112年の歴史を塗り替えた近代五種・佐藤大宗。競技人口50人の逆境から挑んだ初五輪「どの種目より達成感ある」
REAL SPORTS / 2024年10月18日 2時57分
パリ五輪の近代五種種目で、日本史上初のメダルとなる銀メダルを獲得した佐藤大宗。1912年ストックホルム大会で採用されて以来、オリンピックの112年間の歴史において日本では入賞者すらいなかった競技で、その歴史を覆した。フェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃+ラン)を行い、万能性を競う近代五種は、その過酷さから「キング・オブ・スポーツ」とも呼ばれる。一方、国内の競技人口はわずか50人と、さらなる発展の可能性を示す。自衛隊体育学校に所属し、世界2位へと飛躍した佐藤に、その競技の魅力と銀メダルの舞台裏について話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=アフロスポーツ)
五輪フィーバーはまだ続いている
――パリ五輪が終わって2カ月が経ちました。ご出身の青森県で県民栄誉賞やスポーツ栄誉賞などの授賞式、母校の青森山田高での報告会など、競技以外の面でも忙しかったと思いますが、オフはあったのでしょうか?
佐藤:オフはあまりないんですよ。県民栄誉賞を受賞できたことはすごくありがたいですし、うれしいことにいろんな方面から取材の依頼をいただけるようになりました。今は近代五種の魅力を広めるためのPR活動やイベントが続いていて、まだ落ち着いてはいないですね。
――大会のご自身の映像をじっくり見て振り返る機会はありましたか?
佐藤:パリ五輪がすべて終わった後、飛行機の中で映像を見返して、自分がなぜ金メダルに届かなかったのかを考えながら、飛行機の中で10時間以上、映像をずっと見ていました。5種目とも自分のベストパフォーマンスを出せたので悔いはないんですが、映像を見ていると、もっとやれたな、と。たとえば、フェンシングは最初の出だしで緊張してしまい、他の選手たちも緊張で動きが硬かったので、もっとラフに入れれば勝率を上げられたと思います。水泳はもう少しターンを早くできたと思いますし、そういう細かいところを修正できたら金メダルにいけたんじゃないかなと反省していました。
――帰国するまで、パリ五輪の余韻が続いていたんですね。出発前と帰国後では、注目度も大きく変化したと思いますが、帰国してまず最初にしたかったことは何ですか?
佐藤:おいしいご飯を食べることやお酒を飲むのが好きで、奥さんが作っただし巻き卵が大好物なので、それを食べながらお酒を飲むのが一番の楽しみでした。
競技人口わずか50人。知られざる近代五種の魅力
――今大会の佐藤選手のご活躍で近代五種に興味を持った方も多いと思いますが、この競技の一番の魅力は何だと思いますか?
佐藤:性質がまったく異なる5種目を、90分間にこなすというのは、近代五種ならではのルールだと思います。キング・オブ・スポーツとも呼ばれていることを誇りに思っていますし、実際に「こんなにかっこいい種目はないんじゃないかな」と思っています。性別関係なく、男女ともにやっている選手たちはかっこいいですし、達成感はどの種目よりもあるんじゃないかと思います。
――近代五種は、どんな人に向いている競技だと思いますか?
佐藤:どんな人でもやれる種目だと思いますよ。5種目全部が得意になれば一番強いですけど、そんな人はほとんどいないです。たとえばフェンシングが得意で水泳が苦手な人だったら、フェンシングで点数を稼いで、水泳はちょっとだけ頑張った上で逃げ切る、という戦略もあります。そういう得意・不得意が人によって違うので、誰でも挑戦できる競技だと思います。
自分が近代五種を始めた当初はメンタル面もかなり弱かったんですが、競技を始めてメンタルトレーニングもするようになってから、いろいろな面で前向きに捉えられるようになり、忍耐強くなりました。だから、もともと気持ちが弱い人でも向いていないということはないですし、5種目にチャレンジしながらメンタルや人間性を磨ける種目なので、ぜひいろんな方に興味を持ってほしいですね。
――日本ではこれまでは国内競技人口が男女合わせてわずか50人ほどだったそうですが、今後、競技がどのように発展してほしいとイメージしていますか?
佐藤:全日本選手権は予選と決勝という流れで、競技人口が少ないので、決勝の舞台でも最大18名しか出られない状況でしたが、人数が増えれば、予選、準決勝、決勝という流れになり、さらに大会のレベルや競争力も上がると思います。そのためにも、男女合わせて50人ほどの競技人口を、まずは200人ぐらいに増やすことが目標です。そこから1000人、2000人、3000人と、さらに増やしていけたらと思っています。
高難関の馬術で満点の舞台裏。20分で初対面の馬と…
――5種目の中でも、佐藤選手は最初の馬術で300点満点と勢いに乗りました。馬は直前に抽選で決められ、わずか20分間のウォーミングアップで本番に臨まなければならないルールですが、短時間で、初対面の馬とどのように呼吸を合わせたのですか?
佐藤:抽選で決まるので、騎乗馬は毎回、別の馬になるんです。準決勝で乗った馬は、車でいうとオートマのような感じで、アクセルとブレーキしかない、誰が乗っても乗りやすい馬でした。「前に行って」って伝えたら行ってくれるし、「障害を飛んでほしい」と伝えると飛んでくれる。決勝の馬もいい馬なんですけど、準決勝の馬と比べると、右に行きたくても反抗するところがあって、ちょっと難しい部分がありました。それに、男子決勝の前に行われた午前中の女子準決勝で使われた馬だったので、体力も削られていたんですよ。
その分、決勝前は体力を温存しなきゃいけないので、20分間のウォーミングアップをひたすら動かすのではなく、1分間動いたら1分間休む、というサイクルを繰り返して、トータル10分間ぐらいしか動きませんでした。その中で仕上げていくのに、すごく頭を使いましたね。
――結果的に、その戦略が実ったのですね。
佐藤:そうです。馬術は、北海道のノーザンホースパークでの事前合宿で騎乗指導をしていただいた楠木貴成先生が、大会中もサポートしてくださいました。日本とパリで7時間の時差がある中、電話をつないでその都度アドバイスをもらいながら、準決勝、決勝ともに戦ったんです。そのアドバイスをすべて冷静に聞いて、馬たちも頑張ってくれたので、文字通り人馬一体になって、ノーミスでベストパフォーマンスを出せたと思います。本当に楠木先生はじめ、馬たちには心から感謝しかないです。
――馬術競技は2028年大会から廃止されて、障害走の「オブスタクル」に変更になるそうですが、これについてはどのような思いがありますか?
佐藤:個人的には馬術競技が大好きなので結構悲しいんですが、近代五種は馬術競技があることによって、競技人口が増えにくかった側面もあるんです。お金がかかる上に練習場所も限られるので、一般的には始めにくい種目という見方もあったんです。それがオブスタクルという種目に変わることによって、いろいろな方が興味を持ってくれるようになると思いますし、合同練習もできると思います。「時代が変わるんだな」とプラスの側面を見て、競技人口が増えることに期待しています。
――種目が変わると、そこに一から合わせていくためのトレーニングも大変ですよね。
佐藤:それはかなり大変だと思います。でも、自分がどこまで順応できるのか、世界で戦えるのか、という楽しみがあります。新しく競技を始める方々や見ている方々も、オブスタクルのルールや魅力を知ってほしいですし、それをきっかけに近代五種の面白さを知ってもらえたらと思います。オブスタクルは他のいろいろな競技にもつながる要素を秘めた競技だと思うので、楽しみにしていてほしいですね。
支えになった父の言葉
――今大会は佐藤選手の雄たけびシーンがよく映し出されていました。あえて、意図的にしていた部分もあるのでしょうか?
佐藤:そうです。フェンシングは自分も合わせて最大36名が出場できるので、1分間の1本の勝負を総当たりで35試合しなきゃいけないんですよ。1本ごとに勝つことによって自分で雄たけびをしながら自分を鼓舞して、「この勢いは誰も止められないんだぞ」と示していました。最初は自分を盛り上げて気合いを入れるためにやっていたんですが、声を出すことによって周りも意識するようになるので、心理戦にも持ち込める効果があります。馬術だけは、馬たちが音に敏感で驚いてしまうので、心の中で声を出していました。
――今大会では、闘病中のお父様・勇藏さんの言葉にも励まされたそうですね。どんな言葉に勇気づけられたのですか?
佐藤:親父に言われた「死ぬ気でやれ」という言葉に、いつも助けられています。試合だけではなく練習の時もそうですけど、きつい時こそ、その言葉が自分を突き動かしてくれていました。もちろん、親父の言葉だけではなくて、一緒に戦ってくれている監督やコーチ、トレーナーも、みんなが「最後まで全力で頑張れ」と言ってくれて、家族にも支えてもらいました。近代五種は個人競技ですけど、自分が今回戦っていてすごく感じたのは、「これはチーム戦だな」と。支えてくれている人たち全員で戦って、メダルを取れたことをうれしく思います。
――大会前にはフェンシングの選手たちの合宿にも参加するなど、他競技の選手たちの支えもあったそうですね。
佐藤:それも、近代五種ならではだと思います。特に、フェンシングのエペ団体の日本代表の皆さんのサポートは大きかったですね。パリ五輪に出た方々だけではなく、既にナショナルチームに入っている約20〜30名くらいの選手と関わりができたのですが、技術面だけでなく、人間性の面でも学ぶことが多く、本当に感謝しかないです。
【連載後編】吐き気乗り越え「やっと任務遂行できた」パリ五輪。一日16時間の練習経て近代五種・佐藤大宗が磨いた万能性
<了>
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[PROFILE]
佐藤大宗(さとう・たいしゅう)
1993年10月20日生まれ、青森県出身。少年時代、少林寺拳法で県大会優勝の経験を持ち、青森山田中高では水泳部に所属。卒業後、2012年に海上自衛隊に入隊し、2013年にオリンピアンを育成する自衛隊体育学校で近代五種の選手候補になる。2019年の全日本選手権大会男子個人は4位で、東京五輪代表の座を逃したが、21年の同大会男子個人で初優勝。22年W杯ファイナル・ハンガリー大会の男女混合リレーで銀メダル。国内ランキング(男子)で2位につけ、23年、W杯第3戦のソフィア大会で日本勢個人初の銀メダルを獲得。アジア競技大会や全日本選手権でも結果を残し、2024年パリ五輪では日本史上初のメダルとなる銀メダルを獲得した。競技歴11年目。
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