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イネいもち病菌はポリアミンの産生を通じて放線菌の増殖を促進する ~生物間相互作用を利用した新たな防除法開発に期待~

PR TIMES / 2024年10月22日 11時45分



【研究の要旨とポイント】

イネいもち病菌Pyricularia oryzaeはイネの収穫量に重大な影響を与えるイネいもち病の原因となる糸状菌です。宿主であるイネに感染する過程については多くの研究がなされていますが、生活環のその他の部分に関しては不明な点が多く残されています。

本研究では、イネいもち病菌は不揮発性のポリアミンの産生を通じて培地のpHを上昇させ、放線菌の1種であるStreptomyces griseusの増殖を促進することを明らかにしました。

今回の発見を基礎として微生物間の相互作用をより詳細に紐解いていくことで、生物間相互作用を利用した新たなイネいもち病菌の防除法開発につながる可能性があります。


【研究の概要】
東京理科大学大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻の杉浦 梨紗氏(修士1年)、同大学 創域理工学部 生命生物科学科の倉持 幸司教授、古山 祐貴助教らの研究グループは、イネいもち病菌が不揮発性のポリアミンの産生を通じて培地のpHを上昇させ、放線菌の1種であるS. griseusの増殖を促進することを明らかにしました。

イネいもち病を防除するためには、自然環境におけるP. oryzae (イネいもち病菌) の生態を理解する必要がありますが、これまでの本糸状菌に関する研究のほとんどは、その感染行動に焦点を当てたものでした。しかし自然環境下では、真菌や細菌などの微生物は、互いに影響し合いながら、複雑な生態系を形成しています。そうした微生物間の相互作用が、ひいては感染時のふるまいにも関わると考えられることから、他の微生物とイネいもち病菌との相互作用を明らかにすることは、いもち病防除の観点からも非常に重要です。

本研究では、シクロヘキシミドなどの抗生物質を含む二次代謝産物を生産する土壌性の放線菌S. griseusとイネいもち病菌の相互作用に着目しました。S. griseusを培地上でイネいもち病菌と共培養したところ、放線菌の増殖が促進されました。S. griseusの増殖は、イネいもち病菌との接触前から観察されましたが、これら2種の微生物の間にある培地を切り離した場合には増殖促進効果は観察されませんでした。このことから、イネいもち病菌が産生する放線菌に対する生育促進物質は培地中を拡散することが示唆されました。そこで、培地中のpHの時系列変化を調べたところ、イネいもち病菌を囲む領域のpHが上昇しており、pHが上昇した領域においてS. griseusの生育が促進されていることがわかりました。これは、イネいもち病菌が産生するアルカリ性化合物が、S. griseusの生育促進に関与していることを示唆しています。また、ポリアミン生合成阻害剤を培地に添加すると、イネいもち病菌周囲のpHの上昇とS. griseusの生育促進が阻害されたことから、イネいもち病菌はポリアミンを産生することによりpHを上昇させていることが示唆されました。

[画像: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/111/102047-111-5c030a3c6a508a6d98fabb33b48d75f7-1386x624.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図. Pyricularia oryzaeは接触を介さずにStreptomyces griseusの生育を促進させる。単独培養時にはS. griseusはこの条件では増殖しないが(左)、P. oryzaeと共培養を行うと生育が促進された(右)。pH指示試薬を用いた解析により、P. oryzaeがアルカリ性の代謝産物を産生することで培地のpHが上昇し、その結果S. griseusの生育が促進されていることが示唆された。


この成果は、微生物同士の複雑な相互作用の一端を解明したものであり、新たな発想のイネいもち病菌の防除法開発につながる可能性があります。本研究成果は、2024年9月23日に国際学術誌「Environmental Microbiology Reports」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
真菌や細菌などの微生物は、自然環境下では互いに影響し合いながら、複雑な生態系を形成しています。しかし、従来の微生物学はターゲットとする1種の微生物を分離して単独で培養する手法が中心であったため、自然な状態での微生物群集のふるまいには未詳な点が多く残されています。微生物のふるまいは、近くにいる生物との相互作用に大きく左右されます。そのため、有用微生物の潜在能力を十分に引き出したり、病原体を制御したりする効率的な方法を開発するためには、自然環境における、さまざまな微生物間の分子レベルでの相互作用を解明する必要があります。

イネいもち病菌は、イネの壊滅的な病気を引き起こす病原真菌です。イネいもち病菌は空気中に浮遊する胞子を通じて感染することが知られており、感染行動に焦点を当てた知見は多く蓄積しています。しかし、本菌の自然環境における生態は十分に研究されておらず、防除のためには詳細な生態の理解が必要です。

そこで本研究チームは、イネいもち病菌と他の微生物との相互作用を解明することを目指し、土壌に生息するStreptomyces属細菌の1種S. griseusに着目しました。Streptomyces属細菌は放線菌と呼ばれ、主にシクロヘキシミドなどの抗生物質を含む二次代謝産物を生産することが知られています。Streptomyces属細菌をイネいもち病菌と同時にイネに接種すると、イネいもち病の発病を抑制できる可能性が報告されていますが、その相互作用の基礎となる分子メカニズムはまだはっきりと解明されていません。

本研究グループは、これまでにイネいもち病菌がS. griseusの生育を阻害する二次代謝産物を生産することを報告しています。しかし、イネいもち病菌とS. griseusが産生する二次代謝産物の種類は多岐にわたることから、実際にはこの2種の間にさらに複雑な相互作用があることが予想されます。これらのことから、実験室環境においてこれら2種の相互作用のメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行いました。

【研究結果の詳細】
イネいもち病菌およびS. griseus を、ポテトデキストロース寒天(PDA)上で培養し、相互作用を観察しました。その結果、S. griseus単独で培養しても増殖は確認されませんでしたが、イネいもち病菌と共培養することにより放線菌の増殖が促進されました。この増殖促進効果は、イネいもち病菌と放線菌が物理的に接触する前から観察され、2種の微生物の間に存在する寒天培地を切り離した場合には観察されませんでした。これらの結果は、イネいもち病菌が産生する化学物質が培地中を拡散し、S. griseusの増殖を促進しているということを示唆しています。

これは一見、本研究グループが過去に発表した「イネいもち病菌はS. griseusの生育を阻害する物質を産生する」という報告と矛盾するような結果です。しかし、今回の研究でイネいもち病菌と物理的に接触する前からS. griseusの増殖が見られたことから、1.S. griseusは接触前にイネいもち病菌の存在を検出することができる、2.S. griseusはイネいもち病菌に対抗するのに十分な量の抗生物質を産生するために盛んに増殖する--というメカニズムが働いていることが推測されます。さらに、本研究グループの過去の研究では、S. griseusの抗生物質はイネいもち病菌の二次代謝産物の生産を誘導することもわかっています。これらを総合すると、イネいもち病菌とS. griseusは共通のニッチを共有し、競争関係を維持している可能性があると考えられ、S. griseus がイネいもち病の新たな生物防除の方法として応用できる可能性があります。

次にpH測定用指示薬であるフェノールレッドを培地に添加して、イネいもち病菌およびS. griseus のふるまいと培地のpHの関係を調べました。その結果、イネいもち病菌を囲む領域でpHの上昇が確認され、pHが上昇した領域においてS. griseusの増殖が促進されていることがわかりました。このことから、イネいもち病菌が産生する不揮発性のアルカリ性化合物が、S. griseusの増殖促進に関与していることが予想されました。一方で、土壌性の植物病原菌Fusarium oxysporumや昆虫の病原真菌Cordyceps tenuipesとの共培養では、S. griseusの増殖は促進されませんでした。

最後に、S. griseus の増殖を促進するイネいもち病菌由来の化合物の同定を試みました。植物病原性糸状菌の中には増殖中にアンモニアを産生し、環境のpHが上昇させる能力を有する株が存在することが報告されているため、まずはS. griseus の増殖が誘導された培地からアンモニアが検出できるのかを調べました。しかし、予想に反してアンモニアは検出されず、S. griseus の増殖促進には他の物質が関わっていることが示唆されました。そこで、研究グループは、ポリアミン生合成阻害剤であるDL-α-ジフルオロメチルオルニチンを培地に添加したところ、イネいもち病菌によるpH上昇およびS. griseusの増殖促進が阻害されました。これにより、イネいもち病菌はポリアミンを産生することで、近傍のpHを上昇させていることが示唆されました。

研究を主導した古山助教は「イネいもち病菌はイネに甚大な被害を与える重要植物病害菌ですが、その生活環の全貌は明らかになっていません。今回、実験室レベルではありますが、土壌性の微生物との新たな相互作用関係を見出すことができたことは大変意義深いです」と述べ、本研究成果がイネいもち病菌の新たな防除法の開発につながることを期待しています。

本研究は、日本農芸化学会第50回研究奨励金の助成を受けて実施したものです。

【論文情報】
雑誌名:Environmental Microbiology Reports
論文タイトル:Pyricularia oryzae enhances Streptomyces griseus growth via non-volatile alkaline metabolites
著者:Risa Sugiura, Takayuki Arazoe, Takayuki Motoyama, Hiroyuki Osada, Takashi Kamakura, Kouji Kuramochi, Yuuki Furuyama
DOI:10.1111/1758-2229.70012


【発表者】
杉浦 梨紗 東京理科大学大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻 修士課程 <筆頭著者>
荒添 貴之 東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科 講師
本山 高幸 理化学研究所 環境資源科学研究センター 専任研究員
長田 裕之 微生物化学研究所 特任部長
鎌倉 高志 東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科 教授
倉持 幸司 東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科 教授
古山 祐貴 東京理科大学 創域理工学部 生命生物科学科 助教 <責任著者>

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