脳波信号で言語機能脳領域の個人差を推定
PR TIMES / 2025年1月28日 16時45分
-失語症の個人化脳刺激法開発に向けて-
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/89676/11/89676-11-5eda6158f9629c1a410be6db01106cdf-1853x473.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
【ポイント】
○呼称(物体名称の発語)に関する脳領域の個人差を脳波から推定
○脳波で推定した脳領域への電気刺激(tDCS)により呼称機能が向上
○脳活動の個人差が大きい失語症の治療に応用できる可能性
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo) 情報理工学院 情報工学系の吉村奈津江教授と東京都立大学 人文科学研究科の橋本龍一郎教授、Ghoonuts株式会社 研究開発部の行田智哉氏らの研究チームは、言語機能に重要な脳の領域を(頭皮)脳波から個人ごとに特定し、電気刺激を行う個人化刺激法の有効性を示しました。
失語症の新たな治療法として、物体の呼称※(用語1)に関する脳領域(ブローカ野)に対する、頭皮からの微弱な電気刺激であるtDCS※(用語2)の有効性が示唆されています。さらに近年では、脳の活動領域の個人差に対応するために、fMRI※(用語3)を用いて、個人ごとに刺激領域をカスタマイズする方法が提案されています。この方法で、fMRIの代わりに脳波を使えば、臨床現場での汎用性が高まると期待されます。
そこで本研究では、脳波から脳皮質内の活動を機械学習で推定する信号源推定法※(用語4)を用いて個人ごとの活動領域を特定しました。その結果、脳波で推定された活動領域は、fMRIによる特定領域と高い精度で一致しました。さらに、脳波で特定した領域をtDCSで刺激することで、ブローカ野への刺激や偽刺激と比較して、呼称の反応速度が統計学的に有意に短縮することを確認しました。
本研究の結果から、脳波を用いた個人化刺激法の有効可能性が明らかになりました。本成果は、1月28日付(現地時間)の「Neuroimage」誌に掲載されます。
●背景
頭皮から微弱な電気刺激を与える経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)は、言語に関わる脳領域として知られるブローカ野に対して行うと言語機能が改善する可能性が報告されており、失語症の治療手段として注目されています。しかし、呼称などの言語課題中に活動する脳領域は個人差が大きいため、近年では機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いて、個人ごとに刺激領域をカスタマイズする方法が提案されています。しかしfMRIを用いた活動領域の特定には、設備設置などの関係で汎用性が低いという課題がありました。
一方で、臨床現場での汎用性が高い(頭皮)脳波を用いて個人ごとの活動領域が特定できれば、MRI装置のない医療機関におけるカスタマイズ治療の可能性が広がりますが、脳波を用いた脳領域の特定は精度が低いと考えられています。そこで本研究では、脳波を用いた高精度の脳領域特定による個人化脳刺激法(図1)が可能かどうかを検証しました。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/89676/11/89676-11-e8f16ea76ff36935965468fcc58e1b3d-942x280.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1 脳波を用いた個人化脳刺激法
●研究成果
研究では、健康な成人を対象に、脳波とfMRIを用いて呼称中の脳活動を計測しました。そのうえで、脳波から脳皮質内の活動を機械学習で推定する信号源推定法を用いて、個人ごとの活動領域を特定したところ、fMRIによる特定領域と高い精度で一致しました(図2)。さらに、脳波で特定した領域をtDCSで刺激すると、ブローカ野を刺激した場合や、偽刺激の場合と比べて、呼称までの反応時間が平均40ミリ秒短縮しました(図3)。
脳波を用いた従来の研究は、脳波に機械学習を適用することで情報抽出精度が向上することを示した研究は多い一方で、電気刺激によって目的とする機能が向上するという因果性を示した研究は少ない状況にありました。そうした中で今回の研究成果は、これまで明確ではなかった脳波を用いた脳領域推定結果の生理学的妥当性を示唆していると言えます。
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/89676/11/89676-11-6ae272516fdb7df237c8584f48cad02d-2377x717.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2 脳波から推定された個人ごとの脳領域と、fMRIによる特定領域の比較
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/89676/11/89676-11-fb764a5abad2370cd31d54fecfb24c2c-2068x1147.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3 呼称の反応時間(RT)の比較。EEG-tDCS:脳波から推定された領域へのtDCS、Broca-tDCS:ブローカ野へのtDCS、Sham:偽刺激
●社会的インパクト
失語症は「物の名前が出てこない」「言葉を聞いても理解ができない」といった言語の障害で、コミュケーションの大きな妨げとなります。脳卒中の約30%で生じ、日本に約50万人いると言われています。多くの場合、生涯にわたって症状が残ることから新しい治療法の開発が求められています。今回の研究で有効性が示された、脳波を用いた個人化脳刺激法は、治療が困難な失語症の治療に応用できる可能性があります。リハビリテーションの効果を促進し、より多くの失語症者の社会復帰につながることが期待できます。
●今後の展開
今回の研究では、脳波によって特定した領域へのtDCSの有効性が示されました。今後は、実際の失語症患者で有効性を検討することで、新たな治療法としての開発を進めます。そうした治療法を通して、個人ごとに最適なtDCS条件を見つけることで、失語症患者の脳機能の向上を目指します。
●付記
本研究は下記の助成を受けて行われました。
科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業 JPMJFR216W
日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)JP23gm1910001
【用語説明】
呼称:提示された物の名称を答える機能。失語症で最も生じやすい障害の一つ。
tDCS:経頭蓋直流電気刺激法。頭皮からの微弱な電気刺激により、神経細胞の興奮性および抑制性の調整を図る技術。
fMRI:機能的磁気共鳴画像。血液中の酸素濃度の変化を測定して脳活動を可視化する技術。
信号源推定法:脳波で計測した電気信号について、機械学習を用いて脳内のどの部位で神経活動が発生しているかを特定する技術。
【論文情報】
掲載誌:Neuroimage
論文タイトル:Electroencephalography-guided transcranial direct current stimulation improves picture-naming performance
著者:行田 智哉(Ghoonuts)、橋本 龍一郎(東京都立大)、稲垣 慧(東京科学大)、都志宣裕(Ghoonuts)、北尾 太嗣(Ghoonuts)、ミナティ ルドビコ(東京工業大学,トレント大学)、吉村 奈津江(東京科学大)
DOI: 10.1016/j.neuroimage.2024.120997
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