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発がん性タンパク質RASの活性を制御する新たな仕組みを発見 RASの活性型割合が細胞内環境下で低下していることをin-cell NMR法により観測

PR TIMES / 2020年8月26日 13時15分

 千葉大学大学院薬学研究院 西田紀貴 教授の研究グループは、独自に開発したバイオリアクター型の細胞内NMR観測法(in-cell NMR法)(※1)を用いて、細胞内でがんの主要な原因となるRASタンパク質の活性化の様子をリアルタイムで観測することに成功しました。また観測の結果から、細胞特有の環境要因によりRASの活性化が制御されることも明らかになりました。
 本手法を用いることで、人工的に再現することが困難であった細胞内の環境におけるタンパク質の状態を直接評価できるようになるため、RASをはじめとした標的タンパク質、またはそのシグナル経路上流のタンパク質に対する阻害剤の細胞内での有効性を評価するために、本手法が応用されることが期待されます。
 本研究成果は2020年8月26日(日本時間)に「Cell Reports」に掲載されました。




研究の背景


[画像1: https://prtimes.jp/i/15177/424/resize/d15177-424-397810-0.png ]

 RASタンパク質は、体内で不活性(GDP結合)型から活性(GTP結合)型へ変換されることで細胞増殖などを制御する分子スイッチの役割を果たしています(図1)。このRASを恒常的に活性化させ細胞増殖を促進し続けてしまう遺伝子変異は、主要ながんの原因となっています。そのため、抗がん剤開発プロセスの一つとしても細胞内におけるRASタンパク質の活性化割合とその制御機構を調べることは重要です。
 一方で、従来の細胞生物学的な手法では細胞内にあるRASの活性型割合を正確に定量・評価することは容易ではありませんでした。



研究手法:生細胞中における発がん性タンパク質RASの活性型割合リアルタイム観測


[画像2: https://prtimes.jp/i/15177/424/resize/d15177-424-859453-1.png ]

 研究グループは、これまでに細胞を生きたままNMR装置内で長時間保持できるバイオリアクター装置を開発し、生細胞をリアルタイムで長時間観測できるin-cell NMR法を確立しました。本研究ではこの手法を利用して、同位体標識をした野生型と複数の遺伝子変異型のRASを細胞内に導入し、不活性型と活性型それぞれから発せられるシグナルの違いを観測することで、細胞内における活性型の割合をリアルタイムに計測することに成功しました(図2)。その結果を試験管内(in vitro)での計測結果と比較しました。さらに観測された活性型の割合の経時変化からRASの活性化に関わる2つのパラメータ、「GTP加水分解速度」と「GDP-GTP交換速度」を算出しました。


研究の成果

(1)細胞内では活性型の割合が顕著に低いことが判明
 算出された活性型RASの割合は、in vitroよりも今回の装置を用いて計測した結果(in-cell)のほうが顕著に低いことが分かりました(図3(a))。またin-cellでは、活性型RASを不活性化するGTP加水分解速度がin vitroよりも高かった一方で、不活性型から活性型へ変換するGDP-GTP交換速度がin vitroよりも低いことが明らかになりました(図3(b)(c))。

[画像3: https://prtimes.jp/i/15177/424/resize/d15177-424-391411-2.png ]

(図3)
(a) RAS野生型(WT)および発がん性変異体 (G12V, G13D, Q61L)活性型割合をin vitroとin-cellで比較した結果。
(b),(c) in vitroとin-cell間における発がん性変異体(G12V, Q61L)のGTP加水分解速度(b)およびGDP-GTP交換速度(c)の比較(in vitroの値を基準)。

(2)細胞内の環境が活性化を制御する要因を特定
 さらに研究グループは、in-cellとin vitroでの結果の違いが生じた要因を明らかにするために、細胞内の環境下で予測される様々な影響のうち、どの要因が活性型の割合低下に寄与しているのかを調べました。
 その結果、高い溶液粘性がGDP-GTP交換速度を低くすること(図4(a))、および、特定の分子量(30~50kDa)の細胞内在性タンパク質の働きがGTP加水分解速度を上昇させること(図4(b))が明らかになりました。このタンパク質は、既にGTP加水分解速度を上昇させるタンパク質群として知られているものとは分子量などの点で異なっており、GTP加水分解速度を上昇させる未知のタンパク質が細胞内に存在することが示唆されました。
[画像4: https://prtimes.jp/i/15177/424/resize/d15177-424-130423-3.png ]

(図4)
(a) 様々な分子混雑模倣環境下でのRAS(野生型)のGDP-GTP交換速度の変化。Ficoll:体積排除効果、BSA(ウシ血清アルブミン):非特異的相互作用、glycerol:溶液の粘性をそれぞれ再現。非添加時の値を基準。
(b) 細胞破砕液およびその分子量画分の添加によるRAS(G12V発がん性変異体)のGTP加水分解速度の変化。非添加時の値を基準。

今後の展望

 本研究により、バイオリアクター型のin-cell NMR法を用いることで、試験管中では再構成することが困難な、生体内により近づいた環境でのタンパク質の状態を直接評価できることが示されました。また、細胞内という環境下において、RASの活性化が抑制されることとそのメカニズムも明らかにすることができました。今後、RASをはじめとしたがんの原因となるタンパク質に対する阻害剤の有効性を、より実際に近い状態で評価する手法の一つとして、本手法が応用されることが期待されます。


論文情報

著者:Qingci Zhao, Ryu Fujimiya, Satoshi Kubo, Christopher B. Marshall, Mitsuhiko Ikura, Ichio Shimada, Noritaka Nishida*
タイトル:Real-time In-cell NMR Reveals the Intracellular Modulation of GTP-bound Levels of RAS
雑誌名:Cell ReportsDOI: 10.1016/j.celrep.2020.108074

用語解説

※1)バイオリアクター型 in-cell NMR法:in-cell NMR法は細胞内に観測対象の安定同位体標識タンパク質を導入することで、そのタンパク質が実際に機能する細胞内環境下における構造情報を抽出する手法である。研究グループでは、細胞を温度感受性のゲルに封入したうえで培地を潅流させるバイオリアクター型in-cell NMR法を開発した。これにより、細胞を生理的条件に保持したまま長時間のin-cell NMR観測を行うことが可能となった。


研究プロジェクトについて

 本研究は、科学研究費助成事業(JP17H06097、26119005、20H04693)、日本医療研究開発機構(AMED)次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「中分子シミュレーション技術の開発」、2019年度内藤記念科学財団研究助成の支援により遂行されました。また本研究は 東京大学 嶋田一夫名誉教授 (現:理研BDRチームリーダー)およびトロント大学伊倉光彦教授との共同研究です。

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