低消費電力の色素増感太陽電池ベース光電子シナプス素子を開発 ~エッジAIデバイスの実現に向けて、新たな可能性を開拓~
PR TIMES / 2024年11月26日 12時40分
【研究の要旨とポイント】
光電子シナプス素子を用いた物理リザバコンピューティングは、低消費電力のエッジAIデバイスの実現に向けて、大きな可能性を秘めています。
時定数が制御可能な色素増感太陽電池ベースの自己給電型光電子シナプス素子を開発し、物理リザバコンピューティングに応用しました。
消費電力を抑えつつ、人の動作を90%以上の精度で判別できることを実証しました。
本研究成果をさらに発展させることで、監視カメラ、車載カメラ、ヘルスモニタリングなど、さまざまな時間スケールに対応したエッジAIセンサの実現が期待されます。
[画像: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/127/102047-127-750b0ee64f239b45c03a7675b158da42-1500x844.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
【研究の概要】
東京理科大学 先進工学部 電子システム工学科の生野 孝准教授、東京理科大学大学院 先進工学研究科 電子システム工学専攻の小松 裕明氏(2024年度 博士課程2年)、細田 乃梨花氏(2024年度 修士課程2年)の研究グループは、光強度を変化させることで時定数(*1)を制御できる色素増感太陽電池(DSC, *2)ベースの光電子シナプス素子(*3)を開発することに成功しました。また、開発したデバイスを物理リザバコンピューティング(PRC, *4)に応用したデバイスが、消費電力を抑えつつ、人の動きを高い精度で識別できることを実証しました。
光電子シナプス素子を用いたPRCは、有望なエッジAI(*5)デバイスとして注目されています。さまざまな時間スケールの時系列データを処理するためには、目的に応じた時間スケールを持つデバイスの作製が必要不可欠です。今回、本研究グループは、目の残像現象から着想を得て、光強度を変化させることで時定数を制御できる色素増感太陽電池ベースの光電子シナプス素子を作製しました。
開発したデバイスは、光強度に応じてペアパルス促進(PPF, *6)やペアパルス抑制(PPD, *7)といったシナプス可塑性(*8)の特性を示すことが確認されました。また、時系列データの処理において、入力パルス幅が変化しても光強度を調整することで、高い計算性能が得られることを明らかにしました。さらに、人の動作認識においても、消費電力を抑制しつつ、90%以上の高い精度で判別可能であることを実証しました。
本研究成果により、色素増感太陽電池を用いた自己給電型光電子シナプス素子のPRCへの応用可能性が初めて実証されました。これにより、エッジAIやニューロモルフィックコンピューティングに利用可能な多様な時間スケールを持つPRCの実現が期待されます。
本研究成果は、2024年10月28日に国際学術誌「ACS Applied Materials & Interfaces」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
近年のセンサネットワークの急速な発展に伴い、地震や火山噴火などの緊急事態をAI技術で予測するための新たな技術の開発に注目が集まっています。特に、端末のセンサ内にAI機能を組み込んだエッジAIデバイスは、ネットワーク負荷の増大、データ転送の遅延、サーバーの消費電力の増加などの課題を解決することが期待されています。
PRCは、低消費電力で時系列データを効率よく処理できるため、緊急事態の事前予測に適していると考えられています。特に、人の神経細胞におけるシナプス機能を模倣した人工シナプスはシナプス可塑性を持ち、PRCのリザバ層としての応用が注目されています。また、人間の脳が受け取る情報の約90%は視覚に依存していることから、光を利用する光電子シナプス素子を備えたPRCは、視覚システムのようなリアルタイムでの高い認識能力を実現できると期待されています。
一方、従来の光電子シナプス素子を用いたPRCは光電流に基づいて動作するため、バイアス電圧の適用が必要であり、その結果、高い消費電力が課題となっていました。このため、入射光によって駆動できる自己駆動型の光電デバイスの開発が望まれていました。
本研究グループは、過去に、生体信号の処理に適したPRCに応用できる紙ベースの光電子シナプス素子の開発に成功しています(※1)。今回、人の目の残像現象から着想を得て、DSCの特性を利用して、自己駆動型の光電子シナプス素子を開発およびPRCへの応用可能性について検討しました。
※1: 東京理科大学プレスリリース(2024年3月11日)
「柔軟性に富む紙ベースの人工光電子シナプスを開発 ~生体モニタリングに適した物理リザバ
コンピューティングの実現に期待~」
【研究結果の詳細】
1. DSCの製作と評価
光の吸収波長が550~700 nmのスクアリリウム誘導体色素を用いたDSCを作製しました。作製したDSCに658 nmのレーザーを照射し、光強度に対する過渡応答を調査しました。その結果、光強度が0.05 mWと弱い条件では開回路電圧(VOC)までに5秒、光強度が15 mWと強い条件では45ミリ秒で到達することがわかりました。過渡応答に対する光強度の影響をさらに探るため、平均立ち上がり時間(τrise)と立ち下がり時間(τdecay)を求めました。光強度を0.1 mWから10 mWに増加させると、τriseは0.75秒から8.9ミリ秒へと急激に減少しました。また、τdecayは光強度が0.1 ~ 1 mWの範囲で減少しましたが、1~10 mWの範囲でほぼ一定でした。これらの結果から、光強度を変化させることでDSCの応答時間を制御できることが示唆されました。
2. DSCベースの光電子シナプス素子の評価
DSCベースの光電子シナプス素子に連続パルス光を照射し、光強度の影響を調査しました。0.2 mWでは照射ごとに電圧が増加しましたが、5.0 mWでは1回目の照射で電圧が飽和し、2回目の照射では増加しないことがわかりました。また、光強度が低下するとPPF指数が223%に達するなど、光強度の増減に伴いPPF指数が変動することが確認されました。
また、PPF(促進)とPPD(抑制)を制御するため、1回目の光照射(P1)と2回目の光照射(P2)の強度を変化させて測定を行いました。その結果、P2がP1より小さい場合にPPD、大きい場合にPPFが発生することがわかりました。以上より、光強度の変化によって応答が制御可能であることが示唆されました。
3. DSCベースの光電子シナプス素子を用いたPRCの性能評価
DSCベースの光電子シナプス素子を用いたPRCの実現可能性を検証するために、さまざまなパルス幅と光強度でのSTMタスク(*9)、PCタスク(*10)による時系列データ処理を行いました。その結果、STMタスクでは最大C値(CSTM)が1.31、PCタスクでのC値(CPC)が1.13に達することがわかりました。今回得られたCSTMは小さい値でしたが、CPCは従来の物理リザバと同等の値であることがわかりました。
また、カメラで撮影した人の動作を用いて、動作認識タスクを行いました。画像を8分割し、各部分の平均輝度を時系列データとして取得し、0.1~1 mWの光パルスに変換してDSCに入力しました。得られた電圧データをニューラルネットワークに入力して動作認識を行いました。その結果、屈伸、ジャンプ、走るなどの各動作を80%以上の精度で識別でき、全体の認識精度は92%に達することが判明しました。DSCデバイスを使用しないPRCシステムの認識精度は17%であったため、開発したデバイスの導入により認識精度が大幅に向上したことが実証されました。この結果から、DSCベースの光電子シナプス素子は、少ないピクセル数でも人間の視覚システムに匹敵する認識性能を持つことが期待されます。
本研究を主導した生野准教授は、「目の残像現象と半導体における永続的光伝導現象の類似性に着目し、DSC特有の緩慢な電子輸送現象が光電子シナプス素子に適していると考え、研究を推進してきました。今回開発したデバイスは、あらゆるモノやヒトに貼り付けて利用できるエッジAI光センサとして応用可能であると考えています。車載カメラやセンサ、スマートウォッチ、医療機器など、さまざまな分野での実装が期待されます」と、成果についてコメントしています。
※本研究は、科学技術振興機構(JST)の科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業(JPMJFS2144)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING, JPMJSP2151)の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 時定数
システムが特定の変化に対してどれだけ速く応答するかを表す指標。時定数が小さい場合、変化に対する応答が速くなり、逆に時定数が大きい場合、応答が遅くなる。
*2 色素増感太陽電池(DSC)
光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池の一種。太陽光を吸収し、電子を励起する色素が使用され、薄くて軽いのが特長。
*3 光電子シナプス素子
脳のシナプス機能を模倣し、特に光を使って電子の流れを制御することができるデバイス。
*4 物理リザバコンピューティング(PRC)
リザバ層に物理システムを採用し、時系列データを低消費電力かつ高速リアルタイムで処理できる計算手法。
*5 エッジAI
センサネットワークにおいて、端末機器に直接搭載されたAI。クラウドを使用せず、端末側でデータ処理を行うため、通信コストを低減した迅速な処理が可能となる。
*6 ペアパルス促進(PPF)
連続した2回の刺激に対し、2回目の応答が1回目の応答よりも強くなること。
*7 ペアパルス抑制(PPD)
連続した2回の刺激に対し、2回目の応答が1回目の応答よりも弱くなること。
*8 シナプス可塑性
神経細胞の接続部であるシナプスにおいて、長期的な刺激によって、信号伝達が起きやすくなったり(長期増強)、逆に起きにくくなったり(長期抑圧)する現象。
*9 STMタスク(短期記憶タスク)
短期記憶特性を定量化するベンチマークタスク。
*10 PCタスク(パリティタスク)
記憶や認知機能を評価するための非線形のベンチマークタスク。
【論文情報】
雑誌名:ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル:Self-Powered Dye-Sensitized Solar-Cell-Based Synaptic Devices for Multi-Scale Time-Series Data Processing in Physical Reservoir Computing
著者:Hiroaki Komatsu, Norika Hosoda, and Takashi Ikuno
DOI:10.1021/acsami.4c11061
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