埼玉の余話2014.6.19

クオリティ埼玉 / 2014年6月19日 13時0分

国会議員の秘書をやめた後の生き方はそれこそ、人それぞれだ。肩書を生かして地方議員になる者、会社の顧問になる者、選挙のたびに渡り歩いて選挙参謀になる者等々だ。
しかし一番惨めなのは、秘書と言っても、それこそ使い走りを主たる務めとしていた人達だ。選挙実務の経験もないのに、依頼する側は錯覚していて事務局長なる重職にあがめ立ててしまう例がかなりある。先生という呼称まで与えてしまうから、一番困ってしまうのは元秘書だ。そして、約三ヶ月ぐらいでお役目御免となって、一年ぐらいは浪人の憂き目を背負いながらさまよい歩く。
稼ぎが無いということは人相を変え、心まで変えてしまうものだ。もちろん飲食は貰い酒、貰い飯。空腹、渇飲となれば誰かを呼んで、タダ酒となる。
生業とか正業という漢字は実に明解だ。
正業をもたぬ政治的浪人は巷にあふれていて、夢の無い虚業の中で過去の思い出を嬉しがって生きている。そんな秘書氏の一人が亡くなった。
葬儀は寂しいいものだった。参列した人達は哀愁の意とは裏腹に、ホッとした安堵の表情が目立った。「もう付き合いきれなかったよな。せびられて、せびられて」囁きあっている人達もいた。
そんな囁きの向こうに、人の褌でしか生きられなかった淋しい遺影が人懐っこそうに微笑んでいた。

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