和食がユネスコ無形文化遺産に登録! 大麦のはくばくが、一汁三菜 “徳川家康の膳”を再現

PR TIMES / 2014年1月17日 13時40分

~昔から健康食材として知られる大麦と、和食の関係とは!?~



日本の健康的な食文化である“和食”を現代に蘇らせ訴求させていく一環として、長寿として知られる徳川家康の食事を再現する活動をスタートいたしました。

この活動では、昔から健康食材として知られる“大麦”の魅力を改めて感じてもらいたいという想いから、食事と健康に人一倍拘りがあった徳川家康の食生活を見直そうと考え、創業1959年の麦とろめし店「大黒屋」にご協力いただきながら、徳川家康ゆかりの食材や好んで食べていたとされる食事をもとに、徳川家康の膳を再現していただきました。

2013年12月4日(現地時間)に、日本人の伝統的な食文化である“和食”が、ユネスコ無形文化遺産に正式に登録されました。
ここで評価される“和食”とは、「バランスがよく、健康的な食生活」というのが一つの特徴ですが、“一汁三菜”(主食、汁物、おかず1品、漬物のセット)が理想的な栄養バランスとして評価されています。

この“一汁三菜”のスタイルは、江戸時代に庶民の間にも広まったと言われていますが、ユネスコ無形文化遺産への登録を機に、“和食”がますます世界中から注目される今だからこそ、健康的な食事として知られる、ときの天下人であった徳川家康の膳を改めて着目してみてはいかがでしょうか?


【徳川家康の食事を再現したメニューを提供するお店】
〈大黒屋〉住所:東京都目黒区碑文谷5-7-2 グレイス碑文谷1F大黒屋

創業1959年お米屋さんが作る麦とろめしのお店。

特選ブランド米で炊くご飯は非常にこだわりがあります。
お米は時々で一番美味しいお米を選び、季節によって炊き方も変えています。


<メニュー> 家康の麦ご飯膳 ¥1700
※徳川家康の膳のイメージです。
実際のメニューとは異なります。

【徳川家康の麦めしにまつわる逸話】

和食の基本スタイルである“一汁三菜”は、平安時代にはじまり、江戸時代に広まったと言われています。

この時代は、庶民の間でも白米を主食として食べられるようになりましたが、大麦に比べてビタミンが少ないためビタミン不足による脚気患者が急増したといわれています。また、ミネラルや食物繊維などの栄養素も少ないため、充分な栄養を摂取できていないことも原因と考えられます。

そんな時代に、当時の天下人・徳川家康は人一倍健康管理に気を遣っていましたが、健康維持のため“麦ごはん”を好み主食として食べ続けていたと言われています。戦国時代の武将から江戸時代中期の大名まで192名の言動をまとめた人物列伝『名将言行録』によると、家康の家来がある日気を利かせて、白飯に少しの大麦をのせたものを出したところ、家康は「なんじらはわしの心をわかっていない、考えもなしに大麦を食べているのではないぞ」と怒るほどに麦ごはんに拘っていたというエピソードが残っています。平均寿命が50歳くらいだった江戸時代初期において、家康は75歳まで長生きしています。その長寿の秘訣は、食物繊維を多く含み、ビタミンB1も豊富な大麦をかかさず食べていたからかもしれません。

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