頭蓋咽頭腫における腫瘍微小環境と免疫ネットワークの分子機序の解明 ~頭蓋咽頭腫の新たな治療法にむけて~
PR TIMES / 2024年11月18日 10時45分
千葉大学医学部附属病院の松田達磨医師、同大学大学院医学研究院の樋口佳則教授、同大学災害治療学研究所の河野貴史特任助教、田中知明教授らの研究グループは、頭蓋咽頭腫の2つの主要なサブタイプであるエナメル上皮腫型(ACP)(注1)および扁平上皮乳頭型(PCP)(注2)について、単一細胞RNA解析(注3)を用いて腫瘍の細胞構成、多様性および細胞間の相互作用を詳細に解析しました。本研究による頭蓋咽頭腫における腫瘍細胞と免疫細胞の詳細な相互作用の解明を通じて、より効果的な治療法の開発や患者さんの症状予測の実現が期待されます。
本研究成果は、2024年10月1日付で国際科学誌iScienceに掲載されました。
■研究の背景と経緯
頭蓋咽頭腫は脳下垂体領域に発生する良性腫瘍で、原発性脳腫瘍の約3%を占める稀な腫瘍です。毎年人口100万人に約0.5-2人が発症するとされ、その30-50%の症例が青年期に発生します。国内では年間約700人が診断されています。重要な神経や血管に挟まれて成長するため視力障害や内分泌障害を引き起こす可能性がありますが、その解剖学的位置のため、手術による完全切除が最も困難な脳腫瘍の一つです。治療薬の開発が望まれますが、そのためにはまず、この腫瘍がどのような分子メカニズムで発生・進展するのかを解明する必要があります。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/918/15177-918-9f4b61eca07efa520c8e0f84733fcd21-1462x563.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1 頭蓋咽頭腫の単一細胞RNA解析における細胞の多様性
■研究の内容
本研究では、10例の頭蓋咽頭腫患者の検体を用いて、単一細胞RNA解析を実施し、以下の重要な知見を得ました:
1. 細胞アトラス(注4)の構築:
ACPと PCPそれぞれについて、腫瘍を構成する細胞の種類や分布を詳細に示した包括的な「細胞地図」を世界で初めて作成しました(図1左)。これにより、この稀少腫瘍の全体像を捉えることに成功しました。
2. 腫瘍細胞の新しい分類法の確立:
腫瘍細胞を遺伝子発現パターンに基づいて新たに分類し、それぞれのサブタイプ(種類)が持つ特徴的な分子メカニズムを解明しました。この成果は、各タイプに応じた効果的な治療法開発への重要な手がかりとなります(図1中央)。
3. 免疫細胞と臨床症状の関連性を発見:
腫瘍に存在する免疫細胞(腫瘍関連マクロファージ)には複数の種類があり、それらの比率が患者さんの症状と密接に関連していることを新たに発見しました(図2左・中央)。この発見は、症状の予測や治療方針の決定に役立つ可能性があります。
4. 腫瘍微小環境(注5)の解明:
腫瘍細胞と免疫細胞がどのように影響を与え合っているかを示す、細かい相互作用の仕組みを明らかにしました(図1右・図2右)。この知見は、腫瘍の進展メカニズムの理解を深め、新たな治療標的の発見につながることが期待されます。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/918/15177-918-712e75d2feecd7e3d068a69af852bfae-1052x396.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2 腫瘍内微小環境における細胞間ネットワーク
■今後の展開
本研究の成果は、腫瘍形成と進行の細胞・分子レベルの理解を大きく進展させ、将来の治療法開発に貢献することが期待されます。特に、腫瘍微小環境と臨床症状の関連性解明や、CD44-SPP1細胞間情報伝達経路(注6)や、ミッドカイン (MDK)(注7)を介した細胞間ネットワークは分子標的薬の開発に寄与する可能性があります。
■用語解説
注1)エナメル上皮腫型:歯の形成に関わる細胞に似た特徴を持つタイプの頭蓋咽頭腫。主に小児に多く見られ、頭蓋(ずがい)の底部に発生する良性の腫瘍。顎の骨にできるエナメル上皮腫と似た細胞から構成されることからこの名称がついた。
注2)扁平上皮乳頭型: 皮膚の表面を構成する細胞に似た特徴を持つタイプの頭蓋咽頭腫。主に成人に多く見られ、嚢胞(のうほう)を形成する傾向がある。腫瘍の表面に乳頭状の構造が見られることが特徴。
注3)単一細胞RNA解析:1つ1つの細胞ごとに、その中で働いている遺伝子を網羅的に調べる最新の解析技術。従来の方法では組織全体の平均的な遺伝子の働きしかわからなかったが、この技術により個々の細胞の特徴や状態を詳しく知ることができる。
注4)細胞アトラス:体を構成するさまざまな種類の細胞について、その特徴や分布、相互作用などを包括的にまとめた「細胞の地図」。
注5)腫瘍微小環境:腫瘍細胞とその周囲に存在する様々な細胞や物質が作り出す、腫瘍の"生育環境"のことです。腫瘍の発生・進展に重要な役割を果たすことが明らかになってきている。
「腫瘍血管」 腫瘍に栄養や酸素を供給する血管のこと。通常の血管と比べて不規則な構造を持ち、がんの成長や転移に関わっている。
「免疫細胞」 腫瘍の周囲に集まる様々な免疫細胞のこと。腫瘍を攻撃する細胞と、逆に腫瘍を守ってしまう細胞が存在する。免疫療法はこれらの免疫細胞の働きを調整することで効果を発揮する。
「細胞外マトリックス」 がん組織の中で細胞同士をつなぎとめる足場となる物質のこと。腫瘍の硬さなどに影響を与える。
注6)CD44-SPP1細胞間の情報伝達経路:CD44とSPP1は、細胞同士のコミュニケーションに重要な分子。CD44は細胞の表面に存在する受容体タンパク質で、SPP1は細胞から分泌されるタンパク質。この2つの分子による情報伝達は、腫瘍の増殖や進展、免疫細胞の働きの制御に関与することが知られている。
注7)ミッドカイン (MDK):細胞から分泌される成長因子の一種。神経の発達や血管の形成に関わるだけでなく、様々な細胞の生存や増殖にも重要な役割を果たしている。
■論文情報
タイトル:Deciphering craniopharyngioma subtypes: Single-cell analysis of tumor microenvironment and immune networks
著者:Tatsuma Matsuda, Takashi Kono, Yoshinori Higuchi, Tomoaki Tanaka
雑誌名:iScience
DOI: 10.1016/j.isci.2024.111068
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