伊勢神宮は命あるアクロポリス                      外交評論家  加瀬英明

クオリティ埼玉 / 2014年8月31日 0時0分

    ブルーノ・タウトはその著者「ニッポン」のなかで、「ヨーロッパとアメリカの芸術文化は疲弊し、(略)芸術家は何らかの打開の道を求めて、世界に眼を配り、その結果、純潔無垢な形式を数千年にわたって育成してきたという点で、彼等に新たなる勇気を与えうる国として、日本を見出したのであった。
 そこには、古来、このような形式が驚くばかり洗練され、なおかつ生命を保ち続け、現代の傾向にまったく合致するかと思われるような形で、建築、その他の芸術に現われていたのである。(略)日本がヨーロッパの近代芸術家に与えた影響は、すこぶる大いなるものがあった」と、述べている。
 タウトは伊勢神宮を、詣でた。そのとき受けた感動を、つぎのように書いている。
 「日本のまったく独自な文化の鍵、全世界の賛歌措く能わざる、完全な形式を備えた日本の根源、―外宮、内宮、荒祭宮の諸宮を有する『伊勢』こそ、これらの一切である。
 あたかも天の成せるが如き、これらの造営物を描き写すことは、とうてい出来ない。それがどのくらい年代を経たものかもわからない。(略)
 伊勢神宮は先史時代に発祥する建築であり、いわば日本のアクロポリスである。だがアクロポリスのような廃墟ではない。伊勢神宮は20年目(あるいは21年目)ごとに、見事な材料を用いて、まったく新たに造替される。しかも、その形式は茫漠として、来歴をつまびらかにしない太古のままである。そのうえこの神宮は、精神的意味において、決して廃墟ではない。
 日本国民はひとしく、悠久なこの国土と、国民とを創造した精神の宿る神殿として、これに甚深な崇敬を捧げているのである。はるかな古えに遡り、しかも、材料は常に新しい。この荘厳な建築こそ、現代における最大の世界的奇跡である。」(同)
 今日、世界の先進国の中で、神話を持っている国といえば、日本とギリシャの2つの国しかない。イタリアのローマ神話は、ギリシャ神話を借りて続き直したものだ。しかし、ギリシャ神話は現代生活に関わるものではなく、アテネの丘に建つ壮麗な遺跡と同じように、過去に属するものとなっている。日本では皇居の中でも、日本神話が息づいている。
宮中祭祀のなかで、もっとも重要な祭りである新嘗祭は、夜を徹して催される。新嘗祭において、天皇が神々に新穀をすすめられる時に使われる箸は、箸の原型といわれる竹を細く削ってピンセット状にしてもので、皿として用いられる柏の葉に盛りつけられる。日本民族の祖形が受け継がれている。
 1人の人である天皇が神に近づこうと真摯に努められ、日本最古の祭りを行われることを通じて、崇高な精神を得ようとされるのは、ありがたいことだ。
 今上天皇も吹上御苑の東南にある小さな水田で、ゴム長靴を履いて自ら田植えをされ、稲を育てられ、刈り入れをされる。これは、天照大神が高間原の斎庭(神をまつわるためにけがれを払って浄めた場所)の稲穂をとって皇孫に授け、耕作を命じた神勅に基づいている。
 天皇はつねに日本神話と一体になってこられた。天皇は現在という時代を越えて、日本を2600年以上の時間を尺度にあてはめて、御覧になっている。
 日本は、古代の精神を脈々として保ってきた。天皇という存在は、連綿と続いてきた古代精神の証しであり、命ある象徴なのである。世界に比類がないのは、いうまでもない。
(7章 神事と歌を継ぐ天皇)

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