注意力は呼吸法で高められる ― 認知心理学の手法で実証―
PR TIMES / 2019年7月25日 22時40分
千葉大学大学院人文科学研究院 一川誠 教授が率いる認知心理学の研究チームは、物体の動きの変化に対する人の呼吸が与える影響を調べ、動きの変化に早く反応できるのは息を吐いている時であることを初めて科学的に実証しました。これにより、武道などの指導でこれまで経験的に言われてきた息を吐くことの重要性が、認知心理学の観点からも正しいことが確認されました。今回の研究成果は、日本視覚学会の学術誌『Vision(ヴィジョン)』31号で発表されました。
研究の背景
スポーツ科学において、呼吸法とパフォーマンスの関係は、研究者たちの注目を集めてきました。例えば、高い筋力を必要とするウェイトリフティングの場合、息を吐き切る瞬間にバーベルを持ち上げることが有効とされてきました。また、剣道の指導などでは、「吐くは実の息、吸うは嘘の息」と表現され、息を吸っている時には隙ができやすいことが経験的に共有されてきました。しかし、筋力のような身体能力ではなく、認知能力が関わる「注意力」に対して、呼吸法が果たす役割を調べた研究はこれまでほとんどありませんでした。
研究手法
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人の認知機能の解明を目指す認知心理学の分野では、視覚を介した注意には2種類あると言われています。バレーボールを例にとると、選手が予想外のフェイントによって思わず惹きつけられる注意(外発的注意)と、相手が打った球に自分で狙いを定める注意(内発的注意)があります。一川教授のチームは、これらの2種類の注意について呼吸の仕方が及ぼす影響を調べました。
実験では、16人の大学生を対象に、画面上の左右どちらかの四角の枠の中に提示される×印の位置をなるべく速く答えてもらう課題を用いました。
課題には、瞬間的に枠の明るさが変化する手がかりで強制的に注意を惹きつける外発的注意条件と、矢印による手がかりで意識的に注意を向けさせる内発的注意条件を設けました。また、これらの手がかりがターゲットに対して間違っている場合と正しい場合の2条件を設けました。呼吸については、呼吸の仕方(吸う時・吐く時)× タイミング(呼吸中・呼吸後)の4条件を設けました。
研究の成果
実験の結果、矢印による手がかりで意識的に注意を向ける内発的注意条件では、手がかりが正しい場合の反応は、手がかりと×印の時間差が400ms の時、呼吸中か呼吸後かに関わらず、息を吐く時で反応がより早まり(1.)、手がかりが間違っている場合の反応の遅れは、呼吸後のタイミングで、息を吸う時に大きくなることがわかりました(2.)。一方で、明るさの変化による手がかりで強制的に注意が引きつける外発的注意条件では、手がかりが間違っている場合の反応の遅れが、呼吸中か呼吸後かに関わらず、吸う息より吐く息で大きくなることがわかりました(3.)。
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これにより、外発的注意と内発的注意では、反応を早める呼吸の仕方が異なるものの、自発的に相手の動きに注意を向ける場合には、息を吐いている時に反応がより早くなる傾向が認められました。剣道などの武道の指導では、「長呼気丹田呼吸法」という、下腹に意識を集中させ、吸う息を短く、吐く息を長くする呼吸法の重要性が強調されます。武道では、相手の動きに意識的に注意を向けることが求められる場面が多いため、こうした呼吸法は理にかなっていると考えられます。
研究者のコメント
今回の実験の実施とデータ分析を担当した小池俊徳氏(2016年千葉大学文学部行動科学科卒)は、「認知心理学的なアプローチがスポーツパフォーマンスに貢献できる可能性を感じております。 本研究から派生する研究が駆け引きのあるすべてのスポーツに良い影響をもたらすことを願っています」と話しています。また、一川教授は、「呼吸の仕方が注意という一つの認知機能に影響を及ぼすことを見出したのは世界でも初めてのことです。今後は呼吸によって人間の認知的な能力をどこまで上げられるのか解明したいと考えています」と述べています。
研究プロジェクトについて
この研究は科学研究費補助金基盤B(#25285197, 26285162)の資金助成を受けて行われました。
論文タイトルと著者
タイトル:「随意的呼吸調整が外発的注意および内発的注意に及ぼす効果」
著者:小池 俊徳、一川 誠
掲載誌:VISION Vol. 31, No. 3, 87–100, 2019, DOI : doi.org/10.24636/vision.31.3_87 ,
千葉大学学術成果リポジトリ:https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/106275/
一川教授インタビュー記事を以下URLよりご覧いただけます。
http://igpr.chiba-u.jp/info/20190725.html
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