女王・スペインとの「1点差」に見えた現在地。アクシデント続きのなでしこジャパンはブラジル戦にどう勝機を見出す?
REAL SPORTS / 2024年7月28日 3時4分
パリ五輪開会式前日の25日に、ナントで行われた女子サッカー初戦。なでしこジャパンは世界ランキング1位のスペインと対戦し、1-2の逆転負けを喫したが、王者を苦しめた前半の45分間に、ワールドカップからの進化の軌跡を示した。絶対的な主力の清水梨紗が初戦で負傷によりチームを離れ、フランス高速鉄道での足止めなどアクシデントも重なる中、負けられないブラジル戦にどう勝機を見出すのか?
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=AP/アフロ)
スペインを面食らわせた4-4-2。世界を驚かせた藤野の先制弾
なでしこジャパンはパリ五輪初戦でスペインに1-2で敗れ、黒星スタートとなった。同じ相手に4-0で快勝した昨夏のワールドカップから1年。前回の対戦時は8割方ボールを支配されながら、洗練されたカウンターで仕留めたが、同じようにはいかなかった。
この1年間で、両国の女子サッカー代表チーム事情は大きく変化した。スペインはワールドカップ優勝後、サッカー連盟前会長による表彰式での選手への“キス問題”に端を発する連盟と選手の対立が続いていた。だが、ピッチ上での強さは揺るぎなく、UEFA女子ネーションズリーグでも初のタイトルを獲得。世界ランク1位の座を揺るぎないものにしている。一方なでしこジャパン(ランキング7位)は、海外の強豪クラブでピッチに立つ選手が増え、個人戦術やフィジカル面も向上。就任4年目の池田太監督は、ワールドカップからメンバーをほとんど変えず、組織力を高めてパリ五輪に臨んでいる。
まず驚いたのは、なでしこジャパンの先発リストだ。メンバーというより、スタート時のフォーメーションに目を見張った。4-4-2は、2021年から22年にかけての池田ジャパン初期では見られたものの、3バックを基本フォーメーションに変えた2023年以降、ほとんど見なくなっていた。この1年間は、戦い方の幅を広げるために4-3-3や4-2-3-1もオプションとして活用してきたが、4バックが効果的に機能した試合は少なく、未完成の印象が強かった。
だが、この大一番で王者にその積み上げをぶつけた。不安はいい意味で裏切られた。
「4バックだと、アンカーとかボランチが下に落ちることによって5枚を形成できるし、片方を上げて3バックも作りやすいし、相手の位置からプレスを変えられる。状況や選手のアイデアによって可変できる面白いフォーメーションだと思うし、中盤に厚みを出せるオプションだと思います。スペースの使い方や距離感などは落とし込めていない部分が多かったのですが、フランスに入ってから、練習でトライしながらうまく積み上げられていると思いますし、試合でどう活かせるかは自分たち次第です」
スペイン戦の前日に、藤野あおばが口にしていたビジョンと密かな自信。フランス入りから試合までの10日間の最終調整の成果は、特に前半の戦いによく表れていた。
日本は4-3-3、4-1-4-1、3-4-3、5-4-1と、自在に形を変えながらスペインのビルドアップを牽制し、縦に速い攻撃でゴールに迫った。記録と記憶に残るであろう、藤野の直接フリーキック先制弾につながった11分の攻撃シーンも、その一つだ。
鋭い牙を向いた世界王者の前に…
しかし、失点したスペインは早々にその鋭い牙を剥いた。22分、中央を細かいパスで突破され、アイタナ・ボンマティが冷静なシュートで試合を振り出しに戻す。日本はさらなる失点に備えつつ、ハーフタイムに明確な手を打った。後半は左サイドハーフの宮澤ひなたを最終ラインに下げて5バックにし、右サイドに浜野まいかを投入。得意のカウンターに移行した。その戦術的な判断について、熊谷紗希とともにディフェンスラインを統率する南萌華は、こう振り返っている。
「前半、失点はしましたが、4バックでも戦えることを見せられたことをプラスに捉えています。後半はシステムを(3バックに)変えたり、自分たちで考えながらフォーメーションを変えて戦えるのは強みだと思います」
「システムを変える」という戦術的な決断を、監督だけでなく、選手たちが柔軟に判断できるチームには伸びしろがある。
だが、1年前にカウンターで痛い目に遭っているスペインはしたたかだった。バルセロナ、レアル・マドリード、マンチェスター・シティなど、ビッグクラブの主力が揃うイレブンが、ティキ・タカを発動。個々の高い技術に裏打ちされた選択肢の多さと、目まぐるしい連動性を断ち切ることができず、日本はボール保持率を3割近くにまで下げている。
それでも、陸上400m走と400mハードルで18歳以下の国内記録を持つ20歳のサルマ・パラジュエロは熊谷紗希と南萌華のローマコンビが封じていたし、守備を固めた日本のゴール前に、スペースはほとんどなかったはずだ。「前半は相手のインサイドハーフに対してなかなか出て行くことができなかったので、形を変えて(マークに)出やすくした」。熊谷がそう振り返ったように、穴は塞いだはずだった。だが、60分過ぎに日本をアクシデントが襲う。
右ウイングバックの清水梨紗が、右膝を負傷し、退場を余儀なくされたのだ。池田監督は左サイドバックで起用していた18歳の古賀塔子を右に、センターバックの一角には高橋はなを投入して対応したが、流れがわずかに変わったその瞬間を相手は見逃さなかった。6分後、左サイドのマリオナ・カルデンティが細かいタッチでボンマティとのワンツーからゴールネットを揺らす。スペインが打ち続けたジャブが、ストレートに変わった瞬間だった。
田中美南は振り返る。
「交代で守備陣がまだ安定しない中で、より守備に回る時間が多くなって、『失点しないようにしよう』と。ただ、ペナ(ルティエリア)内に入られた時に、ファウルやVARがあるので、ボールにアタックし切れなかった反省があります」
明暗を分けた「1点差」。
今回のスペイン戦は、1年前とは前提条件も大きく異なっていた。前回は互いに決勝トーナメント進出を決めたグループステージ最終戦だったが、今回は大会の入りを決める初戦。結果が占めるウエイトを考えれば、この試合結果が紛れもない日本の現在地だ。
総合力では差を見せつけられる形となったが、相手の実力を考えれば、悲観するほどではないだろう。特に、互角以上の戦いができた前半は、選手のコメントからも自信になっていることがわかる。
個人では、藤野が強烈な存在感を示した。昨夏のワールドカップで記録した日本人史上最年少ゴール(19歳180日)につづき、日本女子の五輪最年少ゴール(20歳5カ月)を奪取。前線にスペースがないと見るや、ボランチの位置まで落ちてゲームを作るシーンもあり、1対1では、イレーネ・パレデスにイエローカードを出させた42分のシーンが圧巻だった。テクニックやインテリジェンスも含めて「尊敬する部分がたくさんある」と対戦を楽しみにしていたボンマティに引けを取らないインパクトを残したのではないだろうか。
一方、明暗を分けた後半の「1点」は、簡単に埋められる差ではないもののようにも思える。
女子UEFA EURO予選や女子ネーションズリーグでひしめくライバルとしのぎを削り、ギリギリまでチームの完成度を高めてきたスペインに対し、日本が今大会に向けてマッチメイクに苦戦した感は否めない。個の成長とチームの成熟という両輪でそうした環境面の差を埋めてきたが、もっと構造的なサポートが不可欠だ。島国の地理的な不利は差し引いても、UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)とAFC(アジアサッカー連盟)の女子サッカーに対する温度差をどう埋めていくのか。国内プロリーグをどのように盛り上げ、強化していくのか。大会後にあらためて検証する必要があるのではないだろうか。
過去の対戦は1勝2分1敗。ブラジル戦の勝機は?
なでしこジャパンは中2日の連戦でブラジル戦に挑む。この重要な試合を前に、清水のチーム離脱が発表されたことは、衝撃を与えた(ケガの詳細は発表されていない)。
「スペインやブラジルは、タクティカルな部分でも見えることが多くあります。フィジカルやパワーが優る海外の選手にどう戦っていくか。その違いを見せたい」
7月上旬、マンチェスター・シティに3年契約で加入することが発表された清水は、今大会で世界の戦術トレンドの変化を楽しみにしていた。その無念は、チームメートの手に託された。
スペイン戦はベンチ外だった北川ひかるも含め、左右の生命線を欠くとなると、かなり厳しい状況だ。右は守屋都弥と清家貴子、左は宮澤ひなたが、2人の穴を埋めるサイドの鍵になる。
グループ3位までにノックアウトステージ進出の可能性があり、得失点差も考えると、スペイン戦で1点差に抑えたことはむしろプラス要素。ただし、28日の第2戦でブラジル(初戦ではナイジェリアを1-0で下した)に敗れれば、GS敗退も現実味を帯びてくる。
ブラジルは、ワールドカップ後の9月に就任したアルトゥール・エリアス監督の下、60人近いラージグループから熾烈な競争を勝ち抜いたメンバーが揃う。“女王”マルタを筆頭に、経験値と勝負強さを兼ね備えた選手がチームをまとめ、代表での成功を目指す若い選手たちの目は、獲物を追い込むハンターのようだ。
その相手を知り尽くすのが、過去4試合で3ゴールを決めている“ブラジルキラー”田中美南。「スペインに比べて、ブラジルは攻撃がシンプル」と分析した。「自分が潰されたら攻撃の時点が途切れてしまう責任があるので、そこを意識しつつ、マンツーマンで人につく意識が強い分、動きで惑わして、スペースをついていきたい」と狙いを定めている。膠着した展開では、時間をかけて取り組んできたセットプレーも、勝利への糸口になる。
そのためにも、初戦同様、ベストメンバーで臨みたい。フランス高速鉄道(TGV)の騒動で第2戦の会場・パリへの移動がバスに変更になり、コンディション回復への影響が懸念されるが、「過去の合宿でもタイトなスケジュールで戦ってきた」と、南はネガティブな影響を否定した。
交代枠をフル活用して難敵との戦いを制し、メダルへの希望をつなぐことができれば理想的だが、果たして池田監督はどんな手を打つのか。試合は日本時間7月29日の深夜0時にキックオフとなる。
<了>
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