難燃性のイオン液体を構成要素とし、温和な条件下で高いマグネシウムイオン伝導性を示す分子結晶電解質の作製
PR TIMES / 2022年5月13日 22時40分
ー全固体マグネシウム二次電池の実現に向けて新たな指針ー
静岡大学の守谷誠准教授らの研究グループは、難燃性のイオン液体とマグネシウム塩からなるマグネシウムイオン伝導性分子結晶を新たに開発しました。結晶構造解析の結果から、得られた分子結晶中にはイオン伝導パスに相当する特徴的な構造が形成されていることを明らかにしました。
さらに、ここで得た分子結晶は80 °Cという比較的温和な条件で10−4 S cm−1オーダーの高いマグネシウムイオン伝導性を示すことを確認しました。
今回の成果は、全固体マグネシウム二次電池の実現に向けた安全かつ高性能な固体電解質材料の研究開発に、新たな指針を示すものと言えます。
なお、本研究成果は2022年5月3日に米国化学会誌Inorganic Chemistryにオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出されました。
(https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.inorgchem.2c00307)
[画像1: https://prtimes.jp/i/96787/5/resize/d96787-5-13d6e241fe41f86c01dc-0.jpg ]
1.発表のポイント
・難燃性のイオン液体とマグネシウム塩から、イオン伝導パスを持つ分子結晶を開発
・開発した分子結晶が、穏やかな加熱条件下で高いMgイオン伝導性を示すことを確認
・マグネシウム電池向け固体電解質の開発に新たな指針を示す発見
2.研究背景と経緯
カーボンニュートラルを通した持続可能な社会の構築に向け、再生可能エネルギーのさらなる活用に貢献する革新的蓄電池の開発が強く求められています。なかでも金属マグネシウムを負極として用いるマグネシウム二次電池は、安全性と高い容量を両立することが可能であることから、その候補として大きな注目を集めています。
また、マグネシウムは地殻中や海水中に豊富に含まれるという特徴があります。そのため、現行のリチウムイオン電池で懸念されている資源的な制約とそれに伴う価格の乱高下といった問題が、マグネシウム二次電池によって払拭できる可能性があることも大きな魅力となっています。
一方で、優れたリチウムイオン伝導性を示す固体電解質の開発とそれを用いた全固体電池に関する研究開発の進展から、マグネシウムイオン伝導性を示す固体電解質を用いた全固体マグネシウム二次電池の開発への関心も高まっています。このような全固体マグネシウム二次電池が実現すると、安全性向上、直列積層型構造の構築による電池パックの小型軽量化、低コスト化といった、蓄電池に求められる要素が大きく前進することが期待されます。
このような全固体マグネシウム電池の実現には、固体中でマグネシウムイオンを高速に拡散させる固体電解質材料が欠かせません。ただし、マグネシウムは電解質中では二価カチオンとして振る舞うため、固体中のアニオン部位と強固な相互作用を形成する傾向があります。
その結果、一価カチオンであるLiイオンに比べ、固体中でのMgイオンの拡散は困難になります。実際、セラミックス材料を中心に、Mg電池向け固体電解質の開発が数十年前から精力的に検討されているものの、これらの材料ではMgイオン伝導に数百度の高温条件を要することが知られています。
したがって、より温和な条件で高速にマグネシウムイオンを拡散させるには、材料開発の新たなコンセプトが必要であると考えられます。そのようなコンセプトの一つとして、私たちは結晶格子中で分子が規則的に配列した構造を持つ「分子結晶」(結晶性有機物)に注目してきました。分子結晶では、金属塩と有機分子の自己集積化と結晶化を利用し、これらの構成要素を結晶格子中で規則的に配列させることによって、分子からなるイオン伝導パス(イオンの通り道)を構築することが可能です。
加えて、構成要素を適切に選択することで、イオン伝導に適した構造を持つ伝導パスを構築できるという特徴も分子結晶は持っています。
このような特徴は材料設計に大きな多様性をもたらすため、固体電解質の開発を進める上では強力なツールとなることが見込まれます。
[画像2: https://prtimes.jp/i/96787/5/resize/d96787-5-7edd71b85a77d835fb86-1.jpg ]
実際、我々は高いLiイオン伝導性を示す分子結晶を探索するなかで、[Li{N(SO2F)2}(NCCH2CH2CN)]が室温で10−4 S cm−1という優れた伝導特性を示すことに成功してきました。また、最近では室温付近でMgイオン伝導性を示す新規分子結晶[Mg{N(SO2CF3)2}2{(CH3)O(C5H9)}2]の作製にも成功しています。
これらの結果は、固体電解質の候補として分子結晶に大きな可能性があることを示すものといえます。ただし、構成要素である有機分子は可燃性を有するため、不燃性であるセラミックス電解質に比べると安全性で劣る部分があるのも事実です。分子結晶電解質の実用化を考えると、安全性を大幅に向上させる新たな材料設計指針を構築することは極めて重要な課題といえます。
このような課題を解決するには、分子結晶電解質の構成要素に難燃性、不揮発性を特徴とする物質を用いることが有効であると考えられます。このような構成要素として、今回はイオン液体に注目しました。
具体的には、比較的融点が高く、合成が容易であるという特徴を持つイオン液体[N(CH3)4][N(SO2CF3)2] (N1111TFSA)、または[N(CH3)(CH2CH3)2][N(SO2CF3)2] (N1122TFSA)を選択し、Mg{N(SO2CF3)2}2 (Mg(TFSA)2)との反応を検討することにより、新規Mgイオン伝導性分子結晶の開発と固体電解質としての物性評価を行いました(図1)。
その結果、得られた分子結晶が80 °C程度の温和な加熱条件下で10-4 S cm-1以上の高いMgイオン伝導性が発現することを明らかにしました。
3.研究成果と内容
イオン液体N1111TFSAまたはN1122TFSAと、Mg(TFSA)2を反応させることにより、新規分子結晶として[N1111][Mg(m-h1-h1-TFSA)3] (1), [N1122][Mg(m-h1-h1-TFSA)(h1-h1-TFSA)2] (2)を得ることに成功しました。反応は、無溶媒条件、アルゴン雰囲気下においてイオン液体とMg(TFSA)2をモル比1:1で混合し、加熱条件下で無色透明の融液とすることにより進行しまいた。この融液を室温まで冷却することにより、生成物として1, 2を無色透明の単結晶として得ることができます。
このようにして得た2の示査走査熱量測定(DSC)では融点に帰属されるピークが100度付近に観測されました。
また、融点近傍には固体―固体間相転移に由来するピークも観測されました。2の粉末X線回折(XRD)では、出発原料であるMg(TFSA)2、イオン液体とは異なる鋭い回折線が確認されています。これらの結果から、ここで得た2は高い結晶性と熱安定性(融点)を有していることが示されます。
[画像3: https://prtimes.jp/i/96787/5/resize/d96787-5-e40d195704346562d30c-2.jpg ]
このようにして得た生成物1, 2の単結晶を用いて、結晶構造解析を行いました結果を図2に示します。いずれの生成物についても、イオン液体とMgTFSAがモル比1:1で反応し、格子中にはMgイオンとTFSAアニオンからなる一次元鎖構造が構築されていることが確認されました。1の構造を詳細に調べると、Mg上の6つの配位座は全てTFSAアニオンによって占められており、TFSAアニオンはいずれも分子内の異なる二つのスルホニル基上の酸素を介して隣接する二つのMgイオンを架橋した構造をとっていることが明らかになりました。
分子結晶2では、3分子あるTFSAアニオンのうち、2分子のTFSAアニオンはMgとの間で六員環を形成するようにキレート配位し、残りの1分子は1と同様の配位様式で隣接する二つのMgを架橋していることが確認されました。Mgイオンと相互作用していない有機カチオンのサイズあるいはわずかな構造の違いによって、Mg周りの構造に変化が生じるという興味深い結果が得られました。
[画像4: https://prtimes.jp/i/96787/5/resize/d96787-5-9fc8a439a43021fefc93-3.jpg ]
これらの結果を参考に、分子結晶1, 2のイオン伝導度を測定しました。得られた単結晶を粉砕し、加圧成型することにより得たペレットについて交流インピーダンス測定を行うことにより伝導度を算出しています。測定結果を図3に示します。
分子結晶1のアレニウスプロットを見ると、10 - 50 °Cの範囲ではプロットが直線的でしたが、60 °C以上では傾きが急激に小さくなるとともに、上に凸の曲線となっていました。60度以上での伝導度は10-4 S cm-1を上回る高い値となっています。10 - 50 °Cの温度域について、アレニウスプロットの傾きから活性化エネルギーを求めたところ、172 kJ mol-1と算出されました。伝導度測定終了後の試料について、DSC測定を行ったところ1の融点に起因するピークが消失した一方で、50度付近に新たな吸熱ピークが観測されました。
この結果は、伝導度測定のために行った加熱条件下において1が融点を50 °C付近に有する構造未知の化合物1’に変化していることを示唆するものといえます(詳細については現在調査中)。
分子結晶2については、30-80度の温度範囲でイオン伝導が確認されました。40 °Cでの伝導度は2.5 × 10−6 S cm−1であり、80 °Cでは4.2 × 10−4 S cm−1に達した。なお、アレニウスプロットより、イオン伝導の活性化エネルギーは117 kJ mol−1と算出されました。
我々が以前に報告したMgイオン伝導性分子結晶Mg(TFSA)2(CPME)2(イオン伝導度:4 x 10-7 S cm-1 at 40 °C mol−1, 活性化エネルギー69 kJ mol−1)に比べると、イオン伝導度は高く、活性化エネルギーは大きいという結果となりました。分子結晶2とMg(TFSA)2(CPME)2の間にみられるMg周りの構造と分子配列に大きな違いが、このようなイオン伝導挙動の差を生じさせた要因と考えられます。
なお、2では測定前後でPXRDパターンに変化が見られなかったことから、分子結晶2は伝導度測定の前後で構造変化を起こさないことが確認されました。
[画像5: https://prtimes.jp/i/96787/5/resize/d96787-5-15d3dd8a854f74300693-4.jpg ]
金属マグネシウムを電極に用い、分子結晶2のMgイオン輸率の算出を試みました。今回の測定では交流インピーダンス測定で得られたNyquist plotにワールブルグインピーダンスのみが確認されたため、直流分極測定で得た初期電流と定常電流の比から予備的な結果としてMgイオン輸率を算出し、0.46という値を得ました(図4)。
この結果は2においてMgイオン伝導が進行していることを明確に示すものと言えます。
4.今後の展開
酸化物や水素化物などからなる既報のマグネシウムイオン伝導性無機固体電解質の多くは、Mgイオン伝導性の発現に数百度の加熱を要することが一般的です。一方、今回得られた2は、80℃という比較的温和な条件で10-4 S cm-1という高いイオン伝導性を示します。
このように本研究では、分子結晶電解質の構成要素としてイオン液体を活用することにより、安全性向上だけでなく、Mgイオン伝導の促進も可能になることを見出しました。分子結晶の活用により、既報固体電解質よりも高いMgイオン伝導性が得られたことから、本成果はMg伝導性固体電解質の開発における新たなコンセプトを提示するものであると考えています。
今後は、分子結晶の構成要素のさらなる精査を通し、高い安全性と高速Mgイオン伝導性を両立する固体電解質材料を探索するとともに、全固体Mg電池の実現に貢献することを目指します。
本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 A-STEP産学共同(育成型)、科学研究費補助金「挑戦的研究(萌芽)」、公益財団法人 日本板硝子材料工学助成会研究助成の支援により行われ、2022年5月3日発行の米国化学会誌「Inorganic Chemistry(インオーガニック・ケミストリー)」で公開されました。
5.付記
本研究は、本学大学院総合科学技術研究科の盛佐和子、大洞貴仁(いずれも修了生)、本学理学部化学科の生木泉圭(卒業生)、本学グリーン科学技術研究所の近藤満教授と共同で行われました。
6.用語解説
(1) 固体電解質:固体状態でイオンを伝導させることが出来る材料
(2) 全固体電池:すべての構成要素(正極、負極、電解質)が固体材料からなる電池。現行のリチウムイオン電池では、固体電解質の代わりに有機溶媒を主な成分とする液体の電解液が使用されている。
(3) マグネシウム電池:金属マグネシウムを負極として用いた蓄電池。安全性と高い容量を両立する蓄電池の候補として期待されている。また、マグネシウムが地殻中や海水中に豊富に含まれることから、電池の低コスト化にもつながると考えられている。
(4) 分子結晶:分子を構成要素とする結晶
(5) イオン液体:イオンのみから構成され、液体で存在する塩。難燃性、不揮発性といった、電解質の安全性向上に貢献する特性を有する。
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