発声を巧みに利用して打率アップ!?-複数の球種の効果的な打ち分けを可能にする脳の仕組み-
PR TIMES / 2025年1月29日 11時15分
たとえばテニスのラリーの最中など,スポーツ競技中に選手が打動作に合わせて発声している場面がしばしば見受けられます.従来の研究では,運動応答に伴う発声(補足発声)には,発揮筋力を向上する効果があることが報告されてきました.
静岡大学情報学部の宮崎真研究室 (筆頭著者:夏目柊・情報学専攻修了) は,新たに,発声などの補足動作を利用することによって,運動タイミングの正確さを向上できることを明らかにしました.
この成果は,英国王立協会紀要 (Proceeding of the Royal Society B) で刊行される予定です.
►背景:脳は,タイミング課題において,標的の統計分布 (平均, 分散) を学習し,課題成功率を高めています (“ベイズ推定”).従来の研究の多くでは,一つの分布の学習を調べてきました.しかし,たとえばバッティングでは,相手投手は複数の球種 (例:速球/遅球) を投げ分けます.つまり,日常の課題でベイズ推定を有効活用するためには,複数の統計分布を学び分けることが必要です.
►方法と結果:本研究の実験中,参加者は,視覚刺激のタイミングに合わせて利き手でボタン押しを行いました.この課題の標的の統計分布として,短時分布 (≈速球) と長時分布 (≈遅球) の2種類を設定しました.実験の結果,これら二つの分布のいずれか一方を狙って,発声や非利き手の応答を補足したグループでは,それらの分布を効果的に学び分けることができました.
►意義と展望:この結果に基づけば,特定の球種に狙いを定めて,打動作に合わせて発声したり,非利き手を握りしめたりすることにより,各球種に適したタイミングを取ること (∝ 打率アップ) が可能となることが予想されます.本成果は,脳が日常環境での多様なイベントを学び分ける仕組みを明らかにし,スポーツ技能の向上法の提案やスポーツ選手の優れた技能の秘訣を解析するための基盤知見となることが期待されます.
【ポイント】
・脳は,課題標的の統計分布を学習し,最も成功率の高くなる応答を計算している (“ベイズ推定”)
・従来の研究の多くでは,単一の分布のみを参加者に経験させて,その学習の可否を調べてきた
・しかし,日常の課題標的 (例:投球) には多様な統計分布 (例:速球/遅球) が存在
・本研究は,スポーツ場面でしばしば見受けられる「補足動作」に着目
・補足動作の有無によって,学習した技能の記憶のされ方が異なることを示唆する知見がある
・補足動作を利用することにより複数の分布の学習が可能になると予想
・実験の結果,タイミング課題で,短時分布 (速球),長時分布 (遅球) のいずれか一方を狙って,
発声や非利き手の応答を補足すると,参加者はそれらの分布を効果的に学び分けることができた
・この結果に基づけば,たとえばテニスのレシーブでは,特定の球種に狙いを定めて,発声したり,
非利き手を握りしめるなどの補足動作を行うことにより,その成功率が上がる可能性が予想される
・本成果は,日常環境で多様なイベントを学び分ける脳の仕組みを明らかにし,スポーツ技能の向上
法の提案やスポーツ選手の優れた技能の秘訣を解析するための基盤知見となることが期待される
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-53b9432ba31b01a0d120bf4fe3310f2c-1671x641.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-a6b7cf0459cabc4b45d63564e197e767-1658x636.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1. 研究結果のスポーツでの応用例
【研究背景】
・私たちの脳は,感覚運動課題 (例:野球のバッティング) の遂行にあたって,ベイズ推定*1を
行っています.すなわち,脳は,課題標的の統計分布 (投球の速度やコースの平均と分散) を学習
し,最も成功率 (ヒット率) の高くなる応答を計算しています.
・本研究の代表者である宮崎真教授は,タイミング課題でベイズ推定が行われていることを世界で初
めて明らかにしていました*2.
・従来の研究の多くでは,単一の分布の学習を調べてきました*2-4
・その一方で,球技で対戦相手が複数の球種を使い分けてくるように,日常の課題では,標的に多様
な統計分布が存在します.
・つまり,日常生活のなかでベイズ推定を効果的に利用するためには,複数の分布を学び分けること
が必要です.
・最近,本研究グループは,2つの異なる分布 (短時/長時 ≈ 速球/遅球) のそれぞれに対して,異な
る身体部位 (右手/左手,手/足) を用いてタイミング応答をすれば,それら2つの分布の学び分けが
可能になることを明らかにしました (“身体部位特異性”) *5.
・しかし,さらに,同じ身体部位を用いながら,複数の分布を学び分けられれば,日常の課題でベイ
ズ推定を有効に利用できる場面が増えます.
・そこで,本研究が着目したのが「補足動作」です.
・たとえば,ラケットやバットでボールを打ち返すとき,手を振りかざしたり,足を踏み込んだり,
発声したりなど,多様な動作を伴っています.
・こういった補足動作を伴う場合と伴わない場合とでは,学習した技能の記憶のされ方*6 や応答す
る神経細胞*7 が異なることを示唆する知見があります.
・これらの知見に基づき,本研究グループは,補足動作を利用することによって,2つの分布の学び
分けが可能になることを予想し,その仮説を次のような心理物理学的実験によって検証しました.
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-66fb86bc463e37b1a56b7afa928494b5-1675x2700.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-2e9112bf05ecce52c0204a91e09bddc5-987x117.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
[画像5: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-b1626d8e452890a640e6ec504c92fa56-977x768.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
[画像6: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-a24d192ecef6f8e951109f76533350b6-972x672.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
【結果】
・実験1,実験2ともに,分布の違いに依らず,利き手のみで応答したグループは,それら2つの分布
を十分に学び分けることはできませんでした (実験1: 図4a左, 実験2: 図4b左).
・一方,2つの分布のいずれか一方に対して,非利き手による応答 (実験1: 図4a右),あるいは,発
声 (実験2: 図4b右) を補足したグループは,2つの分布を明確に学び分けることができました.
[画像7: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/54/96787-54-3a1543fa570d1be1bf7ecf3f1760c730-2510x2700.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図4.実験結果.(a) 実験1:補足応答なしグループ (左),補足応答ありグループ (右), (b) 実験2:補足発声なしグループ (左),補足発声ありグループ (右). いずれも後半の320試行の応答タイミングを集計した結果.
【研究成果の意義と今後の展望】
近年,私たちの脳がベイズ推定を行っていることを示す知見が蓄積されてきました.本研究の成果は,それらの知見を,多様な事象が生じる日常環境での人間行動へと拡張し,教育や医療への応用に結びつけていくための基盤の一つを提供するものといえます.
特に,本成果は,スポーツ技能の向上法の提案や,スポーツ選手の優れた技能の秘訣を解析するための基盤知見となることが期待されます.たとえば,テニスのレシーブや野球のバッティングで,特定の球種に狙いを定めて,打動作に合わせて発声したり,非利き手を握りしめたり,足を踏み込んだりすることにより,各球種に適したタイミングを取ることが可能となるかもしれません.
また,従来の研究*8, 9 によって,運動出力に伴う発声には,発揮筋力を向上する効果があることが報告されてきましたが,本研究は,「技能の向上」というもう一つの側面から,補足的な発声の新たな効果の可能性を示しました.
今後,次のような研究によって本成果を発展させていくことを展望しています.
▷ バーチャルリアリティを用いて,より現実のスポーツに近い環境で補足動作の有効性の検証
▷ 実際のスポーツ場面での,補足動作の有効性の検証
▷ 自閉スペクトラム症 (ASD) を有する人達を対象とした検証:ASD者の特徴の一つとしてスポーツの
苦手があり,標的分布の学習に不全があることが報告されている*10, 11.補足動作によりその不
全を補うことができるのか?あるいは,補足動作の効果にも不全があるのか?
▷ 脳機能計測による複数の分布の学び分けの神経基盤の特定:次の1.-4.の知見を考え合わせると,補
足運動野 (SMA) が,複数の分布の学び分けの神経基盤の有力候補に挙げられる.SMAは,1.タイ
ミング処理に汎く関与し*12,2.体部位再現性 (身体部位特異性) を有している*13.さらに,SMA
は,3.片手運動 (=補足応答なし) と両手運動 (=補足応答あり) に対して選択的な応答を示す神経
細胞が存在し*7,4.発話しながら手を動かしているときにも活動している*14.
【引用文献】
1. Kording & Wolpert. Nature 427, 244-247 (2004).
2. Miyazaki, Nozaki & Nakajima. J Neurophysiol 94, 395-399 (2005).
3. Jazayeri & Shadlen. Nat Neurosci 13, 1020-1026 (2010).
4. Cicchini, Arrighi, Cecchetti, Giusti & Burr. J Neurosci 32, 1056-1060 (2012).
5. Matsumura, Roach, Heron & Miyazaki. npj Sci Learn 9, 34 (2024).
6. Nozaki, Kurtzer & Scott. Nat Neurosci 9, 1364-1366 (2006).
7. Tanji, Okano & Sato. Nature 327, 618-620 (1987).
8. Ikai, Steinhaus. J Appl Physiol 16, 157-163 (1961).
9. Takarada & Nozaki. Sci Rep 12, 16182 (2022).
10. Karaminis, Cicchini, Neil, Cappagli, Argten-Murphy, Burr & Pellicano. Sci Rep 6, 28570 (2
016)
11. Wada, Umezawa, Sano, Tajima, Kumagaya & Miyazaki. J Autism Dev Disord 53, 378-389
(2023).
12. Wiener, Turkeltaub & Coslett. Neuroimage 49, 1728-1740 (2010).
13. Zeharia, Hertz, Flash & Amedi. Proc Natl Acad Sci USA 109, 18565-18570 (2012).
14. Pinto et al. Mov Disord 26, 2212-2219 (2011).
【論文情報】
<論文タイトル>
Concomitant motor responses facilitate the acquisition of multiple prior distributions in human coincidence timing
<著者>
・夏目柊 (静岡大学 大学院総合科学技術研究科情報学専攻, 2023年3月修了・現 株式会社デンソー)
・Neil W. Roach (ノッティンガム大学, 英国)
・宮崎真 (静岡大学 学術院情報学領域)
<掲載誌>
Proceeding of the Royal Society B: Biological Sciences (英国王立協会紀要: 生物科学)
<出版予定日>
2025年1月29日 (水)
<出版元>
The Royal Society (英国王立協会)
<論文オンライン掲載予定URL (オープンアクセス:無料で閲覧できます)>
https://doi.org/10.1098/rspb.2024.2438
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