育成型クラブが求める選手の基準は? 将来性ある子供達を集め、プロに育て上げる大宮アカデミーの育成方法
REAL SPORTS / 2024年4月16日 2時26分
Omiya Ardija's Rion Ichihara during the 2024 J3 League match between Omiya Ardija 1-0 FC Osaka at NACK5 Stadium Omiya in Saitama, Japan, April 6, 2024. (Photo by AFLO)
高校生年代の最高峰リーグである高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグでの戦いが6年目を迎えた大宮アルディージャU18。これまで大宮は多くのアカデミー出身選手がトップチームに昇格し、主力としてチームを支えてきた。大宮はどのような基準で将来性のある子どもたちを集め、プロとして通用する選手に育て上げているのだろう。大宮アルディージャアカデミーの金川幸司ヘッドオブコーチング、そして今季J3を戦うトップチームの長澤徹監督への取材を通して見えてきたものとは?
(インタビュー・構成=佐藤亮太、写真=アフロ)
J3で戦う大宮アルディージャを支えるアカデミー出身選手
本稿の取材のきっかけはある選手の活躍だった。大宮アルディージャDF市原吏音、18歳。大宮アルディージャジュニア、大宮アルディージャU15、大宮アルディージャU18を経て、今年トップ昇格を果たした、たたき上げのアカデミー出身選手だ。
各カテゴリーの日本代表に選出される市原は昨季、大宮U18に所属しながら、J2で17試合に出場。今年1月にはAFC アジアカップカタール2023のトレーニングパートナーに選出された。J3で戦う今シーズン、背番号を4に変更。名実とも主力への一歩を踏み出した。
以前から大宮はアカデミー出身選手がトップ昇格し、主力となるケースが多い。
昨年10月には奥抜侃志(現1.FCニュルンベルク)がアカデミー出身選手として初めて日本代表にも選出されている。
トップチームを支える下部組織。大宮のアカデミーはどのような選手を求め、育てようとしているのか。
2022年からアカデミーを統括するヘッドオブコーチング(兼ヘッドオブスカウト)を務める金川幸司氏(以下・金川HOC)に話を聞いた。
幹になる部分が各カテゴリーで共有されていることが重要
――昨シーズンにデビューした市原吏音選手が今季、守備陣の主力となっています。これまで大宮は小野雅史選手(名古屋グランパス)、黒川淳史選手(現水戸ホーリーホック)、柴山昌也選手(現セレッソ大阪)など、ポジションが前めの選手が主力としてトップチームで活躍している印象でした。
金川:髙山和真(現大宮普及担当コーチ)、浦上仁騎、現在大学に在籍する選手などセンターバックがいなかったわけではないですが、(市原)吏音ほどのインパクトは初めてかもしれません。吏音に限らず、大宮には選手に求めるキーワードがあります。メンタリティーとして謙虚さ。ハードワークできるかどうか。戦術的に適応できるかどうか。これらを求めています。
アカデミーが掲げるサッカースタイルを踏まえ、そうした資質を持った選手を集めることで実現できるように目指しています。例えば、うまいけどあまり走らない。ポジションにもよりますが「自分が一番」と思い、周りと協力しない選手ではなく、組織的なプレーができるか。どういう意図を持って相手を崩し、意図的にボールを奪えるか。これらができることが前提にあります。
加えて個人の特徴があります。例えば、吏音ならヘディングの強さ、読み・予測の良さ、技術的な面はセンターバックとしては悪くないものがあります。前提として、どう組織としてつながってプレーできるか。それができる選手を求めています。
――個人と組織とのバランスのとり方は非常に難しさがあると思います。
金川:大宮のフィロソフィー(哲学)の特徴として、「攻守でイニシアティブ(主導権)を握ろう」というものがあり、攻撃ではボールを保持しながら、意図的に崩すことを意識しています。守備では相手につられずに、ボール中心にポジションを取りながら、組織的に守っていきます。そこをベースにしたうえで、選手の個性が乗るイメージです。そうしたベースがないと、何をしたらいいのかわからず、ピッチ上で迷子になり、目的を見失ってしまいます。
サッカーは判断のスポーツ。チーム、個人としてどうすべきか、1秒単位で求められます。そのときに後ろ盾になるもの、立ち返れるもの、幹になる部分が各カテゴリーで共有されていることが重要です。例えば、中1のときに言われた指示が中2、中3で違ったりすることがないようにするのが特徴です。なので、中2の選手が中3のチームの試合に出場しても違和感なく入れますし、小学生の選手を中1のチームに入れたことがありましたが、それでも違和感なく入れました。サッカーのスタイルやフィロソフィー自体が明確なので迷いは生まれません。トップチームにも通ずる話ですが、アカデミー出身選手で共有した、トレーニングに裏打ちされた「あ・うんの呼吸」があります。
なぜ大宮U18 は最高峰プレミアリーグで戦い続けられるのか?
――伸びる選手の共通項はありますか?
金川:他人の話を聞ける選手、考えられる選手というものが挙げられます。選手を見ていていつも感じるのは、どんな選手でも必ず壁にぶつかりますが、そのときにどのように振舞えるかがその後を左右します。自分の力だけで、あるいは自分を客観視しないで、向かうべき方向に行けるかといえば、難しいです。自分のことは自分ではなかなかわかりません。そのときに、コーチやスタッフの客観的な意見を受け入れるかどうか。
そのうえで、考える、咀嚼する。僕はよく「編み出す」という言葉を使いますが、自分で編み出せると、次の段階に進め、自分の経験・教訓となります。ただ言われたことをやるだけでは編み出すということになりません。受け取った情報を咀嚼して、必要な情報とそうではない情報を取捨選択でき、自分にとって良い方法を見つけて、実行する選手は伸びる感じがします。
――大宮U18は高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグでの戦いが6年目になります。一昨年プレミアリーグEAST・2位だった横浜F・マリノスユースがプリンスリーグに降格するなど、難しいリーグだと思います。改めて、なぜ大宮U18 はプレミアリーグで戦い続けられるのでしょうか?
金川:そこには各カテゴリーの努力があります。これまでの6年間は、その6年間だけのものではありません。過去の十数年間(の指導・活動)が今に生きていることは間違いなくあります。アカデミーが発展するなかで、どのような選手を獲得するのかに始まり、どう指導して育てるのかを長年、多くの方が関わってきた結果にあります。具体的に言えば、中学生のときから続けてきたサッカーがそのまま質や精度や強度が高くなってきます。そのことでやるべきサッカーが成熟していることがあります。
また、ほかのクラブやチームはわかりませんが、大宮には寮があって、サッカーに集中できる環境にあります。毎年、プレミアリーグ終盤にかけて、チームとしてまとまっていく傾向にあり、チームとしても個人としてもグッと成長していますし、サッカーに集中したことで結果と成果が出ていると感じます。それはここ数年、残り3試合は負けていないことにも表れています。サッカーに向き合えている、集中の濃さ、度合いはもしかしたら高いのかもしれません。高校生ですと、どうしても外に遊びに行きたい気持ちは出ると思います。それでも「今はサッカーに集中しよう」と考えられるかどうか。プロを目指すなら、何かを犠牲にしなければなりませんから。
――たしかに高校生ですし、サッカーに集中できる環境とはいえ、気持ちが散漫になることもあると思います。そうした選手の気持ちの変化というものに気づくのも大事だと思います。
金川:選手は寮に住んでいるので食事や筋トレを一緒に行います。そのなかで感じる機微を多くのスタッフで見ることができます。そのことが強みです。選手としては、放っておかれるのが一番つらいと感じます。「調子上がったんじゃないの?」といったちょっとした一言で選手は違ってきます。その小さなコンタクトの積み重ねがあると思います。
U18 で戦えなければ、トップ昇格はありませんが…
――今年のプレミアリーグEASTの顔ぶれを見ると、12チーム中、クラブユースは大宮U18をはじめ鹿島アントラーズユース、柏レイソルU-18、FC東京U-18、横浜FCユース、川崎フロンターレU-18の6チーム。一方、高校は青森山田高校、尚志高校、前橋育英高校、昌平高校、市立船橋高校、流経大柏高校の6チームと勢力図としては拮抗しています。以前、他クラブのアカデミー担当者に聞きましたが、環境面も含め、ライバルは周辺地域にある強豪高校であるとも話していました。
金川:同じリーグで対戦してきた青森山田さんや尚志さん、前橋育英さんとどのように戦うかはアカデミーとしての基準となっています。大宮U18として(そういった相手と)戦えるようにジュニアユースから育てています。最終的にはトップチームに昇格するのが目標ですが、選手をU15からU18 に上げるときも、「果たして(U18 で)戦えるのか」を考えます。もちろんU18で戦えなければ、トップ昇格はありませんが、そのレベルで切磋琢磨し、勝ち負けを経験することで選手のさらなる成長につながります。
昨年、プレミアリーグEASTをなんとか残留できましたが(12チーム中9位)、1年間では選手のケガやコンディション、勝ったり負けたりの波があります。長く苦しいシーズンでも諦めなかったり、必死にトレーニングに取り組むなかで成長しています。強豪高校は人数が多くいますので、誰かがケガをしても替わりになる選手はいますが、(クラブユースは)人数が少ない分、影響は大きく出ます。そこが少数精鋭で1年間リーグを戦ううえでつらいところになります。
毎年、1年を通して選手に働きかける部分では、全員で底上げしていくことで全体のレベルを上げて、トップに昇格する選手に押し上げていくのが理想です。みんな同じ意識でやっている分、戦い方やメンタル面でもまとめやすい面はあります。
若い選手が何かを得るうえでJ3は有意義なリーグ
金川HOCのインタビューから約2週間後の4月11日。J3第8節が行われ、大宮はY.S.C.C.横浜とアウェイで対戦。大宮は前半22分の杉本健勇のゴールが決勝点となり、1‐0で完封勝利。今季初のアウェイ勝利をおさめ、6勝2分の無敗での勝点20となり、1試合未消化ながら単独首位を守った。
この試合のメンバー表を見ると、大宮は帯同18選手中、アカデミー出身選手は半分の8選手。ちなみにスタメンではDF村上陽介、DF浦上仁騎 MF小島幹敏。ベンチスタートとなったDF市原吏音、MF石川俊輝の2人が途中起用された。
アカデミー出身選手、特に経験年数が少ない選手が多く起用される傾向が3月13日に行われたJリーグYBCルヴァンカップ・1stラウンド第1回戦のFC岐阜戦(2-1)を境に強まった印象がある。
この傾向はケガ人などチーム事情でやむを得ない編成なのか、それともあえて若手選手を起用しているのか。加えて、アカデミーについて、J3で戦う意義について、YS横浜戦後の会見で大宮・長澤徹監督に尋ねた。
「 (メンバー編成は)勝利から逆算したときに必要だと考え、控え選手も含めてチョイスしました。大宮のアカデミーは本当に素晴らしく、丁寧な指導が行われています。
それでも、やはりプロとアマチュアには明確な区分けはあります。アマチュアは選手の成長や『みんなで頑張る』といったものが重視されるべきです。一方、プロは勝負が先にくる、そこが違いです。プロフェッショナルとして契約したとき、私は『勝負とは何か?』を今の選手たちに、はっきり突きつけています。90分のなかでその一瞬ですべてが終わってしまう世界に来て、「次があるからいいよ」ではなく、入場料収入を含めて、お客さんから自分たちのサラリーが発生する責任のなかでプレーする重さを背負ってプレーすることはどういうことかを、ごまかさずに突きつけています。
でも、若いということは順応性があるので、責任を背負いながらも、選手はやってくれています。筋トレに例えるならば、最初はベンチプレスでいきなり重いものを持たされている感覚だと思います。でもやっていくうちにだんだん慣れて、持ち上げられるようになるのと同じで、徐々にやれてきています。だからもっと厳しい状況に立たされたとき、さらに成長できると思います。
実はYS横浜さんは、今日は中2日での試合でした。J3における中2日、中3日の厳しい日程はどのチームも経験していますし、必死に戦う選手たちがそろっているリーグです。私も2019年にFC東京U-23でJ3を戦いましたが、本当にこのリーグはすごいと感じました。若い選手が厳しい試合を戦い、何かを得るうえで、有意義なリーグです。とはいえ、今の大宮としては(J3を)突き抜けていくと決意しています」
大きな役割、アカデミーの存在
金川HOCと長澤監督のインタビューからはトップチームとアカデミーが地続きであり、かつ、選手やフィロソフィーが成長を遂げながら受け渡されていることが感じられる。
アカデミー出身選手、特に経験の浅い若手がJ3でもまれ、今後、主力として、クラブ全体の幹となって、J2、J1へ駆け上がっていく。
その大きな役割がアカデミーの存在。
大型補強ばかりに頼らず、自前の選手でチームの強化をさらに押し進め、戦績をあげていく。
その転換期が2024シーズンだったと数年後、思い出すことだろう。
<了>
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