モア・ザン・アン・アスリート。レブロン・ジェームズが声を上げ続ける理由【宮地陽子コラム vol.4】
NBA Rakuten / 2020年6月25日 11時0分
歴代最高クラスの選手であるレブロンは、オフコートでの発言力も高い。彼が声を上げ続ける理由とは――。
コートの外から聞こえてくる選手たちの声
こんな6月になるとは、誰が思っただろうか。いつもなら6月はNBAファイナルの時期。1点、1秒を争うせめぎあいに人々は熱中し、王者と敗者の分ける1プレイに興奮していたはずだった。それが、今年の6月はアリーナからドリブルの音が消え、テレビに映る試合は、過去の試合の再放送や昔のハイライトシーンばかりだ。
いつもと違う6月。NBA選手たちは7月のシーズン再開のために準備を進める一方で、“ブラック・ライブズ・マター”(黒人の命を軽視するな、の意。以下BLM)運動に向き合っている。SNSを通して発信し、町に出て声をあげている選手も多い。6月19日、ジューンティーンス(奴隷制度が終わった記念日)には、八村塁も、ワシントン・ウィザーズのチームメイトや、同じ町のWNBAチーム、ワシントン・ミスティックスの選手たちと共に、ワシントンDCの町を行進している。
5月にミネソタで黒人男性、ジョージ・フロイドが警官に窒息死させられたことをきっかけに全米に広がったBLM運動は、6月に入っても途切れることなく、これまでにないぐらいの大きなうねりとなって続いている。NBA選手たちの多くも、その中心にいる。特にNBAの多数を占める黒人選手にとっては、BLMはごく身近な問題なのだ。
ファイナル前日、レブロンが語った人種差別の実情
それで思い出した光景がある。3年前のNBAファイナルが始まる前日、当時クリーブランド・キャバリアーズに所属していたレブロン・ジェームズは、ゴールデンステイト・ウォリアーズの練習場に設置された記者会見場の壇上にいた。NBAファイナル前日に行われる定例会見だ。レブロンにとっては8回目のNBAファイナルの戦いが始まろうとしていた。しかし、この日の会見で最初に聞かれた質問は、NBAファイナルの話でも、それどころか、バスケットボールの話でもなかった。
「あなたのロサンゼルスの家での事件についてコメントをもらえますか?」
レブロンは当時からオフシーズンを過ごすためにロサンゼルスに家を持っていたのだが、この日の朝、家の正門にペンキで人種差別的な落書きをされていたのだ。レブロンのような人気選手でも、人種差別は日常的に遭遇する問題だ。
選手によっては、こういった会見の場でバスケットボール以外の質問に答えることを断ることもある。デリケートな問題だけに、ノーコメントで通しても不思議ではなかった。
「黙ってドリブルだけしているわけにはいかない」
レブロンは、社会問題、特に黒人差別の問題について何年も前から自分の意見を発信してきた。単に自分が被害にあったときだけでない。たとえば、2012年にフロリダで丸腰の17才の黒人少年、トレイボン・マーティンが、自警団員に射殺されたときには、当時所属していたヒートのチームメイトたちとともに、抗議のためにフードをかぶった集合写真(射殺されたときにマーティン少年は黒のフードをかぶっていた)を撮影してツイッターに投稿した。まだ、今ほどNBA選手が社会問題について発言するのが当たり前ではなかった頃だったこともあって、インパクトは大きかった。
その後も、フォロワー数4600万人以上のツイッターや6700万人近いインスタグラムを通して訴え、メディアを通して発言し、社会問題、人種差別問題について積極的に発信している。
自分が発言するだけではない。ほかの選手たちが自分の言葉をストレートに伝えられるように、発信のためのプラットフォーム“アンインターラプテッド”(UNINTERRUPTED)を作り、選手たちが自分の意見を自由に語れるような雰囲気や場所を作り出してきた。この数年、以前に比べて多くのNBA選手たちが社会的な発言を積極的にするようになったのは、レブロンの存在、彼の影響力によるところが大きい。
コート上のライバルもレブロンの活動に賛同
そんなレブロンの発言や行動を、ほかのNBA選手たちが見ていないわけがない。彼の発言や行動に影響を受けて、自ら言葉を発し、行動するようになった選手も大勢いる。
たとえば2年前、ドレイモンド・グリーンに、オフコートでの活動面でレブロンからどんな影響を受けたかを聞いたことがある。グリーンとレブロンと言えば、コート上ではNBAファイナルでの激戦など、激しい争いを繰り広げるライバル同士として有名だが、オフコートでは、レブロンが設立したアンインターラプテッドにグリーンも出資するなど、協力しあうことが多い。
グリーンは言った。
「コート外では間違いなくレブロンを尊敬していて、彼がやることを見ている。彼はコート上でもコート外でもものすごく成功しているので、彼のやり方をブループリント(成功のための青写真)と呼ぶのは当然なこと。彼とよく話すし、彼がやることをよく研究して、できるだけ彼のやり方を盗むようにしている」
行動に移さなければ、変化を起こせない
レブロンが社会活動においてアスリートたちのリーダー的な存在なのは、単に発言力が大きいからだけではない。レブロンは不満や意見をSNSに投稿するだけでなく、その問題の原因をきちんと調べ、信頼するアドバイザーの意見も聞き、社会を変えるために自分がどんな活動をすれば有効なのかを考え、実際に行動に移しているのだ。
2年前には故郷オハイオ州アクロンにレブロン・ジェームズ・ファミリー基金によるサポートで公立の小学校“アイ・プロミス・スクール”を設立し、自分の子ども時代のように貧しい家庭、ひとり親の家庭の子どもでも教育を受けやすい環境を作っている。
今回もジョージ・フロイド殺害事件を受けて、6月上旬には黒人の投票を促進するための非営利団体“モア・ザン・ア・ボート”(More Than a Vote)を設立した。黒人の有権者に投票者登録を行い、11月の選挙日に投票することを呼びかけると共に、マイノリティにとって投票することの障害となっている問題を解決するための運動も実施するという。
この活動には、ここでもレブロンの背中を追うドレイモンド・グリーンをはじめ、トレイ・ヤングやユドニス・ハズレム、ジェイレン・ローズ、WNBAのスカイラ・ディギンズ、コメディアンのケビン・ハートらも参加することが発表されている。
レブロンは『ニューヨーク・タイムズ』紙の取材に答え、こう語っている。
「黒人のコミュニティを変えたいという人は大勢いる。ただ、実際に実行に移さなければ、そういう姿勢を貫かなければ、変化を起こすことはできないんだ」
「モハメッド・アリのような人たちに刺激を受けてきた。ビル・ラッセルやカリーム・アブドゥル・ジャバー、オスカー・ロバートソンのように、今よりずっと状況が悪い時代に立ち上がった人たちに刺激を受けてきた。将来、人々が、僕がバスケットボールにどう取り組んだかだけでなく、アフリカ系アメリカ人の人間として、人生にどう取り組んできたかということを認めてくれるようになればと思っている」
“モア・ザン・アン・アスリート”(More Than an Athlete)──アスリートにとどまらない存在。レブロン・ジェームズのドキュメンタリーのタイトルであり、彼の人生のモットーでもある。アスリートだからといってスポーツ以外の発言や行動を慎むべきという姿勢を否定し、アスリートであると同時に1人の人間として行動する。その信念のもと、レブロンはきょうも自分の言葉を発し、行動を起こすことで、足跡を残し、次世代に自分の背中を見せている。
宮地陽子:ロサンゼルス近郊在住のスポーツライター。『Number』、『NBA JAPAN』、『DUNK SHOOT』、『AKATSUKI FIVE plus+』など、日本の各メディアにNBAやバスケットボールの記事を寄稿している。NBAオールスターやアウォードのメディア投票に参加実績も。
しかし、このときのレブロンは、考えをまとめるように5秒ぐらい沈黙しただけで、その後は次から次へと思いが言葉となって流れ出てきた。
「最もすばらしいスポーツイベントのひとつ(NBAファイナル)が始まる前の日にこの場にいるのに、またも世間で起きているような、人種にかかわることが起きてしまった。それでも、自分のこの事件がきっかけで、(人種差別に関する)会話が続くのなら、それはそれでいいと思っている」
「この出来事は、人種差別が世界中、アメリカ中からなくなろうとしないということを表している。アメリカにおいて憎悪、特にアフリカ系アメリカ人に向けての憎悪は毎日、どこにでもある。ふだんは見えないところに隠されていて、実際に会えば笑顔を見せるけれど、顔を隠した状態ではそういったひどいことを口にする。それが日常だ」
「どれだけ金持ちだろうと、どれだけ有名だろうと、どれだけ多くの人から敬われようと、アメリカで黒人であるということは、厳しいことだ。社会の一員として、アフリカ系アメリカ人として、アメリカで平等だと感じられるまで、まだ道は遠い」
アスリートが発言することに対して、批判する声もあった。レブロンがドナルド・トランプ大統領を批判したのを受けて、トランプ派のフォックスニュースの女性キャスターから、「黙ってドリブルだけしてしればいい」と批判されたことがあった。このときも、レブロンは自らの言葉できっぱり反論した。
「黙ってドリブルだけしているわけにはいかない。この社会にとって、若者たちにとって、出口がないと感じている子どもたちにとって、僕が声をあげることはとても大事なんだ」
この言葉からは、次世代の子どもたちのために社会を変えようとするリーダーの覚悟が感じられた。
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