食物アレルギー症状の悪化に関わる新規メカニズムの解明
PR TIMES / 2025年1月28日 11時0分
― 腸管マスト細胞の過剰な増殖が引き起こされる仕組み ―
順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センターの中野信浩 准教授、北浦次郎 教授、奥村康 センター長、同大学医学部小児科学講座の大石賢司 助手、同大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学の清水俊明 特任教授、および東京理科大学先進工学部の西山千春 教授らの共同研究グループは、食物アレルギー症状の悪化に関わる新規のメカニズムを明らかにしました。食物アレルギーの症状誘発には腸管粘膜のマスト細胞(粘膜型マスト細胞*¹)が重要な働きをしています。食物アレルギーを起こしたマウスの腸管ではマスト細胞数の顕著な増加が見られますが、この増加がどのような仕組みで起こるのかは知られていませんでした。研究グループは食物アレルギーのマウスモデルを使った研究により、抗原提示細胞*²の特徴をもった粘膜型マスト細胞が存在することを発見、このマスト細胞は抗原提示によりヘルパーT細胞*³を活性化させ、活性化されたヘルパーT細胞がマスト細胞の過剰な増殖を促すという一連の仕組みを明らかにしました。この仕組みをうまく阻害できれば、食物アレルギーの症状を軽減させることが可能になると考えられます。
本論文は、Allergy誌のオンライン版に2025年1月27日付で公開されました。
本研究成果のポイント
●食物アレルギーを発症したマウスの腸管に抗原提示細胞様の特徴をもつ粘膜型マスト細胞が存在することを発見
●粘膜型マスト細胞によるヘルパーT細胞への抗原提示が過剰なマスト細胞増殖の引き金となる
●この発見は、腸管マスト細胞の過剰な増殖を抑制することで食物アレルギー症状を軽減させることのできる治療薬の開発に役立つ可能性がある
背景
食物アレルギーとは、特定の食物に対して過剰な免疫応答が起こり、体にとって不利益な症状が誘発されてしまう疾患です。主な症状として蕁麻疹やかゆみ、腹痛などがありますが、より重症な症例ではアナフィラキシーと呼ばれる症状により呼吸困難や血圧低下、意識の消失などにより生命を脅かす危険な状態になることもあります。典型的な食物アレルギーでは、特定の食物を認識して結合するIgE抗体と、それらのIgE抗体を細胞表面に結合させているマスト細胞の働きによってアレルギー症状が誘発されます。そのため、食物アレルギー症状の重症度は、各個人のIgEの量とマスト細胞の数によってある程度規定されます。食物アレルギーを発症したマウスの腸管では粘膜型マスト細胞数の顕著な増加が見られ、アレルギー症状の重症度はこのマスト細胞数と相関することが知られています。しかしながら、粘膜型マスト細胞の顕著な増加が引き起こされる仕組みはよくわかっていませんでした。本研究では、IgEとマスト細胞が関与する食物アレルギー(IgE依存性食物アレルギー)のマウスモデルを用いた解析と、細胞を使った詳細な解析により、食物アレルギーにおいて腸管の粘膜型マスト細胞の過剰な増殖が引き起こされる仕組みを明らかにしました。
内容
研究グループは、IgE依存性食物アレルギーを発症したマウスの腸管粘膜に、MHCクラスII分子*⁴を発現する抗原提示細胞様の特徴をもった粘膜型マスト細胞が存在することを発見しました。そこで、このマスト細胞が食物アレルギーの病態の進行にどのように関わっているのかを明らかにするため、マスト細胞欠損マウスに野生型マスト細胞またはMHCクラスIIを欠損するマスト細胞を移入し、これらのマウスを用いて食物アレルギーマウスモデルを作製する実験を行いました。その結果、野生型マスト細胞をもつマウスでは食物アレルギーの発症に伴い腸管マスト細胞数の顕著な増加が観察されたのに対し、MHCクラスII欠損マスト細胞をもつマウスではその増加が見られずアレルギー症状が軽減されることがわかりました(図1)。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/726/21495-726-c33307fee7c2b892a7d982d90f8b7fec-1603x674.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1:MHCクラスIIを発現する粘膜型マスト細胞は食物アレルギーにおける腸管マスト細胞数の顕著な増加に寄与している
食物アレルギーを発症させたマウスの小腸。MHCクラスIIを発現する通常の(野生型)粘膜型マスト細胞をもつマウスでは腸管マスト細胞数の顕著な増加が見られる(左図)が、MHCクラスIIを欠損した粘膜型マスト細胞をもつマウスでは腸管マスト細胞数の増加が抑制されている(右図)。赤く染色されているものが腸管マスト細胞。黒線は200 µmを示すスケールバー。
次に、MHCクラスII欠損マスト細胞をもつマウスで腸管マスト細胞数の顕著な増加が見られない理由を探るため、細胞を用いて詳細な解析を行いました。MHCクラスIIを発現する野生型の粘膜型マスト細胞は、食物アレルギーを発症したマウスから採取されたヘルパーT細胞を抗原提示により活性化させ、活性化されたヘルパーT細胞はインターロイキン*⁵(IL)-4とIL-5産生しました。一方、MHCクラスIIを欠損する粘膜型マスト細胞ではこのT細胞の活性化が見られませんでした。粘膜型マスト細胞は、食物アレルギー発症時に腸管上皮細胞から放出されるIL-33の刺激によってマスト細胞増殖因子IL-9を産生することが知られています。活性化T細胞によって産生されたIL-4とIL-5は、粘膜型マスト細胞によるIL-9産生を著しく亢進させ、マスト細胞自身の増殖を増強させることがわかりました。
これらの結果から、粘膜型マスト細胞は食物抗原を取り込んでヘルパーT細胞に提示、抗原特異的なヘルパーT細胞が活性化されIL-4とIL-5を産生、これらのサイトカインが粘膜型マスト細胞によるIL-9産生を著しく増強することで過剰なマスト細胞増殖が誘導されるという一連の仕組みが明らかになりました(図2)。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/726/21495-726-3c6b7dcef70ab3178038f1b9d6a68822-1438x1103.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:食物アレルギーにおいて腸管の粘膜型マスト細胞の過剰な増殖が引き起こされるメカニズム
MHCクラスII分子を発現する粘膜型マスト細胞がヘルパーT細胞に抗原を提示することが、粘膜型マスト細胞の過剰な増殖の引き金となる。
今後の展開
今回の研究から、IL-9が粘膜型マスト細胞を特に強力に増殖させる作用をもつことも明らかになりました。IL-9またはIL-9受容体を標的とすることで、食物アレルギーだけでなく粘膜型マスト細胞が関与する炎症性腸疾患などの治療も可能になるかもしれません。今後はそれらの可能性を検証する研究を行っていきたいと考えています。
用語解説
*1 粘膜型マスト細胞:マスト細胞表面にはIgE受容体がありIgEを結合させている。IgEが抗原と結合すると細胞が活性化され、化学伝達物質を放出してアレルギー反応が惹起される。マスト細胞には粘膜型と結合組織型の2つのサブタイプが存在するが、腸管のマスト細胞はほぼ粘膜型で構成されている。
*2 抗原提示細胞:MHCクラスII分子を発現し、ヘルパーT細胞に対して抗原を提示する細胞。樹状細胞、マクロファージ、B細胞が代表的な抗原提示細胞。
*3 ヘルパーT細胞:MHCクラスII分子に提示された抗原を認識して活性化する。活性化されたヘルパーT細胞は免疫反応を調節するさまざまなサイトカインを産生する。
*4 MHCクラスII分子:抗原提示に関わる分子。細胞内に取り込まれて分解された抗原の一部をこの分子に乗せて提示する。提示された抗原を認識できる受容体をもったヘルパーT細胞だけが活性化される。
*5 インターロイキン:サイトカインの一種で多くの種類が知られている。さまざまな細胞から分泌され、そのインターロイキンに特異的な受容体をもつ細胞の生理作用を調節する。
研究者のコメント
食物アレルギーはお子さんに多い疾患ですが、近年、成人の患者さんの数も増加傾向にあります。しかしながら、現在のところ日本国内で食物アレルギーに対し保険適用となっている治療薬は一つもありません。患者さんはもとより、患者さんのご家族や保育・教育に関係する方々も大変なご苦労を強いられているのが現状ですので、患者さんの生活の質向上に貢献できるような研究を行っていきたいと考えています。
原著論文
本研究はAllergy誌のオンライン版で(2025年1月27日付)先行公開されました。
タイトル:MHC class II-expressing mucosal mast cells promote intestinal mast cell hyperplasia in a mouse model of food allergy
タイトル(日本語訳):MHCクラスIIを発現する粘膜型マスト細胞は食物アレルギーマウスモデルにおいて腸管マスト細胞の過形成を促す
著者:Kenji Oishi, Nobuhiro Nakano, Masamu Ota, Eisuke Inage, Kumi Izawa, Ayako Kaitani, Tomoaki Ando, Mutsuko Hara, Yoshikazu Ohtsuka, Chiharu Nishiyama, Hideoki Ogawa, Jiro Kitaura, Ko Okumura, Toshiaki Shimizu
著者(日本語表記):大石賢司1)、中野信浩2)、太田諒武2)3)、稲毛英介1)、伊沢久未2)、貝谷綾子2)、安藤智暁2)、原むつ子2)、大塚宜一1)、西山千春3)、小川秀興2)、北浦次郎2)、奥村康2)、清水俊明1)2)
著者所属:1)順天堂大学小児科学講座、2)順天堂大学アトピー疾患研究センター、3)東京理科大学生命システム工学科
DOI: https://doi.org/10.1111/all.16477
本研究はJSPS科研費JP22K08550の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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