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なじみ深さや目新しさの印象を支配する神経信号を発見!

PR TIMES / 2017年8月18日 9時24分

~神経細胞の光操作により、思い込みの脳内メカニズムを解明~

順天堂大学大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センターの宮下保司特任教授(東京大学大学院医学系研究科客員教授)、竹田真己特任准教授、東京大学大学院医学系研究科の田村啓太研究員らによる共同研究グループは、目にした物体が「なじみ深い」か「目新しい」かという相反する印象の判断が、大脳・側頭葉の神経細胞が出力する信号の増減によって決まることを、サルを動物モデルとした光遺伝学*1による神経活動操作で突き止めました。この結果は、ヒトが、目に入る情報の価値を経験と嗜好に基づいて主観的に評価して行動するメカニズムの解明に繋がるだけでなく、側頭葉の異常による高次脳機能障害の診断・治療法の確立に貢献すると期待されます。本成果は米国Science誌8月18日号にて発表されました。



【本研究成果のポイント】

ヒトの認知機能を細胞レベルの神経回路に基づいて因果的に調べるために、霊長類に光遺伝学的手法を適用する技術的基盤を確立した。
細胞への光照射により大脳・側頭葉の神経活動を増加させると「見慣れている」という判断が増え、これらの細胞の出力する信号が、物体に「なじみ深い」という主観的印象を与えることを明らかにした。
光刺激と電気刺激の比較により、側頭葉の神経活動の増減が、「なじみ深い」 「目新しい」という、相反する印象を生成していることが示唆された。


【背景】
我々ヒトは、他人や物体を目にするたびに、友好的か敵対的か、 安全か危険か、好きか嫌いか、 おいしいかまずいか、あるいは見たことがなく分からないか、といった自分の経験や嗜好に基づく価値判断を繰り返しています(図1左)。こうした主観的価値判断の中でも、なじみ深いか目新しいかという親近性―新奇性の判断は、最も基本的な判断です。過去の研究から、側頭葉の嗅周野*2にこうした親近性―新奇性を反映した神経細胞が存在することが知られていました。しかし、この領野の個々の神経細胞の活動が、どのようにして、親近性―新奇性の判断を引き起こすのか、その直接的な因果モデルはありませんでした。 そこで私たち研究グループは、霊長類において神経活動と行動の因果関係を調べるのに適した心理物理学*3的手法と光遺伝学的手法とを組み合わせることで、親近性―新奇性判断を生み出す因果脳モデルの導出を試みました(図1右)。
[画像1: https://prtimes.jp/i/21495/33/resize/d21495-33-467086-3.jpg ]


【内容】
まず、サルに20-30個の物体を繰り返し提示し、十分に物体を記憶させました。そして、その物体が見慣れたものか見慣れないものかを主観的に判断する課題を遂行させました(図1右)。課題の各試行毎に、提示する物体のもつ客観的な情報量を変えることで、主観的な親近性―新奇性判断の程度を定量化しました。同時に、この課題の遂行中に神経活動の記録を行うことで、物体の記憶と課題の遂行に関与する神経細胞を、嗅周野に多数同定しました。

次に、これらの嗅周野の神経細胞が出力する信号と主観的な親近性―新奇性判断との間の因果モデルを導出するために、光遺伝学的手法による神経活動操作を行いました。具体的には、光に反応して神経活動を活性化させる性質をもつチャネルロドプシンというタンパク質の遺伝子を、ウイルスの注入によって、嗅周野の出力を担う神経細胞に導入しました(図2左)。
[画像2: https://prtimes.jp/i/21495/33/resize/d21495-33-982395-0.jpg ]

そして、光ファイバープローブにより神経細胞に光を照射することで、チャネルロドプシンを発現した嗅周野の出力を担う神経細胞の活動、すなわち、スパイク発火*4を選択的に増加させました(図2右)。すると、課題遂行中にこの選択的光刺激を行ったサルは記憶した物体を見ても、見たことがない物体を見ても、「見慣れている」と回答するようになりました。この結果から、嗅周野の神経細胞が出力する信号は、「見慣れている」という印象を生成することが明らかになりました(図3)。

[画像3: https://prtimes.jp/i/21495/33/resize/d21495-33-530216-1.jpg ]


さらに私たち研究グループは、嗅周野の刺激による効果が、刺激を受ける神経細胞が物体を記憶しているか否かとどのような関係にあるのかを解析しました。その結果、物体を記憶している細胞群、記憶していない細胞群のどちらを光刺激しても、サルは同様に「見慣れている」と回答する傾向があることが分かりました。一方、出力の抑制など、 出力以外の情報処理機能を担う細胞も含めて網羅的に活性化する電気刺激を行ったところ、物体を記憶している細胞群が刺激された場合には「見慣れている」という回答が増えましたが、物体を記憶していない細胞群が刺激された場合には、光刺激の場合と異なり、「見慣れない」という回答が増えることが分かりました(図4) 。
[画像4: https://prtimes.jp/i/21495/33/resize/d21495-33-678829-2.jpg ]


以上の実験結果から、自身の記憶にある物体を目にしたときには、嗅周野の出力を担う細胞のスパイク発火数が増加してある一定の閾値を超えることで「なじみ深い」という印象が生成され、反対に、記憶にない物体を目にしたときには、出力を担う細胞のスパイク発火数が十分増加せずその閾値を下回ることで「目新しい」という印象が生成されるという、主観的な親近性―新奇性判断の脳内情報処理モデルを導きました。

【社会的意義および今後の展開】
今回私たち研究グループは、物体に関する親近性―新奇性の判断が、嗅周野の神経細胞の活動により決まることを世界で初めて示しました。この成果は、我々ヒトが、目に入る情報の価値を経験と嗜好に基づいて主観的に評価し、適切に、時には不適切に行動するメカニズムの解明につながります。また、こうした行動に問題が現れる高次脳機能疾患に対して、嗅周野の神経細胞を標的とした新しい治療法の開発の手掛かりとなることも期待できます。

今回、ヒトと同じ霊長類のサルにおいて、光遺伝学的手法を用いて神経活動を操作する技術的基盤を確立したことで、神経活動と認知的行動の因果関係を明らかにすることができました。今後、霊長類モデルに対して光遺伝学的手法をさらに応用することで、我々ヒトのさまざまな認知的行動が、細胞レベルあるいは神経回路レベルでどのように情報処理がなされ実現されるのかが明らかになることが期待されます。

【用語解説】
*1 光遺伝学
近年開発された、神経回路の機能を解析する研究分野。ある種の微生物が持つ、光に反応して電流を流す機能を持ったタンパク質の遺伝子を、動物の神経細胞に導入する。これにより、細胞への光照射によって神経細胞の活動を操作することが可能になる。

*2嗅周野
側頭葉に位置し、物体の視覚的な記憶の情報処理に関与することが知られている脳領野。

*3 心理物理学
脳の情報処理を定量解析する研究分野。外的な刺激と内的な感覚等の対応関係を測定し、定量化する。

*4 スパイク発火
神経細胞の信号出力の最小単位。電気的に記録すると、トゲ、つまりスパイク状の波形となることに由来する呼び方。スパイク発火の回数が多いほど、強い信号が出力されることを意味する。

【原著論文】
論文タイトル:“Conversion of object identity to object-general semantic value in the primate temporal cortex”
筆者: Keita Tamura, Masaki Takeda, Rieko Setsuie, Tadashi Tsubota, Toshiyuki Hirabayashi, Kentaro Miyamoto, and Yasushi Miyashita
掲載誌:Science(http://www.sciencemag.org/journals)2017年8月18日号
DOI: 10.1126/science.aan4800

なお本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(研究開発総括:小澤瀞司 教授)における研究開発課題「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」(研究代表者:宮下保司 特任教授)の一環で行われたと共に、JSPS科研費(17H06161、JP24220008 共に研究代表者宮下保司)による支援を受けて行われました。

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