なぜ下剋上を起こしたのか?美将・陶隆房の知られざる凄絶な人生とは!気鋭の歴史小説家 吉川永青著『悪名残すとも』、12月25日発売!

PR TIMES / 2015年11月26日 11時8分

株式会社KADOKAWAより、歴史小説界で活躍中の吉川永青(よしかわ・ながはる)さんの最新作『悪名残すとも』を、2015年12月25日に発売いたします。戦国の世、その美貌から幼少期には大内義隆に可愛がられ、その後彼の重臣となり、一万の軍を率いた若き軍師 陶隆房(すえ・たかふさ)に焦点を当てた長篇です。



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【推薦の声、続々!】
なぜ下剋上をしなければならなかったのか。美しき武将陶隆房の凄絶な生き様が見事です。
――葉室 麟氏(作家)

遂に出た!これが吉川永青の最も熱い小説だ!!
――縄田一男氏(文芸評論家)

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~西国一の侍大将と讃えられた男は、なぜ君主を討ち 下克上の代名詞となったのか~
【あらすじ】
天文九年(一五四〇年)の師走。毛利元就の居城、郡山城に尼子軍の怒濤の侵攻が押し寄せようとした時、一万の兵を率いた援軍が現れた。まだ二十歳の美しき軍師の名は、陶隆房(すえたかふさ)。大内義隆の重臣にして、援軍の大将を務める男だった。見事な戦略により尼子軍の侵攻を打ち破った隆房は、毛利元就の戦友として、親交を深めていく。だが、隆房の真の敵は、外部だけではなかった。翌年、出雲に侵攻した隆房の軍は、内部の統制も取れずに敗走を余儀なくされる。大内氏内部での文治派の台頭、主君・大内義隆の戦離れにより、武断派の隆房は追い詰められることに。さらに大内義隆の文化への傾倒と浪費は、天役(臨時徴税)を連発することになり、領民を苦しめていくのだった。迫り来る隣国の侵攻、疲弊する大内氏を立て直すため、隆房はついに決断を下す。書き下ろし歴史長篇。

※担当編集より:陶隆房について※
陶隆房は、晩年に陶晴賢(すえはるかた)と改名します。その後、毛利元就と雌雄を決した厳島の戦では晴賢と名乗っていましたので、そちらの名前が一般的に知られるようになります。陶隆房の辞世の句「何を惜しみ 何を恨みん 元よりも この有様に 定まれる身に」を初めて目にした時に受けた衝撃がこの企画の出発点でした。彼は本当に悪人だったのか。その答えが本書にぎっしり詰まっています。

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