手取りは増えない、増やすつもりもない…増税はすんなり決めるのに、減税は拒み続ける自民党・財務省の非常識
プレジデントオンライン / 2025年2月7日 18時15分
■「財政ポピュリズム」とは何か
ここ最近になって財務省の現役官僚や有力OBから頻繁に「財政ポピュリズム」というワードが頻繁に発信されるようになってきた。
特に昨年末の臨時国会あたりから、この傾向は強まってきたと言えよう。
特に国民民主党やれいわ新選組に対して財務省サイドは、「財政ポピュリズム政党」と名指しで批判を強めているのが実情だ。
彼らの言う「財政ポピュリズム」とは、ザックリ言うと「明確な財源を語らないまま大規模な所得税減税や消費税減税を主張し民意を獲得すること」を指すのだという。
果たして前述の国民民主党やれいわ新選組が掲げる政策、公約がこの定義に当てはまるかどうかについては、はなはだ疑問ではあるが、ここで重要なのは、財務省サイドが両党、あるいは両党の政策を支持する有権者に対して強い危機感を持っているという点だけは間違いない。
昨年の衆院選挙で与党が大敗し少数与党に転落したことを受けて、野党が国会運営の主導権を握ることとなった。それというのも、政府与党は野党の協力無しに一本の法案も国会で成立させることができなくなったからに他ならない。
■「国民民主の本気」を見誤った自民党と財務省
そうした中にあって最も大きな存在感を示しているのが、国民民主党だ。それというのも同党が、先の衆院選で大きく議席を増やし大躍進を遂げたからだ。
「与党である自民党にとって、国会運営で野党の協力を得るという作業は、従来の国会対策の延長線上にあると言っていい。今や自民党内にあって、名実ともに『国対族のドン』の座に収まっている森山裕幹事長にとって最も交渉相手として気心が知れていたのが、民主党時代に参院国対委員長を務めた国民民主党の榛葉賀津也幹事長だったのです。そしてそれゆえに、与野党協議では国民民主党との交渉が表面上は突出して見えたのです」(森山氏に近い自民党有力議員)
![榛葉賀津也国民民主党幹事長](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/b/1200wm/img_9b9b795d183e559ff0b07930f4717cca316974.jpg)
昨年の臨時国会における政府与党の最大のミッションは、何といっても能登復興予算を柱とする令和6年度補正予算案を成立させることにあった。もし万が一、補正予算案の成立が見込めなかった場合には、石破政権は求心力を失い退陣も視野に入ってくることになったであろう。
そしてそれゆえに森山幹事長を中心とする自民党執行部は、国民民主党の協力を取り付けることに前のめりになっていったのだ。とはいえ国民民主党の協力を取り付けるためには、同党の選挙公約である「年収103万円の壁の上限引き上げ」を実現させることは絶対条件だ。しかも国民民主党は、その上限を178万円まで引き上げることを選挙公約に掲げているのだ。
財務省サイドから見れば、国民民主党のこの公約は「減税政策」以外の何物でもない。しかもだ、仮に同党の要求通りに178万円まで目一杯引き上げると、年間8兆円弱もの税収減になる。財政健全化を旗印に掲げる財務省にとってこれはどう考えても、める話ではなかったと言えよう。
「しかしそれでもわれわれ財務省サイドとしては、ある程度楽観視していたのです。国民民主党だって満額回答は期待していないだろう、と。しかし与党と国民民主党との交渉を通じて、我々は悟りました。国民民主党は本気だ、ということを。本気で満額回答を狙ってきていたのです」(財務省の局長級官僚)
■積極財政派批判キャンペーンを開始
しかもその国民民主党に対しては、国民世論から強い追い風が吹いていた。
「さらに今年は参院選が実施される年です。それだけに各政党ともに例外なく国民世論の動向を強く意識してくる。年収の壁の問題など国民生活に直結してくる政策課題に下手に対応すると、たちまちにして世論から猛烈なバッシングを受けることになる。だからこそ各党とも世論に迎合的になってきてしまうのです」(前述同)
このコメントからも伺えるように、こうした状況に財務省は強烈な危機感を持ったことは間違いないだろう。そこで財務省はそれこそ組織をあげて、同省の意に沿わない積極財政派(減税政策の実施を主張する政党や有識者を含む)に対して、大批判キャンペーンを展開し始めていると言っていいだろう。
■朝日新聞に名指しで批判された故・森永卓郎氏
少々古い話で恐縮だが、昨年12月31日付の朝日新聞朝刊の一面トップ記事などはその最たるものだろう。
「膨らむ借金 許した先は」と四段抜きの見出しを取り、国民民主党やれいわ新選組、さらには経済アナリストの森永卓郎氏の言動や執筆活動を紹介しつつ、世論に理解されない財務省の苦悩を描いている。しかもこの記事は、一面だけにとどまらない。続けて二面に展開し、広告を除く部分をすべて使って財政拡大政策を一刀両断に切って捨てているのだ。
しかも朝日新聞らしいのは、財政拡大政策(朝日に言わせると「財政規律の欠如」につながる政策)は戦争を呼び込みかねない、という形で結論付けている点だ。
朝日新聞から名指しで批判を受けた格好となった故・森永卓郎氏はこう激しく反論していた。
「朝日新聞ともあろうものがその主張している内容は、財務省のそれとまったく同じ。非常に残念だ。しかも高橋是清が緊縮財政派だったとする指摘も、初めて聞く話。朝日新聞の歴史認識についてもまったく同意できない」
この朝日新聞の記事では、国民民主党やれいわ新選組、あるいは森永氏らに対して「財政ポピュリズム」といったようなレッテル貼りこそしていないものの、そうした積極財政派を揶揄するかのような記述が随所に見られるのが特徴だ。
![森永卓郎氏を名指しで批判する12月31日の朝日新聞一面](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/f/1200wm/img_dfbc29256130c16df2cf4c2b601b801e569133.jpg)
■「朝日新聞は弱者に寄り添うメディアではなかったか」
このコメントは、故・森永氏が急逝される数日前に、ご本人から直接伺ったものだ。
「朝日新聞と言えば、弱者に寄り添うことを常に掲げていたメディアだったのではなかったのか。その朝日新聞が強大な権力を握っている財務省側に立ち、経済的な弱者をまったく顧みないことに怒りを覚える」(故・森永氏)
■日本の財政状況は本当に危機的なのか
そもそも日本の財政状況は、財務省や朝日新聞が言うように危機的状況にあるのだろうか。
確かに日本の公的債務は、GDP対比で見た場合には200%を超える水準に達していることから、とっくのとうに危険水域を突破しているという指摘もわからなくもない。
しかしそうした見方に対して、以下のような指摘もあることも事実なのだ。
「政府も自らの財政状態が把握できなくなることがある。債務は厳格に管理していても、自らが保有する資産については債務ほど明確に把握していない」
こうした指摘を行っているのは、誰あろうIMF(国際通貨基金)なのだ。IMFと言えば、国家財政に関してはプロ中のプロ。そのIMFの認識は、一国の財政の健全性を測る場合には債務だけに注目していては駄目だ。国が保有する資産も合わせて見ていかなくてはいけない、と言うもの。
そしてIMFは自らのこうした指摘を踏まえて、主要国の財政状態を債務と資産の両面から捉えた上で国際比較したものを年次報告書(2019年版)でレポートしている。
コロナ禍前のデータではあるが、それによれば日本の財政状況は、先進7カ国(G7)の中ではカナダに次いで上から二番目に位置しているのである。
![【図表】政府の資産と負債](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/8/1200wm/img_a8e6af998f33dc06206a60a6dddda3fd261577.jpg)
改めて指摘するまでもないと思うが、その根拠は日本政府が債務にほぼ匹敵するだけの政府資産を保有しているからに他ならない。
筆者は何もこうした見方が全面的に正しいと言うつもりはない。しかしこうした専門機関も見方があることもまた事実なのだ。
にもかかわらずなぜ財務省や朝日新聞は、こうした指摘をまったく無視するのであろうか。特に財務省は、IMFに対して出向者を送り出しているにもかかわらずだ。こうした不可解な対応ぶりが、故・森永氏をして「ザイム真理教」とする所以なのである。
■積極財政派の訴えは「経済成長による税収増」
さらに言えば、故・森永氏や積極財政派に属する国会議員は、何も財政再建なんてどうでもいい、とにかく減税や財政出動をバンバンやるべきだ、と考えているわけではない。はっきり言って、そんなことは露ほども考えていない。
彼らの基本的な考えは、まず経済成長ありきなのだ。
日本経済が成長すれば、つまりGDPが拡大すれば、所得税、法人税、そして消費税は間違いなく増加する。その税収増をもって、赤字国債の発行額を減らせばいい、という考えなのだ。経済が成長するということは、それはとりも直さず国民生活が豊かになるということに他ならない。
財務省や朝日が主張するように、まず財政再建ありき。先に増税や財政支出を減らせ、というのは国民窮乏化策に他ならない。だからこそ故・森永氏は、そうした主張をする勢力に怒りの刃を向けたのだ。
筆者としてはその気持ちが痛いほどわかる。
■「財政民主主義」が失われている
その故・森永氏が生前、常に口にしていた戒めの言葉がある。それは、「バットは振り抜け」というもの。その意味するところは、「相手に理解してもらうためには、全力で発言し、行動しろ。中途半端ではダメ」ということなのだろうと筆者は理解している。だからこそ故・森永氏の物言いは、時として極端であり、エキセントリックなものと周囲は受け止めたのである。
![森永卓郎『ザイム真理教』(三五館シンシャ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/7/1200wm/img_07f30219ae1ff4e42e6f1aab1d0855f7465101.jpg)
朝日新聞が上から目線で冷笑気味に取り上げた『ザイム真理教』という、場合によっては批判を浴びかねない書籍名は、「バットは振り抜け」という故・森永氏のポリシーがストレートに表現されたもの、と言える。しかし前述の12月31日付の朝日新聞記事は、そうは受け止めなかったようだ。記事のトーンとしては、財務省に対するあまりにも行き過ぎた批判というニュアンスがそこかしこに漂っている。
しかしこの記事には、決定的に抜け落ちている視点がある。その抜け落ちている点とは、「財政民主主義」というあまりにも当たり前で、国の財政政策を決定していくプロセスの中で、絶対に欠くことのできない普遍的なルールだ。
「手取りを増やす」を選挙戦のスローガンに掲げ、「年収103万円の壁」の大幅な見直しを選挙公約に据えた国民民主党は、議席を大幅に増やすこととなったが、これは間違いなく民意の表れだ。しかも政権与党は、そうした民意によって衆院において過半数割れに追い込まれた。
このため政権与党としては、どうあっても前述してきたような「民意」に向き合わざるを得なくなったのである。
民主主義の視点に立つならば、政権与党がこうした選挙結果に寄り添うべきであることは、あまりにも当たり前の話だろう。
■現状こそが「ザイム真理教」の存在証明
むしろ今の政権与党は、こうした「民意」をまったく無視しようとしているとしか思えない対応に終始している。
その代表例が、2月3日の衆院予算委員会での石破茂首相の答弁だ。
国民民主党が求める「年収103万円の壁」の178万円への引き上げ問題を巡って、石破首相は以下のように答弁してみせたのだ。
「国民のみなさまに(税収増分を)お返しできるような状況かというと、全然そうではない」
結論から先に言えばこの答弁の意味するところは、とりあえず昨年段階で「年収103万円の壁」の上限は123万円まで引き上げられたが、さらなる上乗せはまったく不可能だし、やるつもりもない、ということに他ならない。
つまり国民民主党の求める上乗せ要求に対して石破首相は、ゼロ回答でこれに応じたのである。
この答弁の意味するところを、筆者とは旧知の間柄にある自民党税制調査会幹部がこう説明をする。
「我々としては、国民民主党の要求をまったく無視するつもりはない。ただし、財源を示さない減税論には乗るわけにはいかない。これが党税調の総意だ。国民民主党がその財源をしっかりと明示してくれれば、我々としても聞く耳は持つが」
つまり自民党財政調査会としては、国民民主党の求める、123万円からのさらなる上積みについては、ゼロ回答ということに他ならない。そして前述の石破首相の答弁は、この自民党税調の方針に沿ったものなのだ。
自民党税調と表裏一体の関係にある財務省としては、まさにしてやったりの展開だろう。
果たして泉下の故・森永氏は、こうした状況をどのように見ているだろうか、間違いなく「民意をまったく無視する、こうした動きこそが、ザイム真理教の存在証明だ」と喝破していたに違いないだろう。
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ジャーナリスト
1961年東京生まれ。日本大学経済学部を卒業後、金融専門紙、経済誌記者などを経てフリージャーナリストとなる。民主党、自民党、財務省、金融庁、日本銀行、メガバンク、法務検察、警察など政官財を網羅する豊富な人脈を駆使した取材活動を続けている。週刊誌、経済誌への寄稿の他、TV「サンデー!スクランブル」、「ワイド!スクランブル」、「たかじんのそこまで言って委員会」など、YouTubeチャンネル「別冊!ニューソク通信」「真相深入り! 虎ノ門ニュース」など、多方面に活躍。『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』(新潮文庫)、『内需衰退 百貨店、総合スーパー、ファミレスが日本から消え去る日』(扶桑社)、『サラ金殲滅』(宝島社)など著書多数。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)
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