百万回生きた猫と一冊の本

クオリティ埼玉 / 2015年11月9日 15時26分

夏の終わりにミュージカルを観た。「百万回生きた猫」という絵本を原作としたものだ。なぜこれを選んだかというと、単純な理由だ。主役の深田恭子の隠れファンだから(笑)。
  この絵本、メジャーだが私は知らなかったので、一緒に行く友人に「どんなストーリ-なの?」と聞いたところ、「知らない方が面白いんじゃない」と言っていたので、素直にその内容を知ることなく、その舞台を観ることにした。 
 
その内容は、死んでは生き返り、飼い主が100万回代わろうが愛されてはいたが、誰も愛せない猫。
何のことはない、わがままな一匹のオス猫の話だった。そう、前半までは…。
  後半、そのわがままなオス猫が一匹のメス猫に恋をした。そしてメス猫との間に子供を授かった。
その後、メス猫は命を引き取る。オス猫もまた、彼女の隣で静かに永遠の眠りについた。
  白い可憐なメス猫を深田恭子は見事に演じきった。
友人は隣で密かに泣いていた。昔から泣くのは私の方が先だったのに、このストーリーには泣けない自分がいた。
なぜなら、単純だと思っていたこの話に、その深さを感じてしまったから。
  ふと、私の脳裏にはある一冊の本が浮かんだ。その本は私が編集を手掛けた「誰のために何のためにあなたは生きますか」というタイトルの本である。  この本のタイトルは、ある意味、衝撃的だ。この質問をむけられたら、多くのひとが困惑し、すぐには答えられないだろう。
勿論、前半のわがままな猫など答えられない典型だろう。
著者である藤原美津子先生はこの本の中で、どのひとも公平に命があり、生きる意味がある、生きる術があると教えてくれている。わがままなオス猫は、愛されてはいたが、愛せない猫だった。100万回、生き返ったことにより、生きることの意味を知らなかったのだ。その猫が、守るものができて初めて、愛を知る。生きる意味を知る。だからこそ、愛するものが亡くなった時に、生きる意味を失くし、生涯を終えたのだ。
その顔はきっと満足と安らぎに満ちていたはず。私は猫に「よかったね」という微笑みを投げかけたいと思った。
  その猫と違い、私たちの人生は一度きり。
命が何よりの宝であり、尊いものであることを知っている。
生きた年月ではない。 
川島なお美はその命が尽きる直前まで女優として舞台に立った。
忌野清志郎は喉頭癌を患ったが、手術を回避し、声を選び、死を選んだ。
歌手であったつんくは、歌うことを諦め、愛する家族のために、生きることを選んだ。
本の著者である藤原先生も、今は亡き愛するご主人の教えをたくさんのひとに伝えるため、生きている。
 
ひとの生きる道、目的は様々だ。
命を終えるとき、どれだけ後悔のない安らかな顔になれるかだと私は思う。
藤原先生の師であるご主人は、その別れのとき、先生の手をとり、顔をみて「ありがとう」と言い、本当にいい顔をして、安らかな眠りについたと先生が言っていたことを思い出した。 
まさしく、先生の本のタイトル、人生とは、誰のために、何のために、生きられるかだ。
目的もなく生きていても命の大切さを感じられないはず。
  私たちはこの猫と本から学ぶ。一度、自分に問いてみよう、この本のタイトルを。
  私も、私の拙い言葉で、少しでも微笑みを持ってもらえるように精進して日々を生きたいと思う今日この頃である。

クオリティ埼玉

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