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「深夜ラジオ=受験生」の時代は終わっていた…過渡期のニッポン放送を救った"ラジオ界の大革命"

プレジデントオンライン / 2025年2月8日 18時15分

冨山雄一さん。担当する「オールナイトニッポン」は1967年10月から続く生放送の長寿番組 - 本人提供

いまの時代にラジオを聴く魅力とは何か。ニッポン放送の「オールナイトニッポン」統括プロデューサー・冨山雄一さんは「インターネットの台頭と経費削減の波によって、ラジオ業界は一時かなり厳しいところまで追い込まれた。しかし、『タイムフリー』と『SNS』によって、ラジオ文化は鮮やかにアップデートされた」という――。

※本稿は、冨山雄一『今、ラジオ全盛期。』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■いつでもどこでもラジオが聴ける時代

ラジオ界にとって大きなターニングポイントとなった、ラジオ番組を配信するプラットフォーム「radiko(ラジコ)」が生まれたのは2010年3月(実用化試験配信開始)。場所や時間を超えてラジオ番組を楽しめるプラットフォームの誕生です。

「Tver」の誕生が2015年だったことを考えると、かなり早かったと思います(それほどラジオ業界が危機的状況だったということですが)。

首都圏でもエリアによってラジオが入りにくかった状況の中で、パソコンでラジオが聴けるというのは画期的なことでした。

ただし、この頃はまだ生放送中の番組が聴けるのみでタイムフリー機能はまだなかったので、オールナイトニッポン周りは、現在のような普及には至りませんでした。ラジコがラジオを劇的に変えることになるのは、2014年に居住地域以外の放送も聴ける「エリアフリー」、さらに2016年に放送時間を遡って聴ける「タイムフリー」の機能がリリースされてからのこと。

これによって、ラジオは放送された後も誰でも(1週間以内であれば)好きなときに好きなタイミングで聴けるようになったのです。

■「スマホ=ラジオ受信機」が爆発的に普及

ここからが本当の意味での“勝負”の時代への突入でした。

ちょうどこの頃に、若者が人生で最初に買う携帯電話端末が「ガラケー」から「スマホ」に移行したことも、大きな転換点となりました。パソコンでしか聴くことができなかったラジコでのラジオ放送が、スマホのアプリを通じて聴けるようになったのです。

ラジオ受信機を誰も持ってない時代を飛び越え、デジタルの進化によりアプリさえ入れてくれれば「1人1台」ラジオ受信機を持つ時代が誕生したのです。

「その時間帯に聴かないと体験できない」が大前提だった生放送が、「放送後でもいつでも聴ける」というコンテンツに。これは劇的な変化でした。

ただし、いつでも聴けるといっても、選ばれなければ聴かれません。この変化は「言い訳が通用しなくなった」とも受け取れます。

■リスナーの「数字」が可視化されるように

それまで「ニッポン放送は都内で聴きづらいから」「ラジオを受信するハードを持っている人が少ないから」と並べ立てることができた“聴かれない理由”はもう通用しません。長らく苦しんだハンデ戦の終焉とともに、ここからが本当の勝負――言い訳ナシのコンテンツ勝負の時代に突入したのです。

ラジコの登場によって、ラジオの作り手が見る「数字」も一変しました(少なくとも、僕は変わりました)。

それまで、ラジオをどれくらいの人が聴いているのかという「数字」は、2カ月に一度の聴取率調査でしか見られなかったのですが、ラジコの登場により、ラジコの再生回数という形で、数字をデイリーでいつでも見たい時に見られるように。これは業界にとって画期的な変化でした。

生放送の数字だけでなく、タイムフリー機能を使って、ひとつの番組が放送後にどれくらい聴かれたのか、また、どの時間帯で聴かれたのか、どんな年代の人が聴いてくれているのかが、数字として可視化されるようになり、分析のスピードと精度が格段に上がったのです。

イヤホンをつけてスマホを使用する人
写真=iStock.com/koumaru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/koumaru

■生放送ではなく「後で聴く」メリット

ラジコのタイムフリー機能が登場した結果、オールナイトニッポンの場合は生放送よりも、放送後の翌朝の通勤通学時間帯や土日の昼間に数倍多く聴かれていることが判明しました。「放送から時間が経ってからバズる神回」も珍しくなくなりました。

なぜこんな現象が起きるのかというと、SNSの効果です。

生放送を聴いたリスナーが番組のハッシュタグをつけてリアクションをTwitter(現・X)に投稿することで、「反響の可視化と拡散」が生まれるのです。トレンド上位に上がった番組の話題は、そのままネットニュースに取り上げられ、さらに多くの人の耳に届く。

生放送には「リアルタイムにどんな話が飛び出すかわからないドキドキ感を、同時に聴いている他のリスナーと一緒に味わう」という面白さがありますが、それは同時に「聴いてみないと、その回が面白いかつまらないかはわからない」という不確実性も伴います。

その不確実性を受け入れて2時間の生放送に立ち会ってくれるリスナーは、本当の意味でのコアリスナーでしょう。ただ、コアの数を広げるのは限界があります。

その点、普段からそれほどラジオを聴いていない人たちにとって、あらかじめ番組の評価がわかれば、「話題の放送回を聴いてみよう」と安心して自分の時間をラジオに捧げることができるでしょう。

■アンダーグラウンドな空気感が一変

こうして気軽に立ち寄ってくれる人たちが増えることが、ラジオの聴取数を増やすことと直結します。ラジコは、ラジオを周辺から盛り上げてくれる「ライトリスナー」の拡張につながったのです。

長らくラジオの弱点と言われてきた「アーカイブ性」と「反響の可視化」が、ラジコの登場によって実現したのです。

思えば「アーカイブ」などなかった1990年代、深夜ラジオは寝てしまうと2度と聴けなくなってしまうもので、そのためにカセットテープやMDに録音して、仲間内で貸し借りをしていました。どのラジオ番組が面白いかは、学校の中でラジオを聴いている友人をなんとか見つけて、翌日に口コミで伝え合うしか方法はありませんでした。

2000年代になってもニコニコ動画に違法にアップロードされたラジオ番組を聴く文化が少しだけあったのと、番組の評判は2ちゃんねるのラジオ番組板を見るぐらいしかなく、まだアンダーグラウンドな空気感でした。

それが「タイムフリー」と「SNS」によって、今までのラジオ文化は鮮やかにアップデートされました。

ただし、こうした環境変化の恩恵はライバル各局も平等に受けるわけであり、ここから差をどうつけていくかがポイントになります。

■変えるべきことは変え、守るべきものは守る

僕たちは積極的にSNSを活用する施策を強化し、数字に対する意識を変えていきました。

ハード面や環境の変化が、企業や業界の将来を左右するのはよくあること。ただ、それだけでは本当の意味でタフに生き残ることはできないのだと思います。その変化に必死に食らいつきながら、地道に、愚直に、自分たちが何を守ってどう攻めるべきかを考え続けて、試行錯誤を繰り返していきました。

環境が急速に変わろうとするときには、同時に自分たちも変わらないといけない。変化を恐れず、いかに適応できるかが重要なのだと強く思います。

番組の「改編」に対する意識も、自分自身の中で根本的に変えようとしたことのひとつです。

ラジオ番組の中には何十年と続く長寿番組もありますが、基本的に夜の若者向けの時間帯の番組は、数年単位で入れ替わっていくものがほとんどでした。オールナイトニッポンも1〜2年単位でパーソナリティが入れ替わる改編が頻繁にあり、特に「オールナイトニッポン0(ZERO)」は、毎年、全番組を改編するのが定番となっていました。

しかし、リスナーの声が可視化され、どんな人がどんな思いで聴いているのかが以前よりわかるようになってから、次第に「改編は本当に必要なのだろうか? それほど望まれていることなのだろうか?」と疑問を持つようになりました。

■「深夜ラジオ=受験生」という“残像”

毎週楽しみしている固定リスナーが付き、スタッフとパーソナリティの関係性も熟してきたころに番組を終了する理由はなんなのだろうかと。

実はその理由は明確にわかっていました。かつてのオールナイトニッポンの“残像”が、この慣習を長引かせていたのです。

「オールナイトニッポンは、受験生が勉強の合間、夜中に眠い目をこすりながら自分の部屋で聴いているもの」――そんな20世紀のイメージが根強く残っていたために、「リスナーは受験生なので、毎年入れ替わる。だから新鮮なパーソナリティを毎年投入して、新しいリスナーを呼び込もう」と発想されていました。

ところが、この前提は根本から覆ることになりました。ラジコで取れる年齢層の属性のデータを見てみると、オールナイトニッポンのリスナーは、10代よりも圧倒的に20代の社会人が多いことが判明したのです。

ラジオのパーソナリティー
写真=iStock.com/CinematicFilm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CinematicFilm

■「番組をやめない」という方針転換が奏功

さらにタイムフリーを含めると30代、40代、50代以上の人たちもオールナイトニッポンを聴いてくれていることがわかったのです。社会人なら、1年ごとにライフスタイルが大きく変わることはほぼないはずなので、1年、2年、3年と番組に愛着をもって聴き続けてくれる姿が浮かびます。

改編は望まれていない。むしろ「番組は続いてほしい」と願っているリスナーが多いはずだ。

新しい仮説を立て、数字が落ちない限りは、なるべく番組を継続していく方針を決めて、今に至ります。

その結果、時間をかけてじっくりと番組のコミュニティが育つようになり、20代中心のリスナーと相性のいいスポンサーを増やすこともでき、機が熟したタイミングでの番組イベントの成功にもつながっています。

リスナーは「入れ替わる」のではなく、「増え続けていく」ものと狙いを定め、番組を応援してくれる人を増やし続けるためにも「番組をやめない」という方針へと転換したことはいろいろな意味で奏功したと思っています。

■ディレクターも継続させたほうが合理的

同じように、番組作りのリーダー役となるディレクターに関しても、パーソナリティと同様に「入れ替える」のが良しとされていました。

1人のディレクターではどうしても企画の引き出しに限界があるのは事実です。番組のマンネリ化を防ぐために、ディレクターを数年おきに変えることがかつての常識でした(もちろん、会社組織として必要な人事異動の意味合いもあります)。

冨山雄一『今、ラジオ全盛期。』(クロスメディア・パブリッシング)
冨山雄一『今、ラジオ全盛期。』(クロスメディア・パブリッシング)

ディレクターを変えるデメリットとしては、リスナーにおなじみの雰囲気が引き継がれなかったり、パーソナリティやゲストとの関係性の蓄積が途絶えたりする点が考えられましたが、それも「特に問題はない」とされていました。

なぜなら、先に書いたように「リスナーは受験生中心で毎年入れ替わる」という前提があったからです。

しかしながら、この前提は崩れました。リスナーの大多数が「継続組」であり、継続組の盛り上がりが新規リスナーを呼び込む。この図式を新たな前提とすれば、ディレクターもむしろ頻繁に変えない方針を基本とするほうが理にかないます。

■番組が大きくした「熱」を冷まさない

番組作りに携わるスタッフが時間をかけて独自のカルチャーを育てていくことで、「去年の今頃は……」とか「あの時も!」といった会話のやりとりが生まれ、一体感が醸成されていくものです。

あまり内輪ネタに偏ってもいけませんが、盛り上がりの熱が高いほど、その熱が周りにも伝播し、「なんだか面白そう」と覗きに来てくれる新しいリスナーも増えていきます。SNSのハッシュタグ付きの投稿がたくさん集まってトレンド入りしたときには、特にその効果が広がり、ラジコのタイムフリー再生数もぐんと上がります。

SNS時代にこそ、せっかく温まった熱を冷まさない、薪をくべ続ける戦略が吉と出るのだろうと実感しています。

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冨山 雄一(とみやま・ゆういち)
ニッポン放送「オールナイトニッポン」統括プロデューサー
1982年1月28日生まれ、東京都墨田区出身。法政大学卒業後、2004年NHKに入局、2007年ニッポン放送へ。オールナイトニッポンではディレクターとして岡野昭仁、小栗旬、AKB48、山下健二郎などの番組を担当。イベント部門を経て、2018年4月から「オールナイトニッポン」のプロデューサーを務めている。現在は、コンテンツプロデュースルームのルーム長としてニッポン放送の番組制作を統括している。

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(ニッポン放送「オールナイトニッポン」統括プロデューサー 冨山 雄一)

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