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価値観のアップデート【大柴壮平コラム vol.10】

NBA Rakuten / 2019年12月6日 10時14分



 


1997年のマスターズで起きた騒動


1997年のマスターズのことである。タイガー・ウッズが史上最年少優勝を決めた最終日、一つの騒動が起きた。1979年の同大会チャンピオン、ファジー・ゼラーが「来年のディナーのメニューに、フライドチキンとカラードグリーンは頼まないように言っといてくれ」と記者にコメントし、これが人種差別だと社会問題に発展したのである。マスターズでは前年のチャンピオンがホストとなり、歴代チャンピオンとディナーをとる習慣がある。この日のメニューは、前年のチャンピオンが決める。アメリカではフライドチキンとカラードグリーンはどちらも黒人が好んで食べるというステレオタイプがあるため、問題となった。

念のため若い読者に向けて書くと、すでに20年前の話とは言え1997年時点でもこの発言は時代錯誤である。ただ、ゴルフは閉鎖的なスポーツで、1961年にようやく黒人のPGAツアー参加が認められた。ゼラーは1951年の生まれだから、1961年には9歳か10歳で、すでに物心はついている。ゼラー少年が、無意識に黒人をPGAに入れてやったと解釈していたとしてもおかしくはない。ゼラーに3歳でゴルフを始めさせたというぐらいだから、家庭が伝統的なPGAに親近感を持っていた可能性もある。

今回私が取り上げたいテーマは、人種差別ではない。無論、ゴルフの話でもない。固定観念についてである。誰しも生きていればいくつも固定観念を持っている。中には偏見や差別じみたものもあるだろう。特に生まれた時代、育った時代の風俗にはどうしても考え方を縛られてしまう。ゼラーはウッズより24歳上だが、仮に24歳下だったらウッズに憧れて練習していたのではないだろうか。


高確率の3ポイントを許したら勝てない?


固定観念に縛られると人生を生き辛くすることはゼラーが教えてくれたが、固定観念に縛られるとろくなことがないのはバスケットボールも同じだ。いや、バスケットボールにおいては固定観念を持ったものから順に敗者となる感すらある。ことNBAにおいては、常に昨日の常識を疑い続ける必要がある。

白状すれば、私は自戒を込めて本稿を書いている。先週私は、「スパーズは対戦相手に3ポイントを38.4%の高確率で決められている。どのチームも3ポイントを狙っている中でこれだけの確率を許しているということは、ディフェンスが崩されている証左だろう」と書いた。この考え方は、現時点ではあながち見当違いとは言えない。勝つためには3ポイントを入れなければいけないし、守らなければいけない。それがここ数年のトレンドである。

しかし、試しに3ポイントを高確率で相手に決められているチームを調べてみると、そこにミルウォーキー・バックスの名前を発見した。バックスは本稿執筆時点で18勝3敗と、ロサンゼルス・レイカーズと並んでリーグ首位を走っている。ところが、そのバックスが被弾している37.4%という数字は、ゴールデンステイト・ウォリアーズ、サンアントニオ・スパーズ、ワシントン・ウィザーズ、ニューヨーク・ニックス、ニューオーリンズ・ペリカンズに次いで6番目に悪い。しかも対戦相手の3ポイント試投数は、リーグ最多の平均38.6本。つまり、バックスは平均14.4本の3ポイントを相手に決められているのだ。この数字もリーグ最多である。3ポイントが勝敗を決するという観念を覆す何かが、バックスで起こっているのだろうか。


常識を覆すバックスのディフェンス


リーグで最も多くの3ポイントを相手に決められているバックスだが、驚くべきことにディフェンシブ・レーティング101.9はリーグ最少なのだ。仕組みはいたってシンプルで、外のディフェンスは甘い代わりに、インサイドのディフェンスはとんでもなく堅い。ピック・アンド・ロールをされると、ロールマンのディフェンスは下がる。外は守れないが、これなら中への侵入者は警戒できる。3ポイントは打たれるが、シュートが外れた時はリバウンドをきっちり取る。相手にセカンドチャンスを与えないことも、バックスのディフェンスにおける重要な要素である。

この戦術は、言うは易し行うは難し、である。ロールマンのディフェンスが下がることできっちりリムプロテクトできるのは、下がるのが7フッターで目下リーグ3位の2.4ブロックを記録しているブルック・ロペスと、221cmのウイングスパンと超人じみた身体能力を持つヤニス・アデトクンボの2人だからだ。リバウンドの確保にもこの2人が絡む上に、エリック・ブレッドソーやクリス・ミドルトンといった他のスタート陣もリバウンドが得意だから手に負えない。ちなみにバックス全体の平均リバウンド数はリーグ・トップの51.6、ブロック数は4位の6.1である。対戦相手の制限エリアでの試投数25.5本、フィールドゴール・パーセンテージ58.0%はいずれもリーグ最少となっている。

この戦い方を今すぐ真似しようというチームはいないだろう。実行するには人材が必要だからだ。しかしながら、バックスのディフェンスが、3ポイントを捨てるのも選択肢の一つと提示することに成功したのは確かである。最近ではニコラ・ヨキッチ、クリスタプス・ポルジンギスなどこれまでにいなかったタイプのビッグマンが出現していることを考えれば、オフェンスだって主戦場が再びペイント内に移ったとしてもおかしくはないだろう。3ポイントラインに固執することで、いつしか時代から取り残されていた……あるいはそんな日が来るかも知れない。


ゼラーはジョークが好きな明るい性格だそう。舌禍となった件の発言も、テレビカメラの前でウッズのプレイを褒め称えるコメントを出した帰り際、わざわざカメラに振り返って発言した「ジョーク」だったという。私は、幼少の頃にとんねるずの保毛尾田保毛男で笑っていた世代である。しかし、2019年現在ではそういう笑いが不謹慎なものだということを心得ている。そうでなければ、くだらない話が好きな私のことだ、現代版ゼラーよろしく世間の顰蹙を買っていただろう。

人間、生きていれば価値観のアップデートが必要だが、生まれ育った時代の風俗によって植えつけられた価値観を変えるのはかなりの難事業である。いつしかそれが固定観念となり、「あの頃は良かった」などとついつい口走ってしまうようになる。しかし、幸いなことに我々はバスケットボールファンである。バスケットボールにおいては、昨日の知識を更新できなければ今日起きていることが理解できない。子供たちが憧れたフェイダウェイ・ジャンパーは廃れ、その座はステップバック・スリーに取って代わられた。アイソレーションが廃れ、ボールムーブの時代が来たが、再びアイソ復権の兆しがある。バスケットボールを通じて価値観をアップデート、固定観念を捨てる訓練を続けていれば、人生においても時流に取り残されることなく生きていけるのではないだろうか。

日曜の昼間、サンデージャポンで大麻解禁の議論は必要というホリエモンを共演者たちが袋叩きにする様を見ながら、私はぼんやりとそんなことを考えていたのだった。


大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。



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