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「量子コンピューターを用いた大規模な分子・固体向け高精度エネルギー計算手法」がNature Research出版社の専門誌に掲載

PR TIMES / 2024年6月10日 14時15分

テンソルネットワークと量子モンテカルロを組み合わせた新規量子計算手法を開発



三菱ケミカルグループ※1(以下「三菱ケミカル」)、慶應義塾大学(所在地:東京都港区、塾長:伊藤 公平、以下「慶大」)および日本アイ・ビー・エム株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:山口 明夫、以下「日本IBM」)は、IBM Quantum Network Hub※2(慶大量子コンピューティングセンター内)にて「大規模な分子・固体のエネルギーを高精度で計算するための量子コンピューターを用いた新たな計算手法」を開発し、その論文が世界的に権威のあるNature Research出版社の専門誌「npj Quantum Information」に掲載※3されたことをお知らせいたします。

三菱ケミカル、慶大および日本IBMは、大規模な分子・固体のエネルギーを高精度で求めるために、問題分割法であるハイブリッドテンソルネットワーク(HTN)と高精度計算手法である量子モンテカルロ(QMC)を組み合わせた「HTN+QMC」、そして量子状態同士の重なりを量子回路上で効率的に計算する「疑似アダマールテスト」を開発しました。これらの手法を用いてIBMのゲート型商用量子コンピューター「IBM Quantum System One」上でフォトクロミックモデル分子のエネルギーを計算し、ノイズのないシミュレーターに匹敵する0.042±2.0 milli-Hartreeという高精度で基底状態を求めることに成功しました。
この研究成果は、単体の量子コンピューターで扱えるサイズを超えた大規模な分子・固体の物性を高精度に解析する道を開くことが期待されます。

三菱ケミカル、慶大および日本IBMは、今後も、幅広い材料開発に用いるための量子コンピューターの技術確立を進めていきます。

※1:三菱ケミカルグループは、三菱ケミカルグループ株式会社とそのグループ会社の総称です。
※2:慶大と日本IBMが2018年5月に慶大理工学部に開設した最先端の量子コンピューター研究拠点です。IBM が開発した最先端の量子コンピューターのクラウド利用を可能とするアジア初の IBM Quantum Hubであり、産学共同の研究拠点として三菱ケミカルは発足メンバーとして参画しています。
※3:掲載論文のURL=https://www.nature.com/articles/s41534-024-00851-8

以上

ご参考

【本研究のポイント】
・分割法であるハイブリッドテンソルネットワークと高精度計算手法である量子モンテカルロを組み合わせることで、大規模・高精度なエネルギー計算手法であるHTN+QMC※4を開発
・量子状態同士の重なりを効率的に計算する疑似アダマールテストを開発
・大規模な分子・固体に対する物性の高解像度な理解への期待

【背景】
分子や固体の物性は、物質に含まれる電子の状態を計算することで知ることができます。しかし、電子状態の計算は電子の数に応じて指数的にコストが増加するため、現状は近似を利用して計算を行います。電子の基底状態※5の計算では、電子相関を近似したDFT※6が広く用いられますが、クーロン反発が強い複雑な電子構造を持つ物質の場合、十分な精度が得られないという課題があります。
量子コンピューターは量子もつれ※7と量子重ね合わせ※8により、従来(古典)コンピューターでは実行できないような計算が可能であるため、この課題の解決策として注目されています。しかし、現在の量子コンピューターは量子ビット数とゲート数に制限があるため、量子コンピューター単体の性能を超える大規模・高精度な計算手法が求められていました。

[画像1: https://prtimes.jp/i/46783/506/resize/d46783-506-fbc97d31143897605b56-0.png ]

【今回の成果】
本研究では、[A] 分割法と高精度計算手法を組み合わせたHTN+QMCに加え、[B] HTN+QMCに必要な量子状態同士の重なりを効率的に計算する疑似アダマールテストを開発しました。

[A] 分割法と高精度計算手法による大規模・高精度エネルギー計算手法「HTN+QMC」の開発
本研究では分割法としてハイブリッドテンソルネットワーク(HTN)、高精度計算手法として量子モンテカルロ(QMC)を採用しました。
ハイブリッドテンソルネットワーク[図2(a)]は量子と古典のコンピューターを組み合わせた手法であり、量子コンピューターのサイズより大きな量子状態を、より小さなテンソル(ブロック)に分割します。本研究ではそれぞれのテンソルは量子コンピューターで扱い、テンソル間の接続は古典コンピューターを用いて取り扱います。この手法は量子と古典をともに用いることから、ハイブリッドテンソルネットワークと呼ばれています。この設計により、量子コンピューターを最大限に用いつつ大規模な量子状態を取得できます。例えば100ビットの量子コンピューターを用いて10,000ビットの量子状態を生成することができます。
量子モンテカルロ[図2(b)]は高精度なエネルギー計算手法であり、量子モンテカルロにおける計算フローの一部に量子コンピューターを用いることで、計算精度を向上できるとされています。例えば、エネルギー評価時に量子回路※9内で生成される量子状態を用いることで、評価精度の向上が期待できます。
今回新たに開発した「HTN+QMC」[図2(c)]は、ハイブリッドテンソルネットワークを用いて量子状態を生成することで、量子コンピューターのサイズ以上のスピン軌道を持つ化学計算の問題に対し、量子コンピューターを用いた量子モンテカルロを実行することができる手法です。
[画像2: https://prtimes.jp/i/46783/506/resize/d46783-506-cbab5af2009698419d87-1.png ]

図2. HTN+QMCの概要
(a) ハイブリッドテンソルネットワーク(HTN)。本研究ではオレンジ色の下部テンソルと青色の上部テンソルからなる、2層ツリータイプのテンソルネットワークを利用しました。各テンソルは量子回路から構成されます。量子ビット(=スピン軌道)のまとまり毎にモデルを分割し、各下部テンソルに割り当てます。上部テンソルは下部テンソルを統合するために用います。
(b) 量子モンテカルロ(QMC)。本研究で扱った完全配置間相互作用モンテカルロでは、確率的な虚時間発展に基づき量子状態の振幅を変化させ、近似基底状態を生成します。振幅の色は振幅の符号を表します。
(c) HTN+QMC。QMCの計算において、エネルギー評価式である射影エネルギー にHTNで生成される量子状態を利用することで、大規模系に対してQMCの精度向上が期待できます。

[B] 量子状態同士の重なりを効率的に計算する手法「疑似アダマールテスト」の開発
HTN+QMCを実行するには量子状態同士の重なりを計算する必要があります。計算ステップとしては図3(a)上のように、1.最適化等で近似基底状態を生成するための量子ゲートを準備し、2.得られたゲートと補助ビットをもつれされる、正確には制御演算を実行する(図の赤部分)ことで重なりを取得します。ステップ2.はアダマールテストと呼ばれ、実行時には準備したゲート数に応じて計算コストが増加するという課題があります。特に、超伝導型量子コンピューターは離れた量子ビット間の演算を苦手とするため深刻な問題です。今回開発した「疑似アマダールテスト」[図3(a)下]では、1.量子ゲート最適化の時点で補助ビットを巻き込んだ量子ゲートに対して最適化することで、2.重なり計算におけるコスト増加を回避することができます[図3(b)]。アダマールテストを用いた一般的な重なり計算においては、ゲートに対して制御演算する必要がありますが、今回の手法ではこの明示的な制御演算を用いずに重なりを計算することから、疑似アダマールテストと名付けました。
今回開発した [A]と[B]の方法を組み合わせて、フォトクロミック※10モデル分子であるモノアリルジイミダゾール(図1)に対する基底状態の計算を、IBMのゲート型商用量子コンピューター「IBM Quantum System One」を用いて実行しました。その結果、ノイズのないシミュレーターに匹敵する0.042±2.0 milli-Hartreeという高精度で基底状態を算出することができました(一般的に化学現象を理解するのに必要な精度は1.6 milli- Hartreeとされています)。

[画像3: https://prtimes.jp/i/46783/506/resize/d46783-506-c28ccf0ba332af436a4f-2.png ]

図3. 疑似アダマールテストの概要とリソース比較
(a) 疑似アダマールテストの概要。量子回路で生成したい量子状態 と、インデックス の直交基底 [図2(a)参照]の重なり を計算します。図の上部が従来の手法、下部が今回新たに開発した手法です。 は を生成するためのゲートで、例えば図上の中央のようなゲート群から構成されます(点線部内のゲート群は複数回繰り返される)。なお、 は を生成するためのゲートで、容易に実装することができます。
(b) アダマールテストと疑似アダマールテストにおいて必要な2量子ビットゲート数の比較※11

【今後の展望】
今回開発したHTN+QMCは、化学物質の基底状態を計算するために開発した手法ですが、機械学習や最適化といった幅広いタスクに適用することが可能です。また、疑似アダマールテストもHTN+QMCに限らず、一般的な量子状態同士の重なりや遷移振幅に適用できます。そのため、本研究は化学計算のみならず、大規模タスクに対する量子コンピューターを用いた高精度な計算への新たな道を開いたといえます。

【用語解説】
※4:HTN+QMC
本研究で開発したハイブリッドテンソルネットワーク+量子モンテカルロ(hybrid tensor network + quantum Monte Carlo)の略 。
※5:基底状態
最もエネルギーの低い電子状態。
※6:DFT
密度汎関数(density functional theory)法の略。
※7:量子もつれ
量子ビットが複数の状態を同時にとる性質。
※8:量子重ね合わせ
複数の量子ビット間で状態が相互に依存している関係。
※9:量子回路
量子ビットの量子状態を制御する量子ゲートや測定を組み合わせたもの。
※10:フォトクロミック
光の強度変化に応じて色が変わる材料の性質。
※11:2量子ビットゲート数の比較
最近接接続デバイスで、ゲート深さ=システム量子ビット数を仮定。アダマールテストでは、各CNOTゲートに対して補助ビットから制御演算する際に、元の位置から補助ビット近接までビットスワップを用いた往復が発生するケースで見積もった。

<共著者リスト>
・三菱ケミカルグループ :菅野 志優、小林 高雄、高 玘
・IBM Research-Tokyo :中村 肇
・慶應義塾大学 :畑中 美穂、後町 慈生、山本 直樹

【参考プレスリリース】
・「光機能性物質のエネルギーを求めるための量子コンピューターを用いた新たな計算手法」が Nature Research 出版社の専門誌に掲載(2023年2月9日)
https://www.mcgc.com/news_release/pdf/01485/01723.pdf

・有機 EL 発光材料性能予測に関する研究成果が Nature 専門誌に掲載(2021年5月26日)
https://www.mcgc.com/news_mcc/2021/__icsFiles/afieldfile/2021/05/26/qhubjp.pdf

以上

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