に戻る予定で自動車道の下り車線を走行していました。

後部座席では、ジュニアシートに座る6歳の長女と、チャイルドシートを装着した1歳1カ月の長男・煌瑛(こうえい)ちゃんがすやすやと眠っていました。

しかし、その穏やかな時間は、一瞬で断ち切られたのです。

「私はそれから意識を失っていたようです。しばらくして「煌瑛!」と叫ぶ主人の大きな声で目が覚めました。なおも痛みで動けないまま、『こうちゃんどうしたの!』と聞きましたが、主人は、『煌瑛が息をしていない! 煌瑛戻ってこい! 戻ってこい!』と、何度も叫んでいました。救助に駆けつけてくださっていた方が、『あぁ、もう青くなってきている……』と言っているのが聞こえ、そして、再び意識がうすれました。気づいたときには大破した車の助手席から運び出されて、救急車に乗るところでした。救急隊員さんに子供たちのことを聞くと、主人と一緒に、先にヘリで病院に行ったと言われました」

彩乃さんは頸椎と背骨、腰骨、鎖骨が折れていたほか、小腸に損傷が見つかり、搬送先の病院で緊急手術を受けることになりました。一方、諭哉さんと長女、そして煌瑛ちゃんはヘリコプターで高知医療センターへ搬送されました。

■医師から「手の施しようがなかった」と告げられる

父親の諭哉さんは語ります。

「長女の身体にはジュニアシートのベルトの跡がくっきりと残っていましたが、奇跡的に軽傷でした。息子のほうは病院に到着してすぐ、心臓を直接マッサージするため、開胸手術を受けることになったのですが、手術後、医師から『手の施しようがなかった……』という説明を受けました。僕は、『なんとかしてください』とお願いしましたが、もうどうにもならないとのことで納得するしかなく、『わかりました』と伝えました。そのとき、息子の胸は開いたままの状態で、小さな心臓も全て見えていました」

諭哉さん自身もまた、右鎖骨と左手の甲の骨折という重傷を負っており、すぐに手術が必要でした。しかし、泣いている長女を一人にすることはできず、「とにかく今は、娘と一緒にいさせてほしい」と頼むしかありませんでした。

翌日の昼過ぎ、緊急手術を終えた彩乃さんが諭哉さんたちのいる病院に転院し、夫妻はようやく対面することができました。

「息子が亡くなったことは、僕の口から直接話したいと周囲に伝えてあったので、妻には僕から告げました。そして、『煌瑛を守ってやれなくて、ごめん……』と謝りました」(諭哉さん)

煌瑛ちゃんは後部座席できちんとチャイルドシートを着用していました。死体検案書には「外傷性ショック」という死因とともに、その事実も明記されています。また、事故直後に病院へやってきた警察官も、「現場の状況からして、神農さんは完全な被害者で間違いない」と話したそうです。

それでも諭哉さんは、自責の念を拭い去ることができませんでした。

神農さんの事故車
写真=遺族提供
神農さん家族が乗っていた自家用車。衝撃の大きさが一目でわかる - 写真=遺族提供
事故車のエアバッグ
写真=遺族提供
血痕が付いたエアバッグ。フロントガラスはヒビでバキバキの状態に - 写真=遺族提供

■冷たくなったわが子、絶望の日々

翌朝、この事故は以下の記事で報じられました。

●高知の高速道で車正面衝突、大阪の1歳男児死亡 両親重傷〔産経ニュース(2024年9月22日)〕

21日午後0時50分ごろ、高知県香南市の高知東部自動車道下り線で、乗用車同士が正面衝突した。県警によると、下り線の車に乗っていた大阪市淀川区東三国の神農煌瑛ちゃん(1)が死亡した。父親(33)と母親(38)もそれぞれ重傷を負い、姉(6)にはけがはなかった。〈編註:以下略〉

高知県警は上り線からはみ出したとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)容疑で男性会社員(60)を現行犯逮捕。容疑を過失致死に切り替えて捜査すると報じられました。男性会社員は軽傷でした。

事故から9日目の9月30日、高知市内で煌瑛ちゃんの葬儀が営まれました。開腹手術を受けた彩乃さんが、車椅子で何とか参列できるまで待とうと配慮したうえでの日程でした。

「あんなに可愛くて、ニコニコしていたこうちゃんは、まるで眠っているようでした。頭をなでても、手を握っても、冷たく、動かない我が子の姿を見て、ずっと泣きました。火葬の前に、主人と私、義両親、私の母が最後の抱っこをしました。火葬のときのことは、一生忘れません。絶望しかありませんでした」(彩乃さん)

こうちゃんの遺影
写真=遺族提供
煌瑛ちゃんの遺影 - 写真=遺族提供

■警官が遺族に告げた言葉

彩乃さんが大阪の病院へ転院する日が10月中旬に決まったため、その直前に高知県警の警察官が病院を訪れ、調書を取ることになりました。

このとき、警察から聞いたある事実に、神農さん夫妻は大きなショックを受けたと言います。

「加害者は、『事故原因は覚えていない』と供述していたそうなのですが、警察によると、自動運転モードで走行中にシートベルトを外して、靴を履き替えていたか、服を着替えていた可能性が高いというのです。衝突時、加害者は助手席側の窓に頭をぶつけており、対面通行の自動車専用道路にもかかわらず、前を見ずに運転していたようです。それを聞いて怒りがこみ上げました。私は調書に『息子は殺された。危うく一家全員殺されるところだった。息子を返してほしい』と書いてもらいました。同じ日、検事さんも会いに来てくれました。加害車の解析に時間がかかるが、しっかり捜査して、言い逃れなんかさせないと言ってくださいました。その日は悔しくてずっと泣いていました」(彩乃さん)

■加害者のクルマには先進技術が詰まっていた

加害車両は、トヨタの新型クラウン・クロスオーバー(令和4年式)でした。

同車の「安全性能」に関するサイトを見ると、たしかに数多くの先進技術が採用されていることがわかります。トヨタ自動車のWEBサイトによると、たとえば、「レーンディパーチャーアラート[LDA]」という機能の説明にはこうあります。

『はみ出さないをサポート/車線をはみ出しそうな時は、ディスプレイ表示およびステアリングの振動または警報ブザーにより警告。ステアリング操作も支援します』

本件事故の加害者が、事故時にこうした機能を利用していたのか、また対向車線にはみ出す前に警報ブザーは鳴ったのかなど、詳しいことについては現在捜査中ですが、車に搭載された先進技術に100%頼ってハンドルから手を離し、運転中に着替えなどを行う行為は、そもそも許されるのでしょうか。

■弁護士「自動運転の定義について正しい認識が必要」

現在、国土交通省は自動運転を以下の図のようにレベル分けしています(図表が表示されない場合はプレジデントオンラインでご覧ください)。

国土交通省「自動運転のレベル分けについて」より

2023年12月からデジタル庁で開かれている『AI時代における自動運転車の社会的ルールの在り方検討サブワーキンググループ』で検討委員を務めている高橋正人弁護士は、まず「自動運転の定義」と「刑事責任」についての正しい認識が必要だと指摘します。

以下、高橋弁護士のコメントです(太字部分)。

★★★★★★★★

●レベル1 [運転支援]→フットオフ/アクセル・ブレーキ操作を自動で行う。
*ただし、運転者はハンドル操作義務や前方左右注視義務を負うので、義務違反があれば、事故が起きたときシステムに欠陥があっても、運転者が刑事責任を負う。

●レベル2 [自動運転機能]→ハンドオフ/アクセル・ブレーキだけでなくハンドル操作も自動で行う。
*ただし、運転者は前方左右注視義務を負うので、義務違反があれば、事故が起きたときシステムに欠陥があっても、運転者が刑事責任を負う。

●レベル3 [条件付き完全自動運転]→ブレインオフ/アクセル・ブレーキ・ハンドル操作だけでなく、前方左右注視義務についてもシステムが負う。
*ただし、自動システムがマニュアルに切り替えるよう警告を出したら、直ちにマニュアルに切り替えなければならない。他方、自動システムが働いている間は事故が起きても刑事責任は運転者ではなく、欠陥車を作った技術開発担当者が負うことが検討される。

●レベル4 [走行場所限定の完全自動運転]→アクセル・ブレーキ・ハンドル操作だけでなく前方左右注視義務についてもシステムが負う。しかも、アクセルペダル・ブレーキペダル・ハンドル自体、車に装着されていない。
*ただし、走行場所が空港内、万博内、ある一定の走行ルートというように限定されている。もちろん、その走行場所内なら事故が起きたときは欠陥車を作った技術開発担当者が負うことが検討される。

●レベル5 [完全自動運転]→アクセル・ブレーキ・ハンドル操作だけでなく前方左右注視義務についてもシステムが負う。しかも、アクセルペダル・ブレーキペダル・ハンドル自体、車に装着されていない。且つ、走行場所も限定されていない。事故が起きたときは欠陥車を作った技術開発担当者が負うことが検討される。

よって、「自動運転」と表現するときは、レベル3以上のものを言う、とされています。

現在、日本で一般ユーザー向けに販売しているのは、「レベル1」と「レベル2」のみです。特定の公共団体には「レベル4」も販売していますが、「レベル3」と「レベル5」は、日本の道路環境が複雑すぎて、技術が追いつかず、製造されていません。

■誤解と過信が悲惨な事故を招く

今回、事故を起こした車は、「レベル1」か、あるいは「レベル2」(センターラインオーバーは自動で修正される機能)で作動していたか、自動運転がオフになっていたかのどちらかです。ただ、どちらにしろ、運転者は前方左右注視義務を負っているわけですから、その義務違反の有無を検討し、義務違反があれば責任を問われる余地があります。

某メーカーが、「レベル1」か「レベル2」の機能を紹介するテレビコマーシャルで、ドライバーがまるで前を向かずに、同乗の家族と歌を歌いながら運転している姿を宣伝していたことがありましたが、レベル3や5であるかのようなとんでもない誤解をユーザーに与えかねません。

日本で販売されている「自動運転」の車のレベルを正しく認識せず、それを過信、あるいは誤解しているユーザーがいるとすれば、大変危険です。その意味で、本件事故は、そうした人たちに対する警告にもなると思います。

★★★★★★★★

■「レベル2」でも運転者は前方左右注視義務を負う

実際に、「レベル2」の自動運転機能を搭載した車による死亡事故の刑事裁判では、無罪を訴えたドライバーに対し、「運転支援システムが搭載されていても、前方を注視して運転をすべき」として、禁錮3年執行猶予5年の有罪判決が下されています(2020年3月31日、横浜地裁)。

本件事故は2018年4月29日、東名高速上り線で発生しました。転倒したオートバイの男性を救助しようとしていたライダーたちに、テスラ車のSUV「モデルX」が加速しながら突っ込み、1人が死亡、2人がけがを負ったのです。

テスラ車を運転していた被告(当時50)は、自身が一時的に居眠りをしていたことを認めながらも、「運転支援システム(クルーズコントロール)の故障によって事故が起きた」と主張。裁判では、人と車、どちらに責任があるかが争点になりました。

しかし、裁判官は「システム故障か機能の限界かは判然としない」と言及を避けたうえで被告の主張を退け、「運転中に眠気を覚えた場合は、運転中止義務がある。この義務に違反した被告の過失は相応に重い」と指摘し、有罪判決を言い渡したのです。

つまり、高橋弁護士が指摘する通り、「レベル2」の自動運転機能の車であっても、運転者は前方左右注視義務を負うので、義務違反があれば、事故が起きたときシステムに欠陥があっても、運転者が刑事責任を負う、ということになるのです。

■遺族「悔しくて、悔しくてたまりません」

事故から4カ月が経過しました。諭哉さんは今もフラッシュバックに苦しみ、心療内科に通院していると言います。

「血まみれになりながら、呼んでも反応のない息子。それでもなんとか助けたい一心で、何度も、何度も名前を呼んでいたあのときのことが、繰り返し、今も夢に現れます。でも、開胸されたあの姿を見たのも、息子が死んだと聞かされたのも、妻ではなく僕でよかった……。これは、僕が背負っていかないといけないと思っています」

自動車運転過失致死傷罪で送検された加害者は、「事故のことは覚えていない」と供述しています。捜査は継続中で、まだ刑事裁判は始まっていません。

「中央分離帯のない自動車専用道路で、自車の自動運転機能を過信し、ハンドルから手を離していた? それが事実なら、運転を放棄していると言っても過言ではありません。こんな自分勝手なふざけた運転をしていた人間に、なぜ1歳になったばかりの大切な息子の命を奪われないといけなかったのか、悔しくて、悔しくてたまりません。亡くなった息子のためにも、このような事故を1件でも減らしていけるよう、頑張って活動していきたいと思います。どうか少しでも応援をしていただければ嬉しいです」

こうちゃん
写真=遺族提供
事故でなくなった煌瑛ちゃん - 写真=遺族提供

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柳原 三佳(やなぎはら・みか)
ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、『真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち』(若葉文庫)などがある。また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト

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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)

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