【国立科学博物館】リスクを避けるパイオニア-南西諸島に進出したモズの行動特性
PR TIMES / 2020年7月14日 17時40分
独立行政法人国立科学博物館(館長:林 良博)の濱尾章二(動物研究部)が率いる研究グループは、近年南西諸島に進出したモズの集団を調査し、集団の個体が本来の分布域の個体よりもリスクを回避する傾向があることを明らかにしました。一般には、新たな環境に進出する個体はリスク志向的で大胆に新奇物をおそれないことが知られています。これとは逆の今回の結果は、地域に固有な生物間相互作用により、臆病でリスクを回避する個体がパイオニアとなって新環境に進出する場合のあることを示唆しています。
本研究成果は、2020年7月13日、動物学の国際学術誌Current Zoologyオンライン版に掲載されました。
研究のポイント
・時宜をとらえ、近年島に定着したモズの集団を研究対象とすることで、新環境にどのような行動特性の個体が進出するのかを明らかにしました。
・リスク回避傾向を定量化するため、人が近づいた時にモズが飛び立つ距離を測定した結果、島では本土よりもその距離が約2倍長く、島の個体はリスクを回避する傾向の強いことを明らかにしました。これは、パイオニアはリスク志向的であるという従来の知見をくつがえすものです。
・南西諸島では、本土と異なり藪に生息するクマネズミがモズの巣を襲っており、リスク回避的な個体のほうが捕食を避け、生残や繁殖で有利になるものと考えられました。
研究の背景
ペットを見るとわかるように、同じ種の動物であっても新奇な物やリスクへの反応、攻撃性などは個体によって違いがあります。このような違いは、自然界では渡りなどの移動や食物の探索、捕食者の回避といった場面での利益・不利益に関係しています。
ある種が生息していなかった場所に新たな集団を作り出す個体はリスク志向的であり、大胆な行動をとり新奇物を恐れない傾向があると考えられてきました。しかし、新しい環境に進出してから長期間を経過していない集団を自然界で見いだすのは難しく、このような知見は近年になって都市に進出した動物から得られたものに偏っていました。本研究では南西諸島の3つの島に自然に定着、繁殖するようになった野鳥の一種モズを、時宜をとらえ研究対象とすることで、新たな集団を創設する個体がリスク志向的であるか、リスク回避的であるかを調査しました。
モズは東アジアに分布し、九州本土以北で繁殖します。北方の個体は南方に移動して越冬し、南西諸島では冬季にのみ見られます。しかし、南大東島で1970年代から、トカラ列島中之島では1980年代から、奄美群島喜界島では2010年代から繁殖するようになり、現在モズの集団が成立しています。
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研究の内容
モズのリスク回避傾向を調べるため、飛び立ち距離を測定しました。飛び立ち距離は、人がゆっくりと歩いて鳥などの動物に接近していき動物が逃げる行動をとった時の距離で、リスク回避傾向や大胆さの指標として一般的に使われるものです。飛び立ち距離が長いことは、リスク回避的で臆病なことを示します。3つの島で合わせて56羽の飛び立ち距離を測りました。また、比較のため、モズ本来の分布域である本土(鹿児島県、茨城県、北海道)の合わせて66羽からも飛び立ち距離を得ました。これらは繁殖期の3~6月に行いました。
結果は、本土の飛び立ち距離が平均26.1mであったのに対し、島では平均50.5mでした。統計モデルを用いて、飛び立ち距離に影響を与える可能性のあるモズの雌雄、モズがとまっていた高さ、人が近づき始めた時の距離などの要因を考慮に入れても、島のモズの飛び立ち距離は明らかに本土よりも長いものでした。
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一般に、新しく成立した集団の個体はリスク志向的で新奇な物を恐れず、そのことが新たな土地に到達し生き残るうえで有利であると考えられてきました。南西諸島に進出したモズがリスク回避的傾向をもつのは、南西諸島に特徴的な捕食者であるクマネズミの影響であると考えられます。クマネズミは本土では人家周辺にしか見られませんが、亜熱帯の南西諸島ではモズが営巣する藪にも多く生息します。南大東島ではクマネズミがモズの卵・雛を捕食したりモズの巣を改造して自分の巣として用いたりすることが確認されています。南西諸島に進出したモズは、クマネズミが同所的に生息する中で繁殖しなくてはなりません。このような場合、リスク回避的な個体は危険を感じるとすぐに巣を放棄したり作り直したりして捕食を免れ、子を残しやすいと考えられます。
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波及効果、今後の課題
動物は同じ種であっても、地域によって異なる形態や鳴き声、また産卵数や子の世話の仕方などをもつ場合のあることが知られています。近年、新奇な物やリスクへの反応(大胆か臆病か)のような行動特性も重要な生物の属性と考えられるようになってきました。本研究は、臆病な者が新しい土地でパイオニアになるという意外な事実を示したのみならず、行動特性について種内の地理的な変異があること、しかもそれが捕食者との関係という生物間相互作用によって形作られる可能性があることを示した点がユニークなものです。
今後さらに実証的に研究を進めるため、クマネズミによるモズの巣の捕食頻度やモズの営巣場所選択についても明らかにしたいと考えています。また、南西諸島に定着したモズがどこからやってきたのか、元の集団の行動特性はいかなるものかも今後取り組むべき興味深い課題です。
発表論文
表題:Risk-taking behaviour of bull-headed shrikes that recently colonized islands
(近年島嶼に進出したモズのリスク回避行動)
著者:濱尾章二(国立科学博物館)、鳥飼久裕(NPO法人奄美野鳥の会)、吉川翠(国立科学博物館)、山本裕(公財・日本野鳥の会)、伊地知告(鹿児島県喜界町在住)
掲載雑誌:Current Zoology
(URL) https://academic.oup.com/cz/advance-article-abstract/doi/10.1093/cz/zoaa036/5870827
国立科学博物館
公式ウェブサイト:https://www.kahaku.go.jp
筑波実験植物園:http://www.tbg.kahaku.go.jp
筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/index.html
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