なぜ横浜F・マリノスは「10人でも強い」のか? ACL決勝進出を手繰り寄せた、豊富な経験値と一体感
REAL SPORTS / 2024年4月26日 7時25分
Soccer Football - Asian Champions League - Semi Final - Second Leg - Yokohama F Marinos v Ulsan Hyundai - Nissan Stadium, Yokohama, Japan - April 24, 2024 Yokohama F Marinos' Anderson Lopes and teammates celebrate winning the penalty shootout to qualify for the finals REUTERS/Issei Kato
準決勝で韓国の蔚山現代を撃破し、見事AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝進出を決めた横浜F・マリノス。4月24日に行われた準決勝の第2戦は、雨が降りしきる中、PK戦までもつれ込む激闘となった。40分に退場者を出して数的不利となり、42本のシュートを浴びながらも、10人でも破綻を起こさない粘り強い戦いと、PKストップも含めたポープ・ウィリアムの好守もあり、見事勝利を収めた。この試合をスタンドから見守ったキャプテンの喜田拓也と小池龍太の言葉とともに激戦を振り返り、マリノスがACL決勝進出を成し得た勝負強さの理由に迫る。
(文・本文写真=舩木渉、トップ写真=ロイター/アフロ)
スタジアムにこだました大歓声「これは絶対プレッシャーになる」
横浜F・マリノスのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝進出を信じるファン・サポーターは最後の最後までトリコロールの戦士たちに大声援を送り続けた。
「ポープ(ウィリアム)が守る時にこっちから僕が見ていたゴール裏の雰囲気が鳥肌立つくらいめちゃくちゃよかったので、『これは絶対にプレッシャーになるな』と思ったので、とにかくみんなに『頼む! 一緒に戦ってくれ!』と感じてもらえるようにやりました」
PK戦でマリノスの2番手を託された水沼宏太は、無事にPKを成功させるとファン・サポーターが陣取るゴール裏に向かって渾身のガッツポーズ。声援の音量は一気に上がり、日産スタジアムに大歓声がこだました。
第1戦を0-1で落として迎えたホームでのACL準決勝第2戦はドラマチックな展開となった。マリノスは30分までに3点を奪って2戦合計スコアで逆転するも、直後に1点を返され、40分には上島拓巳が一発退場に。それでも10人で延長後半まで蔚山現代の猛攻を凌ぎ切り、PK戦に持ち込んだ。
苦しくても踏ん張れたのは、ファン・サポーターが生み出したエネルギーのおかげと言っても過言ではないだろう。日産スタジアムに集まった観客は1万6098人だったが、マリノスのファン・サポーターの声援は4万人級……いや、6万人を超えているのではないかと錯覚するほどの圧倒的な熱を帯びていた。
PK戦ではアンデルソン・ロペス、水沼、松原健、天野純と4人目まで順調にゴールネットを撃ち抜いていく。その後、ポープ・ウィリアムが蔚山現代の5人目だったキム・ミヌのPKを止め、後攻のマリノスは5人目のエドゥアルドも見事に成功。クラブ史上初のACL決勝進出が決まった瞬間、選手たちは一目散にゴール裏のファン・サポーターの元へと駆けていった。
数的不利を感じさせない、急造でも破綻を起こさない意思統一
10人になったマリノスは強い。
これはもはや定説となりつつある。仲間たちの戦いぶりをスタンドから見守ったキャプテンの喜田拓也は「いいんだか悪いんだかわからないですけど」と苦笑しつつ、「経験値というか、チームの声かけも『こういうのを乗り越えてきたから!』という感じで、自信が備わっているなというのはあった」と明かす。
そもそもACL決勝トーナメントの全ラウンドで退場者を出しながら、決勝進出を果たしたクラブは過去にあるのだろうか。今大会のマリノスはバンコク・ユナイテッドと対戦したラウンド16第1戦の終盤に松原健が一発退場、山東泰山との準々決勝第2戦では後半開始直後に永戸勝也が累積警告で退場となり、今回の準決勝第2戦でも上島が退場処分を受けている。だが、どの試合も負けてはいない。
ゆえにピッチ上の選手たちもスタンドから見守るメンバー外の選手たちも、そしてハリー・キューウェル監督らスタッフも、センターバックの一発退場にまったく動じることはなかった。喜田はハーフタイムにロッカールームまで降りて後半以降の戦い方について自分の意見をチームメイトや監督たちに伝え、ピッチ上の考えと擦り合わせたというが、そこで齟齬(そご)が起きることもなかった。
マリノスは10人になった次のプレーからシステムを4-3-2に変える。右サイドバックだった松原健をセンターバックにスライドさせ、アンカーの榊原彗悟を右サイドバックに配置。選手交代で新たなセンターバックを入れることなく、前半を乗り切った。
すでにリーグ戦で4-3-2の戦いを経験しているとはいえ、一瞬で配置転換とプラン変更、それぞれの役割を共有し、急造でもまったく破綻を起こさないレベルまで意思統一を図ることができるのは驚異的と言っていい。1人減っても、残った一人ひとりが2人分走り、戦うことでカバーする。近年のマリノスは10人になっても数的不利を感じさせないパフォーマンスを見せる。
とはいえ、蔚山現代戦ではどうしても相手のサイドバックがフリーになってしまったため、中盤3枚の左右スライドが追いつかなくなり始めたら、交代で新たな選手を投入した。その選手たちも本来のポジションではない役割を忠実にこなし、全体の足が止まり始めたら4-4-1にシフト。これも非常にスムーズで、蔚山現代はマリノスのシステム変更にしばらく気づかないままプレーしているように見えた。
延長戦もじっくり耐えて、PK戦突入が見えてきた最終盤には山根陸をディフェンスラインに落として5-3-1に。マリノスは蔚山現代から40本以上のシュートを浴びながら、上島の退場時に与えたPKを決められたのを最後に1点も奪われていない。120分間だけで言えば、そのうち80分以上が10人対11人の数的不利だったにもかかわらず3-2で勝っていたのである。
これまでの教訓がすごく生きたゲーム
「非常にタフな戦いにはなりましたけど、これまでの教訓もすごく生きたゲームだったのかなと。10人になるのももちろんそうですし、ああいうタフな相手に対して『ただの負け』にしないことで、今までの痛みは無駄じゃなかったなというのを感じられた一戦になった。これまでの苦しみというのは、ひたむきにやり続ければ身になるなと感じました」(喜田)
まるでピッチにいたかのように語る喜田は、先に述べたようにメンバー外だった。でも「何ならピッチにいる時より一喜一憂します。上(スタンド)でめっちゃ叫んでいますよ」と笑う。
10人でも勇敢に戦えるのは、ピッチに立っていようとメンバーから外れていようと、全員が同じ気持ちを共有して戦えているという自信があるからだ。チームの誰からも信頼されるキャプテンは「みんなチャンスになったら立ち上がるし、ピンチを防げばみんなで称え合って。そういう素晴らしい雰囲気がある」と胸を張る。
喜田と同じくメンバー外となりスタンドから試合を見ていた小池龍太も「難しい状況というのは10人であっても11人であっても変わらなくて、相手のほうがプレッシャーはあったんじゃないかと感じていて。その中で自分たちがやるべきことをやった結果、ああいう勝利につながったと思います。拓巳が退場してからも彼を一切見捨てることなく、支える人、支えられる人というクラブの一体感が出たんじゃないかと思います」と、マリノスの団結の強さを誇った。
ACL決勝進出を支えた「一体感」
退場者を出しながらもACL決勝進出を果たせた要因は、「10人でも強い」だけではない。1シーズンかけて一つひとつ勝ちを積み重ねていかなければならない長丁場の大会を勝ち抜けている要因は、彼らが培ってきた一体感にもある。
特に今大会は多くの選手たちが経験してきたこれまでのACLとは違った。マリノスが出場した過去2度のACLはコロナ禍の影響を受けた特殊なレギュレーションだった。前年のJリーグ王者として挑んだ2020年大会はグループステージ初戦のみホームで開催できたが、直後に新型コロナウイルスのパンデミックが始まり、残りの試合はシーズン終了後にカタールで行われることに。クラブ史上初の決勝トーナメント進出を果たすも、最終成績はラウンド16敗退だった。
2022年大会もコロナ禍を抜け出せておらず、グループステージはベトナムでの集中開催に(1会場だったのになぜか同じ相手と2度対戦し、中2日の6連戦と過酷な日程だった)。東地区の決勝トーナメントは日本開催だったが、ホーム&アウェイではなくワンマッチとなり、マリノスはラウンド16でヴィッセル神戸に敗れた。
こうした“変なACL”ばかりだったので、逆にグループステージからホーム&アウェイの試合が続く通常のレギュレーションでの経験値が少ない。リーグ戦をこなしながら、並行してACLも戦う厳しさを乗り越えられるかでチームの総合力が問われていた。
しかも、今大会から秋春制になったことでシーズンをまたぐ。マリノスに関しては監督交代や選手の入れ替わりもあった中で、初めて決勝まで辿り着いたのである。この偉業を成し遂げるには、やはり一体感が欠かせなかった。
「ピッチで戦っている選手がすべてじゃない」
柏レイソル時代の2018年に通常レギュレーションのACLに出場した経験を持つ小池は、昨年3月から約1年にわたって右ひざの大ケガで離脱を強いられていた。そのリハビリ中もチームの一体感醸成のために手を尽くした。
2017年にJ1で4位だった柏はACLとリーグ戦の両立に失敗し、2018年は前者でグループステージ敗退、後者でJ2降格という苦渋を味わった。2度の監督交代がチームの混迷を物語っていたと言えよう。その経験があったからこそ、小池は動いた。
「柏の時にACLとJリーグを戦って、シーズンがなかなかうまくいかなかったのを経験していて、その時の雰囲気や流れは今でも覚えています。その状況をなるべく作らないように、いろいろな選手に声をかけて、ピッチで戦っている選手がすべてじゃないというのは常々意識していて。それがみんなで取り組めている一つの要因になればいいかなと思っています」(小池)
新たにマリノスに加入した選手たちにチーム内の哲学や基準をどのように植えつけ、輪に取り込んでいくか。喜田も「そこが一番パワーを使ってきたところ」と明かす。どんな立場であろうと、一人ひとりがやるべきことを徹底してやり続けたからこそ、東アジアNo.1まで到達できたのだ。
「人が入れ替わったことで大切にしてきたものが薄れてしまっては何も意味はないし、何より自分はこのチームを本物にしたくて、ずっと長い時間をかけて地道に地道に、いろいろなところにタネを撒いてやってきたつもりでいます。別にそれをわかってほしいとは思わないですけど、(ACL決勝進出は)みんながそれぞれの立場や状況で頑張ってきた証だし、さまざまな条件、環境、状況がある中でも乗り越え続けているチームのタフさというのは、口で言うのは簡単ですけど、言葉よりも難しいものなので。
その継続やパワーアップしていくこと、勝ち続けるというのは、いろいろなことが変わっていくチーム、この世界では本当に難しいことで、マリノスだからできている部分も大いにある。それをこれからも続ける、またはよりパワーアップしていくことは、勝ち続けていくにおいて大事になってくると思います」(喜田)
喜田を中心に作り上げた「チーム力を引き上げる特別なもの」
ACLの難しさを熟知する小池は、1年をかけて決勝に進めたことでチーム力の高まり、組織としての成長を実感している。「言ってしまえば集中開催の時はACLに集中できたという利点があったし、全員で(遠征に)行くことができて一体感も生まれていたというのはあります。JリーグとACLを共に戦い、(遠征に)行く人と行かない人が出てくる。その中でも一体感を自分たちの中で作りながらチームで底上げをしていく、自分のポジションを勝ち取っていくという流れが今は本当にいい相乗効果になっていて、自分たちにとって理想の流れになっているんじゃないか」と指摘する背番号13は、こう続ける。
「それはこのクラブの魅力で、キー坊(喜田)が作り上げたと言っても過言ではない。全員がつないで、試合に出ている11人がそれを感じて、出ていない支える人たちがそれを見守るというのは、すごく特別な瞬間で、決勝も意味のある90分間、さらに180分間プラスアルファになるんじゃないかと思っています」(小池)
喜田を中心に作り上げてきた極上の一体感は、チーム力を何倍にも引き上げる特別なもの。約2週間後のACL決勝に向けて、それはさらに磨かれ、より大きなマリノスの原動力になってくれるはずだ。
小池は「自分たちは『優勝するためのチーム』だと思っている」と自信に満ちている。まだ誰が決勝のピッチに立てるかわからず、競争もある。それでも「どんな状況でも試合に出られるメンバーは決まっていて、その11人に勝つための自信を持ってもらうために、出られないメンバーが支えるべき」とも。ピッチに立つのは11人だけではない。準決勝第2戦でメンバー外となりスタンド観戦していた選手たちも全員が一体となって戦ったように、決勝も選手、スタッフ、そしてファン・サポーターが一丸となってUAEの強豪アル・アインに立ち向かっていく。
たくさんの人々の思いがつながったACL制覇に向けた航海
思い返してみれば、今回のACLは本当にいろいろなことがあった。そもそもホームで行われたグループステージ初戦で仁川ユナイテッドに敗れたところからすべてが始まっている。グループステージ第3戦でゴールを挙げた杉本健勇やスーパーセーブ連発で何度もチームを救った一森純など、昨年まで在籍していた選手たちの貢献も忘れてはならない。ケヴィン・マスカット前監督が残してくれた決勝トーナメントへの挑戦権があったから、マリノスは決勝の舞台に立てる。たくさんの人々の思いがつながっているからこそ、なんとしてもアジアの頂点に立ちたい。
「昨年でこのチームを去ってしまった選手も関わってくれた長丁場の大会。異国の地に行って、タフな日程や環境も、すべてを乗り越えてファイナルへの切符をつかむことができました。全員が関わっているということに誇りを持ってやってきたからこそ、歴史を変え続ける戦いは本当に最高だなと。
ただ、まだその先の景色があると思うと何も満足できることはない。このクラブにどれだけの人が関わって、どれだけその景色を望んでいるかは、僕自身は長い年月をかけて見てきたので、その思いは理解しているつもりですし、みんなで人生を懸けてタイトルを奪いたいと思っています」(喜田)
キャプテンは迷いなく王座への航路へ舵を切った。決戦まで2週間。誰一人取り残さず、帆を上げて果敢に突き進むのみだ。獲るぞ。アジアの頂点を。トリコロールの勇者たちよ、みんなで一緒に最高の場所へ。
<了>
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