グアンタナモで、被収容者がまた1名死亡 【アムネスティ】

PR TIMES / 2012年10月11日 12時35分



イエメン出身の男性が起訴も裁判もないまま、独房に11年間拘禁された末、死亡した。

この事件は、グアンタナモ収容所の無期限拘禁がいかに冷酷で非情か、したがって無期限拘禁の撤廃がいかに急務であるか、ということをあらためて思い起こさせる。

米軍当局が9月10日に発表したところでは、最も厳重なキャンプ5の独房で9月8日、1人の被収容者が遺体の姿で発見された。当局は家族に通知後、その男性の身元や国籍を発表した。死亡したのはイエメン国籍のアドナン・ファーハン・アブドゥル・ラティ。彼は起訴もされず裁判にかけられることもないまま、米軍の収容所に11年拘禁されていた。

グアンタナモでの拘禁が始まった2002年1月以降わかっているだけで、過去8人の被収容者が死亡してきた。米軍当局によると、そのうち6名は自殺、残る2名は自然死だ。

アドナン・ラティフの死亡時の状況およびその原因の究明に、海軍犯罪捜査局(NCIS)が捜査を開始した。

アムネスティ・インターナショナルは米国政府に対し、国際法に従い、完全に独立した、民間主導の調査を認めること、またその調査の全内容と取られた他の措置に関する情報を本人の家族に提供すること、を要求する。また検死や捜査から得られた証拠は保全されるべきである。

■「生きているより、死んだ方がマシ」

米国は、2001年9月11日の同時多発テロ以降、「グローバル戦争」という枠組みを想定した。その枠組みの中で、グアンタナモにおいては人権尊重の原則を無視し、多数の被収容者を無期限に拘禁し、本人とその家族を残酷なほど不安定な状態に置いた。ラティフの11年もの拘禁と顛末は、その動かしがたい証拠である。

ラティフは2001年12月にパキスタン国内のアフガニスタンとの国境付近でパキスタン警察に捕えられた後、同月末に身柄を米国に引き渡され、2002年1月17日にグアンタナモに移送された。それ以降、彼の身柄はグアンタナモにあった。ここ数年、彼の精神的、身体的な健康状態は大変懸念されていた。

ラティフは2009年5月10日、人身保護請求担当の弁護士との面会中、自分の手首を切った。それまでも何度か自殺未遂を起こしていた。2010年3月、キャンプ5の独房から弁護士に宛てた手紙には、現在の状況は「生きているより死んだ方がマシだ」と書いた。

2011年10月25日の弁護士との面会では、慢性的な腰痛を患っていると話し、頭痛、胸焼け、のどの痛みを訴えた。1994年にイエメンで自動車事故に遭って以来、左耳が聞こえなくなり、何年も補聴器を待っていた。

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