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Change.orgにて「虐待から逃れた18歳。頼みの綱は生活保護です。どうか選択肢をください。」署名を開始しました。

PR TIMES / 2021年9月3日 9時45分

署名開始4日で7000人を超える方が賛同してくださっています。
1人では社会を変えられなくても、みんなが集まれば変えられるかもしれない。
あの時の自分は諦める選択肢しかなかったけれど、次世代を担う若者に自分と同じ苦しい思いをしてほしくありません。
詳細につきましてはhttps://chng.it/w2Q4W8qzをご覧いただければ幸いです。
集まった署名は厚生労働省に提出します。
どうかみなさん、次世代のために、力を貸してくれませんか?



[画像: https://prtimes.jp/i/85854/1/resize/d85854-1-a28cc7dcbce68b7b8d01-0.png ]

「また、おなかが鳴る。もう何日も食べてない。ティッシュなら、こたつの上にあった。ティッシュにマヨネーズをつけ、食べる。」
「「罰や」と言って、仏壇のロウソクを足の裏にたらしてきた。」

これは僕が体験したことです。
16歳の時に児童相談所の介入がありましたが、施設に入所できませんでした。

虐待の後遺症を抱えながら通信制高校を20歳で卒業し、その後病院に就職しました。そして、お金を貯め、22歳で看護大学に進学しました。
大学は僕にとって「ようやく乗れた普通のレール」でした。はじめて自分の力で手に入れた成功体験です。自信にもなりました。看護大学の授業では自身と向き合う内容も多く、2年生になり小児や母性の授業で、過去の虐待体験のフラッシュバックが起こるようになり体調を崩しました。
当時、 生活費や学費のすべてはアルバイト費用でまかなっていたのですが、後期の授業料を払えば生活費がなくなり、休学すれば奨学金が止まってしまうという状況に陥りました。

でも、やっと手に入れた「普通のレール」から降りたくない。その一心でした。「今だけ、生活保護を受けられませんか。」と相談に行きました。
そこで窓口の方に言われた言葉。
「大学は贅沢品です」
僕は、絶望しました。そこから、記憶が飛んでいます。気づいたら病院でした。自殺を図っていました。
その後、トラウマ治療をした後、仕事を再度はじめ、30歳を機に「虐待どっとネット」の活動を始めました。

~あるツイートとの出会い~
その後、虐待どっとネットは、NPO法人になり、僕は代表になりました。
活動のために、Twitterを見ることもよくありました。
ある日、ふと流れてきたツイート。
「虐待を受けた子どもが18歳になってから親元から逃げると児相は原則取扱いできません。頼みの綱は生活保護です。でも大学生は生活保護を受けることができません。例え18歳でも。逃げたばかりでも。 医療費分だけでもいいんです。 生活が安定するまでだけでも。 生活保護の運用がほんの少し変わって欲しい。」

僕は、すぐにリツイートしました。
何かの化学反応が起こる予感がしました。
そして、そのツイートをした支援者に、「政策提言しませんか」と提案しました。
もうあの時の自分と同じ思いをする子どもが社会からいなくなってほしい。大学卒業を諦める子どもをなくしたい。僕たちはTwitterに賛同してくれた皆さんの力を借りて日本を少し変えたい!と思っています。

~お願いしたい署名の内容~

1. 大学生等が生活保護を利用できないという運用から、事情によっては利用できるという運用に変更してもらいたい。
2. さらに、被虐待経験者やDV被害者の学生が、生活保護を利用できる制度や、夢を諦めなくていい制度作りについて、厚生労働省などで検討して欲しい。

どうか皆さん、次世代のために、力を貸してくれませんか?

<NPO法人虐待どっとネット団体概要>
・団体名称:NPO法人虐待どっとネット
・代表者:代表理事 中村 舞斗
・URL: https://gyakutai.net/

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