ビンス・カーターへ、グリズリーズファンからの祝辞【大柴壮平コラム vol.40】
NBA Rakuten / 2020年7月4日 10時0分
カーターがグリズリーズで過ごした日々を振り返る
2020年6月25日、ビンス・カーターが引退を発表した。22シーズンにわたる彼のキャリアの中で、皆さんが最も好きなのはどの時期だろうか? グリズリーズ贔屓の私の答えは、もちろんビールストリート・ブルーを着て戦った3シーズンだ。引退を記念して、今週はビンスがグリズリーズの一員として過ごした日々を振り返ってみようと思う。
シュート力を買われてのグリズリーズ移籍
ビンスがメンフィスにやってきたのは、2014年のオフのことである。当時のグリズリーズはインサイドを中心とした肉弾戦を武器に、ウェストの強豪としての地位を確立していた。2013年には球団史上初のカンファレンス・ファイナル出場を果たしたが、サンアントニオ・スパーズにスイープで敗れた。外角のシュート力不足を克服して、さらなる結果を残したい。そこで白羽の矢が立ったのがビンスだった。
ビンスはダラス・マーベリックスにいた2013-14シーズン、ベンチから出場した選手としては最多となる146本のスリーポイントを沈めていた。さらにプレイオフでも、ブザービーターのスリーポイントを沈めてマブスに1勝をもたらすなど活躍したが、そんなビンスがFAに不人気のメンフィスに来たのには理由があった。当時37歳の老兵に複数年契約を提示するチームがグリズリーズしかなかったのだ。
需給が一致しての契約となったわけだが、ビンスの移籍初年度は物足りない成績に終わってしまう。スペーシングに優れたマブスと違い、ザック・ランドルフとマルク・ガソルというビッグマン2人を併用する上にトニー・アレンというノンシューターを抱えたグリズリーズには、シューターのためのスペースが少なかった。さらに2015年1月29日のデンバー・ナゲッツ戦でアキレス腱を痛め、ビンスは1ヶ月以上の離脱を余儀なくされた。
グリズリーズは55勝27敗という好成績を上げてプレイオフに進んだが、この年王者に輝くことになるゴールデンステイト・ウォリアーズにカンファレンス・セミファイナルで敗退してしまう。そんな中、ビンス個人はレギュラーシーズンより得点、リバウンドの成績を上げるなど奮闘。ベテランの頼もしさを見せてくれた。合格点とは言わないまでも、翌年に期待が持てる。そんな印象の初年度となった。
解体していくグリズリーズの中で輝いたビンス
2年目の2015-16シーズン、グリズリーズは怪我の連鎖に襲われた。このシーズン、グリズリーズは計28選手と契約。1シーズンにおける契約選手数でNBA記録を更新するという有り様だった。なんとか42勝を挙げてプレイオフに滑り込むも、ファーストラウンドで宿敵スパーズの前にスイープで敗れた。ビンス個人は前年の不調を乗り越え平均6.6点、スリーポイント成功率34.9%を記録すると、プレイオフではスターターに昇格。平均11.3点という大活躍を見せた。
ビンスに訪れた2つの特別な瞬間
初年度の不調から立ち直り、最後はチームに欠かせない存在となったビンスだが、実はグリズリーズ時代、プレイ以外の面で2つの特別な瞬間を経験している。1つは2014年、トロントでのアウェイゲームで、ラプターズからトリビュート映像を贈られたことだ。ラプターズ在籍当時、ビンスはチームを初のプレイオフ出場に導きカナダの英雄となった。しかし、その後チームの補強に不満を持つとトレードを要求。要求が通るまで無気力プレイを続けるという強硬手段に訴えたことで、英雄一転嫌われ者になってしまう。
以来ビンスは、かつて大歓声を浴びたエア・カナダ・センター(2018年7月からはスコシアバンク・アリーナに改称)に帰るたびに観客席からブーイングを受けていた。このトリビュート映像は、創立20周年を記念したトロント・ラプターズからビンスへの、恩赦の証だったのだ。映像放映終了後、詰めかけたラプターズファンはスタンディングオベーションでビンスを讃えた。それに応えて立ち上がったビンスの目からは涙が溢れていた。
真面目な男だって時にはしくじることもある
3年間ビンスを見て私が受けた印象は「真面目な人」というものだった。40歳にしてパフォーマンスを上げるのは、並大抵のことではない。日に影に努力しているのだろうと思ってはいたが、はたしてチーム練習が始まる何時間も前にジムに行き、ウォームアップに励んでいるという記事を読んだ。コート外では、グリズリーズが支援している恵まれない子供たちの進学を助けるプレップ・スクールのアンバサダーに就任し、子供たちの前で話をしたり、金銭面でも援助した。
若い頃のビンスは、毀誉褒貶相半ばしていた。派手なダンクとスタイリッシュなプレイで多くのファンを魅了した一方で、前述の無気力プレイやプレイオフ中にチームを離脱しての卒業式出席など身勝手に映る行動も多く、大勢のアンチも作った。22年も経てば人間変わることもあるだろうが、人でなしが真面目に生まれ変わったとは信じがたい。私は、ビンスが22年前も真面目な男だったろうと想像する。
真面目な男だって時にはしくじることもある。むしろ若い頃は真面目さをコントロールできずに失敗する人が存外多いものだ。自分は努力しているのになぜチームは報いてくれない、と若きビンスは思っただろう。人生にはバスケットボールよりも大切なことがあり、卒業式はその1つである。そう考えたのかも知れない。
そんな真面目で不器用だった男が、転んでは起き上がって22年にわたる長きキャリアを築き、最後は称賛と祝福の中で引退した。ひょっとしたらビンスは、永遠と語り継がれるであろうダンクコンテストやシドニーオリンピックよりも、22年間プレイし続けたことを誇りに思っているのではないだろうか。もしそうだとすれば、キャリア晩年の3シーズンを応援した者にとってファン冥利に尽きるというものである。
ビンス、引退おめでとう。メディアでの活躍も楽しみにしています。
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。
最後の2016-17シーズンは、グリズリーズファンにとっては思い出深いシーズンである。コア4と呼ばれたトニー・アレン、ザック・ランドルフ、マイク・コンリー、マルク・ガソルが揃ってプレイした最後のシーズンとなったからだ。この年はコンリーが平均20.5点、6.3アシストと躍動。前年と同じ顔合わせとなったプレイオフでも、コンリーは平均24.7点、7.0アシストと獅子奮迅の働きを見せたが、残念ながら2年連続ファーストラウンド敗退となった。
ビンスがいた3シーズン、「グリット・アンド・グラインド(歯を食いしばりながら日々懸命に)」を標榜したグリズリーズは徐々に解体へと向かっていったわけだが、一方で、入団時年齢を心配されていたビンスは、年を追うごとに成績を上げていった。シーズン途中に40歳の誕生日を迎えた3シーズン目は、平均8.0点を記録。スリーポイントは37.8%という高確率だった。圧巻だったのは3月13日のミルウォーキー・バックス戦で、この日ビンスはスリーポイント6本を含む8本のフィールドゴールを全て沈め、グリズリーズでの最高得点となる24点を叩き出した。
プレイオフでも引き続きスターターを務めたビンスは、平均9.3得点を記録。平均得点は3シーズン連続でレギュラーシーズンを上回った。特に4戦目はスリーポイント3本を沈め13得点を奪い、チームに貴重な1勝に貢献。この日の勝利が、現在のところプレイオフにおけるグリズリーズ最後の勝利となっている。
そしてもう1つ見逃せないのが、2015年に怪我で離脱していた時期にフォックス・スポーツ・サウスでゲスト解説デビューを飾ったことである。『ダブドリ』vol.5でグリズリーズ実況のピート・プラニカにインタビューした際、そのときのエピソードを教えてくれた。ビンスは元々メディアの仕事に興味があり、彼の希望でゲスト解説として出演することになった。本来は第2クオーターのみの出演予定だったが、ハーフタイムに「第3クオーターもやってもいい?」とビンスに頼まれ、ピートはもちろん喜んで了承。以来、数回共に放送席に座った。
その後ビンスは、現役ながらにメディアでの活動を増やしていくことになる。近年はRingerのポッドキャストに番組を持ち、ESPNの「The Jump」やTNTの「Inside The NBA」にもたびたび出演、サマーリーグでは解説も務めた。最後の2年をターナーの本拠地アトランタで過ごしたのも、彼の未来を示唆しているように見える。近い将来メディアでも人気者になるだろうビンスのデビューがグリズリーズの放送席だったのは、光栄なことである。
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