元巨人軍代表・清武氏が思いを託した男

クオリティ埼玉 / 2014年6月18日 11時17分

 2年半ほど前、プロ野球巨人軍の清武英利代表が親会社・読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長を相手取り、コーチ人事に不当介入したとして記者会見を開いた。清武氏は解任され、訴訟合戦に突入。裁判は2012年から始まり、先日は渡辺会長が証人として東京地裁に出廷し、バトル開始以来初めての両者対面となった。年内にも判決が出る見込みだが、このニュースで昨年11月に刊行された清武氏の著書のことを思い出し、急いで読んでみた。
 その本は『しんがり 山一證券最後の12人』(講談社刊)で、奥付には3月に6刷発行となっているから売れ行き好調のようだ。清武氏は読売新聞運動部長を経て球団代表に就任したが、それ以前は社会部が長く、国税担当として銀行や証券の経済事件で特ダネ記事を連発した辣腕記者だった。
 1997年11月に証券界の名門、山一證券の自主廃業が決まったが、その最大原因は2600億円もの帳簿外の債務、つまり決算書には記載されていない隠された債務だった。『しんがり』はこの簿外債務の真相究明と清算業務を引き受けた社内チームの奮闘ドキュメントだ。本社から5キロ離れた江東区塩浜のビルの2階と3階にある業務監理本部は、顧客との取引状況をチェックし、不適正行為を防止するという社内司法部門だ。決して日の当たる部署ではなく、「場末」と陰口をたたかれていた。そこで働く人たちが、会社消滅を前にして、関係者からの聞き取り調査を根気よく続け、謎に包まれた巨大債務の実態に迫って行く。
 主役的存在は常務に昇進したばかりの嘉本隆正業務監理本部長。偏屈な面があるものの苦労人である彼の巧みなリーダーシップで個性の違う面々をまとめて難題に取り組む過程がていねいに描かれている。実は山一證券は私の最初の就職先であり、3か月余の新人研修の後に営業職として配属された大阪・阿倍野支店の一員に嘉本氏がいたのだ。そんな事情もあり、読みながらいろいろな思いが交錯した。
 彼は私より2つ年上だが、高校卒で入社したから社歴では6年の開きがある。支店では顧客の株式売買注文を専用電話で本店株式部に伝える場電という仕事をしていた。裏方の仕事だったが、ある営業マンがトラブルを抱えたことから、嘉本氏と入れ替わることになった。当時、この支店は数字を上げるためにかなり強引な営業が日常化していて、駆け出しの営業マンたる嘉本氏と私もその中にぶち込まれた。
 私は配属されて8か月で退社を決意するが、彼は突然、従業員組合の委員に立候補した。支店の営業姿勢に批判的と思われたため、対抗馬を立てられたが、嘉本氏の圧勝だった。去り行く私も彼の組合での活動に期待していた。
 支店の先輩たちは仕事で辛い思いをしながらも、新人の私をよく飲みに連れて行ってくれた。嘉本氏とは飲んだ記憶がなかったが、この本で彼がまったくの下戸と知った。
 退社後も山一の人々とは交流が続いたので、嘉本氏が支店幹部として実績を残していることも耳にした。でも、役員になった時には驚いた。面白くもなさそうに場電の仕事をしていた印象が強かったからだ。場電係では力を発揮しようにもそのチャンスは少ないが、営業職となって大きく飛躍したに違いなかった。
 嘉本氏たちを描く著者清武氏には強い思い入れすら感じられる。かつての仲間から迷惑がられながらも会社の暗部に光を当てる。簿外債務を作ったのは、歴代社長を何人も輩出したエリート集団、法人営業部門だった。山一と取り引きをした企業が出した損失を山一関連のペーパーカンパニー数社に移し替えていたのだ。株価が上昇すれば損が消えるという甘い見通しが解決を遅らせ、事態を深刻化させた。その責任者とも言える前社長からの聞き取りでは、大蔵省の幹部からこの方法を示唆されたという。
 その辺りを克明に書き込んだこの本は、球団代表にまでなりながら、ナベツネという巨大な存在に反旗を翻した著者の姿と重なる部分が多い。裁判の行方は予断を許さないが、嘉本氏たちの行動に託した著者の思いはひしひしと伝わってくる。
(山田 洋)

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