中国の「無名ベンチャー」がGAFAMを脅かす存在に…「中華AIショック」でこれから起きる"米中覇権争い"の行方
プレジデントオンライン / 2025年2月10日 7時15分
■「DeepSeekショック」の余波はいつまでつづくか
中国のAIスタートアップ企業、DeepSeekが開発したAIモデル「R1」が世界に与えた衝撃は、いまなお波紋を広げている。
1月20日の公開後、高性能GPU(画像処理半導体)を開発するエヌビディアの株価が一時17%下落するなど“DeepSeekショック”が広がる一方、スマホの無料アプリランキングで1位になるなど各方面の話題をさらった。
マイクロソフトはさっそく安全性評価を完了し、AI開発の統合プラットフォーム「Azure AI Foundry」と「GitHub」でサービス提供を開始。エヌビディア、インテル、アマゾンなども相次いで自社製品にDeepSeekを導入している。
各国の政府にも影響があった。
米国のドナルド・トランプ大統領はAI開発で先行する米国企業にとって脅威になることを認め、「警鐘とすべきだ」と奮起を促した。また、ブルームバーグ通信の報道によると、DeepSeekが米国による輸出規制のかかったエヌビディアの先端半導体をシンガポール経由で不正に購入した疑いがあるとして、米当局が調査している。
台湾では卓栄泰行政院長(首相)が公的機関にDeepSeek利用の全面禁止を指示したほか、イタリア当局は同社が開発した生成AIの使用の規制を発表した。イタリア国内では、すでにDeepSeekのアプリがダウンロードできなくなっている。フランス、ベルギーなどの政府機関もDeepSeek使用について警告を発してデータ保護の実態を調査する。
日本政府も各省庁に対し、個人情報の取り扱いなどの懸念が払拭されないかぎり、業務での利用を控えるよう注意喚起している。
DeepSeek-R1のどこに世界的な衝撃を与えるインパクトがあるのか。今回は“DeepSeekショック”の核心を探っていこう。
■OpenAIよりも格段に「コスパ」がいい
2025年初めまで、世界のAI開発とAI市場は米国がリードしていると誰もが疑わなかっただろう。生成AIではOpenAI、グーグル、マイクロソフト、メタ(旧フェイスブック)などのメガテック企業が先行しており、GPUではエヌビディアやアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)が高いシェアを誇っていた。DeepSeek-R1の登場は、AIテクノロジー覇権を握る米国に冷水を浴びせたといってもいい。
DeepSeek-R1が与えた最大のインパクトは、これまでの常識を覆すほどの“コスパ”だ。
「R1」はAIの中でも、予測などを得意とする「推論モデル」。DeepSeek発表の性能は、OpenAIが24年9月にリリースした最新LLM(大規模言語モデル)「OpenAI o1」に匹敵するが、利用料金は圧倒的に安い。
「o1」の利用料金は、入力データが100万トークン(自然言語処理で用いられる単位で日本語ではおよそ75万字)あたり15ドル(約2273円、2月7日時点)、出力データが60ドル(約9094円)。一方、DeepSeekの「R1」は無料で利用できる。API(異なるソフトウエア同士をつなぐ仕組み)を利用する場合は有料だが、OpenAIに比べて約95%も安い。個人利用、商業利用ともに、OpenAIなど既存のAIサービスに比べて格段に“コスパ”がいいことがわかる。
![【図表】「DeepSeek-R1」の特徴](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/6/1200wm/img_56269a9b977c60f4d3ab0f15aafda62a242220.jpg)
■異例の「短期間」「低コスト」で開発
価格が安い背景には、低コスト開発がある。DeepSeek-R1は、常識破りの低コスト開発でも注目を集めた。
DeepSeekの発表によれば、開発期間は約2カ月間、費用は600万ドル(約8億7000万円)だったという。OpenAIがChatGPTにかけた開発費は120億円以上と推計されているから10分の1以下だ。
最大の要因は、従来とは異なるAIの“トレーニング手法”を採用したことだ。その中心は「強化学習」だ。
AIモデルの機械学習は「教師あり学習」「教師なし学習」「強化学習」の3種類がある。
教師あり学習
AIに教師データ(入力データと正解ラベル)を与えて学習させ、未知のデータにも適切な判断や予測ができるようになる方法。大規模AIモデルでは膨大な量の教師データを用意し、数カ月から数年かけてトレーニングする。
教師なし学習
正解ラベルのない入力データから、AIがみずからパターンや構造を見つけ出す学習方法。「教師あり学習」が分類や予測に強いのに対して、「教師なし学習」は、データの関係性や法則を発見することに効果が高い。
強化学習
AIに試行錯誤させ、成功に報酬(インセンティブ)を与えて最適な行動を学んでいく仕組み。AIは報酬が高くなるように選択することが増え、経験を積みながらみずから賢くなっていく。
■実現のカギとなった「強化学習」とは
予測などを得意とする推論モデル開発では、この3つの学習方式を組み合わせてトレーニングするのが一般的だ。「教師なし学習」と「教師あり学習」で“基礎知識”を学び、「強化学習」で推論などの“応用力”をトレーニングするというイメージだ。
![【図表】圧倒的な低コスト開発を支える革新的アプローチ ポイント解説(簡易版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/e/1200wm/img_ae90c727e442f6f915cd15e59417f76e363938.jpg)
DeepSeek-R1は主に「強化学習」で推論能力が開発され、「教師あり学習」はわずかだったという。
通常のLLM開発は、教師データを使った長期間にわたる計算が必須で、ここにエヌビディアなどの高額なGPUが大規模投入される。また、大量の教師データを作成するには、データのタグづけなどの人手をかけるので、時間とコストをとられる。
R1は、主に「強化学習」でトレーニングしたことで、開発期間と開発コストが大幅に削減できたという。エヌビディアの株価が一時的に大幅に下落したのは、高価なエヌビディア製GPUに依存しない手法が世界に与えた衝撃を端的に表しているといえよう。
DeepSeekの説明が事実なら、膨大な資金と時間が必要とされてきたAI開発の競争環境が激変するかもしれない。
ただし、DeepSeekの「R1」開発には、いつくかの疑念がもたれている。
OpenAIは、自社のデータを“蒸留”したのではないかという疑いを示している。“蒸留”(Distillation)とは、大規模モデルから小型モデルへ、学習した知識や予測を移植する技術で、OpenAIは利用規約で自社サービスからの“蒸留”を禁じている。
また、「R1」は2024年12月に公開されたDeepSeek-V3を基盤モデルとしているため、「V3」の開発コストや開発期間を含めて考えるべきだという指摘もある。
■オープンソースAIは世界をどう変えるか
DeepSeek-R1が注目を集めたもう一つの点は、自由度の高いMITライセンスの下で“オープンソース化”されていることだ。ソースコードが公開されているので、誰でも自由に使用、改良、再配布できる。
世界中の研究者や開発者が「R1」を検証し、技術を拡張することで、さらなるイノベーションも期待できる。特にスタートアップ企業は、技術開発の可能性が広がることになる。
日本企業では、セキュリティー上の懸念もあるため、今後数カ月のうちに導入が進むことは考えにくい。しかし、AI技術の導入や活用に新たな選択肢ができたことは間違いない。オープンソースAIの活用が進めば、国内でも開発競争が激化し、企業戦略に変化を迫る可能性はある。
DeepSeekのオープンソース戦略が成功すれば、アジア、アフリカ、中東など「第三極」の国々にDeepSeekのAI技術が広まり、中国の技術覇権は強化されることになる。さらにBRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)などが、米国のLLMから中国のAI技術へ鞍替えすれば、当然、米国の技術覇権は相対的に弱まることになる。
■戦略の再考を迫られる「OpenAI」アルトマンCEO
DeepSeekの創業者である梁文鋒氏は、スタートアップ情報サイト「36Kr」の2024年7月のインタビューでオープンソース戦略について、次のように語っている。
「常識を打ち破る革新的な技術の前では、クローズドな環境で守られた競争優位性は一時的なものにすぎない。OpenAIは現在はソースコードを非公開にしたが、競合他社の追い上げを阻むことはできていない」
梁氏は、DeepSeekの親会社であるHigh-Flyerの共同創業者でもある。浙江大学で金融分野の機械学習を研究し、2015年に2人の同級生とクオンツ・ヘッジファンドのHigh-Flyerを設立。ニューラルネットワークを活用して金融・経済を分析するための自然言語処理モデルを構築した。クオンツ投資の会社ではAI開発は副業のようだが、梁氏は「AIが世界を変える」と考えているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、DeepSeekがオープンソースのAIモデルで成功したことを受け、OpenAIのサム・アルトマンCEOが自社のAIモデルをオープンソースに変更することを検討しているという。アルトマン氏はRedditのAsk Me Anythingセッションで、OpenAIの開発手法が誤っていた可能性を認め、オープンソース戦略への検討が必要だと述べた。
この方針転換は、OpenAIの競争力維持には不可欠な一方、現在進行中の400億ドルの資金調達に影響をおよぼす可能性があるとしている。同社はまず中核事業での戦略再構築が求められている。
![令和7年2月3日、石破総理は、総理大臣官邸でソフトバンクグループ代表取締役兼社長執行役員の孫正義およびOpenAI社CEOのサム・アルトマン氏と面会](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/e/1200wm/img_8e80548b33dc4e7d2349c466ca154583486778.jpg)
■「AI覇権争い」は新たな局面に入った
「アメリカのAIは“スプートニク・モーメント”に達した」
米国の政治専門誌The Hillは、かつて同国が宇宙開発でソ連が先行した現実を目の当たりにした時のことをあげて、中国がAI覇権争いで違う局面に入ったことを伝えている。
米国企業が生成AIの主導権を握ってきたが、DeepSeekがコスト競争力とオープンソース戦略を打ち出すことで、その優位性が揺らぐ可能性がある。
DeepSeekの台頭は米国の対中規制強化を促進し、AI技術の供給制限を進める可能性があり、米中間でのテクノロジー分断が進むかもしれない。同社の価値観がより本来の米国的であり、現トランプ政権がより閉鎖的であるのも示唆的だ。
同社のオープンソース戦略は、AI技術の民主化を推進し、世界中の開発者にとって新たな可能性を開くものだ。もっとも、同社のAIが中国政府の検閲基準に従っている点は、技術の透明性と倫理性に関する議論を引き起こしている。今後に注目したい。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)
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