【シリア現地レポート】アレッポで激化する戦闘 2

PR TIMES / 2012年9月28日 13時27分



 日々行われる空爆のほとんどは、事実上反政府軍の支配下にある地域を標的としている。被害者の多くは、非戦闘員の市民である。さらにその多くは子どもたちだ。彼らは自宅で、あるいは食糧を調達しに外出したときに、殺害されている。
 10人家族のカヤリ家(そのうち7人は子どもたち)も、犠牲となった家族の一つだ。彼らは、アレッポ市北東部のサフール地区で、隣り合った2つの家に住んでいた。8月6日の午後、その2つの家は爆撃を受けた。家屋は粉々に破壊され、家にいた家族全員は一人残らず犠牲になった。
 片方の家に住んでいたアスマ・カヤリ(25歳)は、3人の子どもたちとともに殺害された。2人の娘は9歳と7歳、息子は4歳だった。夫の兄弟(24歳)とその4歳の息子も一緒だった。
 カヤリ家の裏の通りに、反政府勢力の戦闘員が寝泊まりしていた学校があったが、ここも同時に爆撃された。翌日、アムネスティは校庭で不発弾を発見した(ソビエト時代の無誘導破片爆弾だった)。戦闘員らによると、この爆弾は、カヤリ家が攻撃された同じ時間に、学校に落とされたという。同種の爆弾が、カヤリ家をも襲ったようだ。無誘導爆弾は命中精度が低く、民間人を殺傷しかねない市街地での使用は不向きである。

■子どもの遺体を捜す親

 同じ8月6の日午後、この攻撃の約30分後、市内の別の場所、ブスターヌル・アスル地区で別の空襲があった。これにより、市民の死傷者はさらに拡大した。
 ここでも犠牲者の多くは子どもたちだった。爆撃された建物の最上階に住んでいたクレアア家では7人が殺害され、少なくとも3人が重傷を負った。IT技術者の夫(43歳)と妻(37歳)、娘(10歳)、2人の息子(16歳と17歳)が殺害された。もう1人の娘(14歳)は片目を失い、体にも重傷を負った。子どもたちのいとこ(少女8歳)と18カ月の乳児も犠牲となり、その両親は負傷した。
 爆撃の数時間後、アムネスティが現場を訪れると、親戚や隣人たちは1人の子どもを必死になって探していた。結局3日後、その子の遺体は近くの建物の中で見つかった。爆風で遺体が飛ばされてしまったのだ。
 親類の1人は「生き残った親戚の娘にはまだ、『両親も兄弟もみんな殺された』と告げる勇気がありません」とアムネスティに嘆いた。「彼女は、いとこ2人が死んだのは知っています。それで、『私の家族はどうなったの?』と聞くのです。本当のことは、どうしても言えません」

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