4種細胞の共培養による口腔がん3次元モデルを開発
PR TIMES / 2025年1月22日 11時15分
~口腔がんと周囲正常口腔粘膜を立体的に模倣したモデルによる、個別化医療への展開~
要約
新潟大学歯学部の泉健次教授、相澤有香大学院生らの研究グループは、
患者由来口腔がん関連線維芽細胞(※1)を含む4種類の細胞を共培養した口腔がん3次元モデル(※2)を開発しました。
1.本研究成果のポイント
・生体内に発生する口腔がん組織の立体的(垂直的かつ水平的)位置関係を模倣した本モデルは、
がん組織周囲に正常口腔粘膜が隣接した構造となっています。
・モデルを構成する4種類の細胞のうち、間質に相当する細胞層は
患者由来の細胞(口腔がん関連線維芽細胞:正常口腔粘膜線維芽細胞)で構成されています。
・モデルのがん細胞層/正常口腔粘膜上皮層は、気相液相培養により空気に接し、
湿潤性の口腔という特殊な環境を再現できています。
・がんに対する各種治療効果と正常口腔粘膜に対する副作用を同時に評価することや、
がんと周囲正常組織の相互作用の解明ができることから、
個別化医療、新たな抗がん剤開発、治療で誘発される口内炎の動態評価に貢献できます。
2.研究の背景
口腔がん治療の第一選択である外科的切除術により、摂食、嚥下、発音という口腔機能が少なからず損なわれ、切除範囲が広範な場合は審美的影響も加わって患者のQOLは大いに低下します。また、患者の高齢化により、切除による侵襲治療を行えない患者も増加しています。そのため、口腔機能を残せるがん放射線/化学療法による機能温存療法が選択される症例が増えてきています。近年では、新しいタイプの放射線や治療薬により、がん放射線/化学療法でも手術療法と同等の効果が得られることがわかってきました。機能温存療法の治療効果向上や副作用の治療法開発のため、がんの基礎的研究も欠かせません。
がん研究ツールとしての細胞の2次元培養は容易ですが、ヒト組織の複雑な細胞構成や生理学的環境を再現できません。一方、3次元(3D)細胞培養では、細胞や細胞外基質のようながん細胞周囲の環境がヒト組織に類似し、化学的、生物学的、物理的要因が再現されています。ヒト組織固有の生理学的環境を反映していることから、がん研究での利用も盛んで、特に近年、がんにおける腫瘍微小環境(※3)を再現できる点でも3D培養技術が注目されています。
一般に、がん放射線療法や抗がん化学療法の副作用として口内炎の発症頻度が高いにも関わらず、現在のところ効果的な予防法や治療法は存在しません。重度口内炎発症のために治療を中断せざるを得ない例も多く、がん治療効果と副作用を同時に評価できる細胞モデルが望まれていました。口腔の解剖学的特徴である、粘膜が空気に晒されている環境を、3D培養法の一つであるorgan-on-a-chipで再現した研究報告はありますが、周囲の正常口腔粘膜と一体化した口腔がんの生体環境は再現できていません。
本研究では、我々が培ってきた気相液相培養法による口腔粘膜3次元モデル作製基盤技術を発展させ、正常口腔粘膜上皮細胞、口腔がん細胞に加え、患者由来の口腔がん関連線維芽細胞、正常口腔線維芽細胞を、区画化することで4種類の細胞の共培養を実現し、がんとその周囲の正常組織を同一モデル内で構築した口腔がん3Dモデルを開発しました。
このモデルは口腔がんの生体内環境を再現しており、がんとその周囲組織の相互作用の解析ができるだけでなく、各種がん治療における、抗がん効果と正常口腔粘膜の反応を同時に評価することを可能にしました。
3.研究の結果
ステンレス製治具によりカルチャーインサート内を区画化し、4種類の細胞の共培養を実現しました(図1)。口腔がん関連線維芽細胞と正常口腔粘膜線維芽細胞はそれぞれコラーゲンゲルに懸濁し、その上に口腔がん細胞と正常口腔粘膜上皮細胞を播種し13日でモデルを完成させます(図1)。
口腔がんと正常口腔粘膜上皮層はコラーゲンゲルを通して基底側(下面)から栄養され、口腔側(表面)は空気に接していることに特徴があります。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/155136/2/155136-2-40bb6105e1253ce067c317c262f0ff63-1549x587.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1 ステンレス製治具によるカルチャーインサート内の区画化(左)と、本モデルを構成する4種類の細胞の3次元的位置関係を示す模式図(右)。
モデルは垂直的に上皮と間質の2層で構成され、がん組織の周囲に正常口腔粘膜上皮層が隣接しています(図2上)。区画化した通り、間質ではがん細胞の下に口腔がん関連線維芽細胞、正常口腔粘膜上皮の下に正常口腔粘膜線維芽細胞が位置しています(図2下)。また、基底膜様構造が正常口腔粘膜部界面で見られますが、口腔がん部では消失(図3)しています。
このことは、本モデルで腫瘍微小環境をはじめ、口腔がん周囲環境が再現されていることを実証し、併せて4種類の細胞の相互作用/細胞応答解析の利用も期待されます。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/155136/2/155136-2-14aecfcac4c5db4a3f5295d2f237e4ea-2125x465.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2 完成したモデル全体の組織像。モデルは上皮と間質の2層性(上)。口腔がん関連線維芽細胞を赤、正常口腔粘膜線維芽細胞を緑で標識(下)。▼▽は口腔がん部と正常口腔粘膜部との境界を示す。
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/155136/2/155136-2-2d64f2f1aedea439df631d7deca8cf86-1862x404.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3 右のがん細胞層では、左の正常口腔粘膜上皮基底面に見られる線状の基底膜様構造(矢印)の消失が明瞭。▽は口腔がん部と正常口腔粘膜部との境界を示す。
本モデルに対してがん放射線治療(重粒子線照射)を行い、照射によるがん細胞への影響(がんの細胞傷害と正常口腔粘膜上皮の菲薄化)も確かめました(図4)。
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/155136/2/155136-2-b0a750188a1fb1050f0f72d3bca03f9b-1914x541.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図4 重粒子線照射後のモデル組織像。▼は口腔がん部と正常口腔粘膜部との境界を示す。
4.今後の展開
口腔がんに対する各種放射線/化学療法の治療効果と副作用の同時評価が可能である本モデルを利用することで、新たながん治療プロトコール開発に貢献できるツールになります。4種類の細胞の共培養モデルという特徴を活かし、各細胞の相互関係、細胞応答の解析を行うことができます。
また、正常口腔粘膜上皮細胞、口腔がん細胞も患者由来細胞に置き換えることで、個別化医療の実現につながります。
さらに、本モデルをプロトタイプとして第5の細胞として血管系や免疫系の細胞を組み込むことで、生体の口腔がん環境にさらに近づけることが可能になるため、腫瘍微小環境の理解を一層深めることができます。本モデルの作製技術は、口腔がん以外の疾患モデルへの応用も可能であると考えられます。
本研究成果は、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2121 などの助成を受け、2024年10月17日に学術誌「Biomedicines」に掲載されました。
なお、本研究成果の内容は以下のとおり国内特許出願済みです。また、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)より、特許協力条約に基づく国際出願の権利化支援を頂くことが決定しております。
発明の名称 : 立体細胞培養体および立体細胞培養体の製造方法
発明者 : 泉 健次、羽賀 健太、相澤 有香、高田 翔
出願人 : 国立大学法人新潟大学
出願番号 : 特願2024-040964(2024-03-15 出願)
【用語解説】
※1 がん関連線維芽細胞(本研究では、口腔がん関連線維芽細胞)
がん間質に存在するがん特異的な線維芽細胞です。がんの浸潤や転移などに関与することが明らかになっており、その多彩な機能が近年のがん研究で注目されています。
※2 3次元モデル
培養⽫という平面上で細胞を増殖させて培養する2次元(2D)培養に対し、立体的に細胞を増殖させる培養手法を3次元(3D)培養といい、ヒトの細胞でヒト組織を模倣した構造体をモデルといいます。
生体内に近い環境であることから、薬物の安全性試験や効能を効率的に実施できると言われています。3D培養技術としてはスフェロイド、オルガノイド、organ-on-a-chipなどが知られていますが、どの方法を選択するかは、がんの種類や細胞特性、研究目的に応じて選択することが必要です。
※3 腫瘍微小環境
腫瘍(がん)組織のまわりに存在する複雑な環境を指し、がん関連線維芽細胞、マクロファージ、血管、免疫細胞など、さまざまな分子や細胞から構成されます。腫瘍の増殖、浸潤や転移に大きな影響を及ぼし、がん治療の抵抗性にも関与しているといわれています。
【論文情報】
タイトル:Development and Characterization of a Three-Dimensional Organotypic In Vitro Oral Cancer Model with Four Co-Cultured Cell Types, Including Patient-Derived Cancer-Associated Fibroblasts
著者:Yuka Aizawa, Kenta Haga, Nagako Yoshiba, Witsanu Yortchan, Sho Takada, Rintaro Tanaka, Eriko Naito, Tatsuya Abe, Satoshi Maruyama, Manabu Yamazaki, Jun-ichi Tanuma , Kazuyo Igawa, Kei Tomihara, Shinsaku Togo and Kenji Izumi
DOI:https://doi.org/10.3390/biomedicines12102373
[本リリースに関するお問合せ先]
・新潟大学 大学院 医歯学総合研究科(歯学部)生体組織再生工学分野 教授 泉健次
Email: izumik@dent.niigata-u.ac.jp
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