幕間~第1章が終幕したサンダーとウェストブルックの物語~【大柴壮平コラム vol.15】
NBA Rakuten / 2020年1月14日 9時4分
オクラホマシティに帰ってきたウェストブルック
「ガードはUCLA出身の190cm。背番号0番、ラッセル・ウェストブルック」
街の英雄を紹介するアリーナMCの声は、誇らしげだった。勢いよくコートに飛び出したウェストブルックが手を叩きながら客席を煽ると、観客が大歓声でそれに応える。全ていつも通りの光景である。違うのは、ウェストブルックが着ているジャージーの色だけだった。
昨夏にヒューストン・ロケッツへ移籍したウェストブルックの凱旋試合。オクラホマシティ・サンダーは、11シーズンにわたりチームに貢献したウェストブルックをトリビュート映像で出迎えた。一方のウェストブルックは、青とオレンジというサンダーのカラーリングを施したシューズを履いて試合に臨んだ。球団と元スターが互いをリスペクトする。近年珍しい、そしてこれからはより稀になるだろう光景である。実を言うと私は、ウェストブルックのトリビュート映像や彼の笑顔より、沸き上がる観客席を見て感動した。彼らのウェストブルックへの愛がどれだけ深いか、映像を通してひしひしと伝わってきたからである。
グリズリーズファンの私にとっても、チェサピーク・エナジー・アリーナでロケッツのジャージーを着たウェストブルックを見るのは不思議な心持ちがした。そしてサンダーには今、クリス・ポールがいる。ウェストブルックのサンダー、ポールのクリッパーズ(2011~17年まで在籍)は長年にわたってグリズリーズの良きライバルだった。試合開始前の少しの間、私は過ぎた時代を懐かしみ、感傷にひたった。
私の脳裏に蘇ったプレイオフの思い出
古代ローマの英雄ガイウス・ユリウス・カエサルいわく、多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていないそうである。サンダーとグリズリーズがライバルだった頃、ウェストブルックは私にとっての見たくない現実だった。
当時グリズリーズがプレイオフで争ったチームの中で、最も優秀だったのはサンアントニオ・スパーズである。グリズリーズは2011年のプレイオフ・ファーストラウンドでトップシードだったスパーズを破るアップセットを起こしたが、2013年のカンファレンス・ファイナルではきっちりと借りを返された。悔しい経験だったが、スパーズに負けることは受け入れやすかった。何故なら彼らは素晴らしいチームで、いずれはグリズリーズもこういう試合をできればと思わせてくれたからである。クリッパーズには2012年に負け、翌2013年はリベンジした。クリッパーズに負けるのは癪だったが、まだ許せた。当時のポールはコントロール・フリークで長丁場のプレイオフを戦うのが下手だったが、一試合単位で見れば最も優秀なポイントガードだった。いつかはマイク・コンリーもポールを超えて欲しい。そう思えた。
最も辛かったのはサンダーに負けた時だった。ケビン・デュラントはまだいい。彼は優秀なスコアラーだったし、トニー・アレンとのマッチアップはいつもわくわくした。しかし、シリーズの鍵を握っているのはデュラントではなくウェストブルックだった。ウェストブルックのプレイからは、ゲームメイクのゲの字も見えなかった。その代わり、野生の獣のような嗅覚があった。オフェンスで乗った時のプレイは皆さんもご存知の通りだが、苦手とされるディフェンスでも時折スーパープレイをやってのけた。私は、こんな無茶苦茶なバスケに負けるなんてとんでもないと思っていた。このまま優勝でもされた日には、この先グリズリーズは一体どうやって優勝すればいいというのだろうか。コンリーがいくら上手くなろうがウェストブルックにはなれない。ウェストブルックはウェストブルックなのだ。
凱旋試合は、思いの外一方的な内容に終始した。バスケが非常に上手いポールが、バスケがかなり上手いダニーロ・ガリナーリと組んだサンダーは、サンダーというよりストームのようだった昔が嘘のように正確なバスケを展開した。特に圧巻だったのはポールで、攻守共にロケッツの動きを読み通していた。いくらロケッツが古巣とは言え天晴れである。
一方、苦戦を強いられたロケッツは、得意のスリーポイントを沈めることができなかった。頼みのジェームズ・ハーデンも17点と不発。オフェンスでリズムを作るチームなだけに、厳しい展開となった。そんな中、この日もウェストブルックはウェストブルックだった。試合の流れ、味方の不調などどこ吹く風。得意のトランジションからリムを叩き壊すようなダンク、ハーフコートでも果敢なドライブ、自分より大きい選手にポストアップしての得点と暴れ回り、最終的には34点、5アシストを記録した。
試合後、ウェストブルックはサンダーのベンチに近寄り、元チームメイト達と旧交を温めた。メディア対応を批判されることが多いウェストブルックだが、この日は真摯な姿勢で会見に臨むと、球団やファンへの感謝を述べた。
美しい1日だった。
サンダーとウェストブルックの物語は、第1章を終えた。次回オクラホマシティに来るウェストブルックは、おらが街の元ヒーローではない。強豪ロケッツを引っ張るエースの1人である。ロケッツは現在ウエストの5位、サンダーは同7位につけている。シード争いもさることながら、シーズン後半の成績如何によっては、プレイオフで直接当たる可能性もある。果たして、この物語の第2章はどんな展開を見せるのだろうか。
そしてこの試合を見た私もまた、自分の感情が古き良き時代に一区切りつけていることに気づかされた。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。この言葉通り、私はこれまでウェストブルックを無視してきた。しかし、今なら認めることができる。私も心の奥底では、ウェストブルックが特別な選手だと知っていたのだ。駆けつけたファンの声援に、圧巻のパフォーマンスで応えたウェストブルックは偉大だった。それは決してこの日突然始まったことではない。これまでもずっと偉大だったのである。
得点王争いを独走するハーデンを中心としたチームに、ウェストブルックという武器を加えたロケッツ。ポールやガリナーリというバスケ巧者が、さながら教師のように若手を引っ張るサンダー。この2チームが、過去の栄光を忘れる位の素晴らしい時代を築いていくことをお祈りする。そして、ジャ・モラントとジャレン・ジャクソンJr.を顔としたグリズリーズもまた、新時代の良きライバルとしてそのお仲間に加えてもらえる日が来ることを、私は切に願っている。
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。
ウェストブルックらしさ溢れる凱旋試合
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