イナバウアーに込めた二人のスターの想い

クオリティ埼玉 / 2014年2月16日 0時1分

2006年トリノオリピック。
氷上で荒川静香は美しきイナバウアーとともに観衆を歓喜に包んだ。
その観衆のスタンディングオベーションの賞賛は今でも脳裏に焼き付いている。
 
それから8年という月日がたち、今このソチオリンピックであらたなイナバウアーを観た。
足を前後に開き、つま先を180度に開いて真横に滑る。その柔らかな身体が氷の上で美しきフォルムを創りだす。
まさにスポーツを超えた芸術であった。
 
彼は男子フィギュア界初の金メダルに輝いた羽生結弦選手。
元氷上の女王荒川静香は彼を「ゆづ」と言う。
それもそのはず、彼と彼女は同じ仙台出身である。
 
荒川静香の幼少期のスケート場が閉鎖されてしまった時、金メダルを取った荒川静香は「私が基礎を作り上げてきたリンクは閉鎖されて小さい子たちが練習場所を探すのに非常に困っている状況」と訴えた。その言葉を聞いた宮城県と仙台市が合わせて1億円を支援し、2007年3月にリンクが再開した。そのリンクのスケート教室にいたのが羽生結弦選手だったのである。
 
荒川静香に救われた羽生結弦選手が今度は被災地である仙台を救った。
「あの日」から、心を痛めていた多くのひとの心に光を与えた。
彼はソチの前に夢を語っていた。「ソチ五輪でいい成績をおさめて、東北に通年のリンクが1つしかないので、支援できるようになりたい」と。
まさにその夢が現実となるであろう。
 
そしてこれからも元氷上の女王荒川静香の想いはオリンピックを夢見る子供たちに受け継がれていくにちがいない。
                                                    (古城 智美)
 
 

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