政務活動費に思う

クオリティ埼玉 / 2014年7月27日 9時47分

兵庫県議の使い方は例外、というか社会通念上にはない。
 
きっとあるな!と思っていた埼玉県議会の議員。
昨日の読売新聞は大きくとりあげていた。
 
鬼の首をとったがごとき「小説など300冊」と見出し。
 
ある県議は「政策を見る切り口を広げられる」とコメントもしていた。
 
自己鍛錬、修練のモノと政治活動に要する経費との振り分けは大変難しいと思う。
 
ここで問題にしたいのはここぞとばかり「私的流用」とこぶしをつきあげる行為。
 
埼玉県にはそれぞれの地域に歴史伝統文化が息づいており、しゃくし定規でははかれないものだ。
昭和の時代の教師は「本」を読むことを奨励していた。
「書物」は映像では得ることのできない「行間を読む」力を与えてくれる。
「文化」には力があり、その「文化」や「伝統」はパソコンで検索して「はいわかりました」という世界ではない。
 
政務活動費は適切に執行されるべきだ。
だが「私的流用」と大声をあげて、そのひとびとの言う「理想」が現実になった時成熟した議員がどれだけいるのかは 想定できない。
 
政治家のアンテナは「情報」が命。
タブレット端末を駆使して、必要な情報を得る。
大事な資料がDVD化され、移動の車中などで見ることも政治活動上必要なのではないか?
政務活動費の不適切支出に目を光らせることも大事。しかし、四年間何もしない(質疑、議員活動など)そういう議員を糾弾することも大切であろう。
(伊勢谷 珠子)

クオリティ埼玉

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