老いと暑中見舞い

クオリティ埼玉 / 2014年8月6日 13時20分

   今年も沢山の暑中見舞いの文を戴いた。流石、高齢社会とあって自分の年と暑さとの闘いを嘆いたり、自ら奮い立たせている姿をほうふつとさせる文章が多かった。
   中でも三人の方の文章が目を引いた。「私もついに100歳になりました。記憶力は衰えましたが、まだまだ元気です」と、中山里子さん(仮名)には心を打たれた。往年の中山さんは、誰からも美貌の人と羨ましがられていた。私も、もう10年近くお会いしていないので、会いたい気持ちと、老いた彼女を見てはならないと、自問自答しながらもやはりお会いしたいという気持ちに駆られているのは事実だ。
   「いつまでも生々しく生きていたい。貴方の元気さと、生々しさを学ぶために是非会いたい」と書いて下さったのは、80歳になる県下でもその有能さを知らぬ人はいない梶田勇人氏。私は若い時からこの人からは多くを学ばせていただいてきた。それだけになにか「おい!若いの!元気でやろうぜ!」と叱咤激励されているような昂奮を覚えた。
   「私の主人は70歳になってすでに頭が硬直し、人の言葉にはまったく耳を貸さず、唯我独尊、老化の坂道をダルマの様にころげ落ちていく姿に涙すら出ます」。私の知己の妻君からの嘆きの言葉が妙に気になった。老化というのはけっして年齢ではない。中年でも、青年でもすでに老化している人間が何と多いことか。私は思わずサミュエルウルマンの「青春」の-節を口ずさんだ。青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。・・・・・年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに、初めて老いが来る・・・・・。
   独り友達も情報も無く、独りよがりになって呼吸をしている情けない70才の老化はなはだしいこの男は、今この酷暑の日々、どんなに寂しい一人ぼっちの生を生きているのか、想像するだけで、思わず背筋が寒くなっていった。
(鹿島 修太)

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