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青山敏弘がサンフレッチェ広島の未来に紡ぎ託したもの。逆転優勝かけ運命の最終戦へ「最終章を書き直せるぐらいのドラマを」

REAL SPORTS / 2024年12月6日 6時58分

今シーズン限りの現役引退を発表している青山敏弘が、12月1日の北海道コンサドーレ札幌戦で今シーズン5度目のベンチ入りを果たし、チームとともに最終節での逆転優勝に望みをつないだ。21年間、サンフレッチェ広島ひと筋でプロのキャリアを歩んできたバンディエラがホーム最終戦後の引退セレモニーでチームメート・サポーターに向けて示したサプライズとともに、ラストマッチにかける思いに迫った。

(文=藤江直人、写真=YUTAKA/アフロスポーツ)

呪縛を解いたメッセージ「本当の敵は自分たちの中に」

いつもとまったく異なる光景だった。ホームのエディオンピースウイング広島に北海道コンサドーレ札幌を迎えた、12月1日のJ1リーグ第37節のキックオフを直前に控えたロッカールーム。円陣の中央で声を出し、チームの士気を高めたのはキャプテンのDF佐々木翔ではなかった。

特別に指名されたのは、広島ひと筋で21年間にわたって歩んできたプロのキャリアに今シーズン限りで別れを告げ、現役引退を表明している38歳のMF青山敏弘。札幌戦で今シーズン5度目のベンチ入りを果たしていたバンディエラは、短い言葉のなかに思いの丈を凝縮させた。

広島の選手たちによれば、青山は「やるよ」や「勝つよ」と、そして最後に「楽しもう」と大声で叫んだという。それで十分だった。DF荒木隼人は「みんなすごく気合いが入った」と振り返る。

前節までに今シーズン初の3連敗を喫し、その間に首位をヴィッセル神戸に奪われ、札幌に負ければ優勝の可能性が消滅する瀬戸際で、広島は前半開始8分にFW加藤陸次樹のゴールで先制。最終的には5-1で圧勝して2位をキープし、神戸との勝ち点差を1ポイントに縮めた。

敵地・埼玉スタジアムで浦和に0-3で完敗を喫した前節。ピッチには立たなかったものの、この試合でもベンチ入りしていた青山は、試合後には泰然自若とした表情で心配無用を強調した。

「この苦しさを自分たちで乗り越えなきゃいけないし、みんなが通る道だし、それを乗り越えて初めてつかめるものなので。いまはそこを試されているところだし、優勝とはそういうものでしょう。この段階で3連敗しても、まだ可能性は残っている。何ひとつあきらめる必要はないですよ」 2012、2013、2015シーズンの優勝を経験しているレジェンドは、すべてが苦しみ抜いた末につかんだものだったと強調し、本当の敵は自分たちのなかにいると試合前の円陣であらためて伝えた。呪縛から解き放たれたゴールラッシュは、さまざまなサプライズをも導いている。

サプライズで引き継がれた背番号「6」

4-1で迎えた82分。万雷の拍手が降り注ぐなかで、MF川辺駿に代わって青山が投入された。後半に加えた2ゴールにも関わっていた加藤は「勝つために必死でした」と試合後に語ったが、ホームで演じたゴールラッシュが、結果として青山が出場しやすい状況を生んだといっていい。

そして、試合終了間際からピッチに立った、7月21日のサガン鳥栖戦以来となる青山の出場は大きな意味を伴っていた。試合後に開催された引退セレモニーでのスピーチ。サッカー人生に関わった人々への思いを語っていた青山が「この場で歴史をつなぎたいと思います」と切り出した。

「守ってきたこの6番のユニフォームを引き継いでもらいます、駿」

川辺本人にも知らされていなかった歴史と伝統の継承。涙をこらえきれなかった川辺は、青山から託された背番号6のユニフォームを、誇らしげにファン・サポーターへ向けて掲げた。

グラスホッパー(スイス)とスタンダール・リエージュ(ベルギー)でプレーしていた川辺は今夏、約3年ぶりに広島へ復帰した。そして、渡欧前まで背負っていた「8番」が空いていたにもかかわらず、自らの強い希望で「66番」を選んだ。背番号に込めた理由をこう語ったことがある。

「このチームにおける『6番』はものすごく大きい。それを目標に、という意味ですね」

プロを夢見ていた広島のアカデミー時代から、川辺は「6」を介してまばゆい輝きを放つ青山の背中をずっと追ってきた。そして10月に青山が引退を発表してからは意を決するように、広島の強化部に対して「優勝したら来シーズンは『6番』をつけさせてほしい」と直訴してきた。

川辺の熱い思いを伝え聞いた青山は喜びを抑えきれず、引退セレモニーで電撃的に発表した。スピーチのなかで「あとをお願いします」と声をかけた青山は、取材エリアでこう語っている。

「6番をつけたいと言った選手は、これまでいなかった。チームには優勝したら、と言っていたようなので、じゃあ優勝する前にわたすから優勝してくれ、と。そういう思いで僕は託すし、それを託せる選手だと思っているし、クラブもファン・サポーターも同じ思いですよね。駿の活躍からは広島への思いが伝わってきたし、これで駿がどうなるか、期待しながら見ていきたい」

青山の熱いエールに応えるように、川辺も試合後にこんな言葉を残している。 「(背番号6を引き継ぐのは)自分しかいないという気持ちで広島に帰ってきたし、いままでの試合もそういう気持ちでプレーしていたので、引き続き頑張っていきます」

18歳のホープに継承された経験と伝統

札幌戦で川辺と青山を共演させるのではなく、川辺に代えて青山を投入した交代にも意味があった。広島は71分に2枚目の交代カードで、MFトルガイ・アルスランに代えて、18歳のMF中島洋太朗を投入していた。試合後の公式会見。広島のミヒャエル・スキッベ監督が言う。

「ヨウタロウとアオを一緒にプレーさせたいと考えていた」

2009シーズンから5年間、ユーティリティープレイヤーとして広島で活躍した中島浩司さんの次男である中島は、昨年9月に17歳で広島とプロ契約を締結。広島ユースに所属する2種登録選手として、今シーズンも父と同じ「35番」を背負い、札幌戦がリーグ戦で11試合目の出場だった。

ポジションはボランチ。もっとも、ここまで同じくボランチの青山とは、リーグ戦で一緒にプレーした試合はなかった。将来を嘱望される18歳のホープと、日本代表としてワールドカップにも出場したレジェンドの共演。父も青山と何度もプレーしている中島は、感無量の表情を浮かべていた。

「僕が小さなころから見てきたプロフェッショナルで、父ともプレーした選手と自分が一緒にプレーできたのは本当に感慨深かった。まずは次の試合で勝って、最高の形で終わりたいと思います」 ストーリーはさらに紡がれる。札幌戦から中3日で行われた、東方足球隊(香港)とのAFCチャンピオンズリーグ2(ACL2)のグループリーグ最終節。青山と中島はともに先発し、前者が同点弾を、後者が突き放す3点目を決め、74分からは中島に代わった川辺が青山と共演している。

セレモニーで明かされたセカンドキャリア。「このクラブと一緒に」

青山のキャリアにおける、選手の章はまもなく終わる。しかし、新たな章もすでに用意されている。青山のセカンドキャリアに関して、引退セレモニーでスキッベ監督が言及した。

「今日は素晴らしい選手であるアオとお別れする日になります。そして、素晴らしいキャリアと人間性をもつアオが、今度はコーチとして自分たちと一緒に戦ってくれます」

青山自身は引退後に指導者の道を歩みたいと語っていたが、セカンドキャリアの舞台が広島に、それも引退直後からはじまると初めて明かされた。青山はスキッベ監督へまず感謝した。

「スキッベさんからいただいたオファーだと思っている。スキッベさんがクラブに押してくれて、話をつけてくれたので。ここで指導者をさせてもらうのがどれだけ恵まれているか。僕の指導者としての一歩目を、スキッベさんという素晴らしい監督のもとで学べるのが楽しみで仕方ないですね」

3度のJ1リーグ優勝を指揮官とキャプテンとしてともに達成し、現在は日本代表を率いる森保一監督は、セレモニーへ寄せたビデオメッセージで、将来は広島の監督を務めてほしいと語った。青山自身も数年後の自分自身の姿を思い描きながら、新たな夢を明かしてくれた。 「まだまだ先だと思いますけど、それでも夢は大きく、ですね。自分は夢をつかみながらここまで切り開いてきたので、この先も同じように、このクラブと一緒に歩んでいきたい。もちろん指導者というのは半端な思いでできるものじゃない、まったく違うものだと思っているし、だからこそ自分にとって次のモチベーションになるというか、新たに燃えるものがあります」

運命の最終節へ。「最終章を書き直せるぐらいのドラマを」

中島が正式にトップチームへ昇格する来シーズンをコーチとしてスタートさせる前に、青山には最後の大仕事が残っている。敵地・パナソニックスタジアム吹田に乗り込み、ガンバ大阪と対峙する8日の最終節へ。広島は9シーズンぶり4度目のリーグ優勝をかけて臨む。

自力優勝の可能性は消滅している。広島が勝って神戸が湘南ベルマーレに引き分けか敗れるかで勝ち点で逆転し、あるいは広島が引き分けて神戸が敗れ、勝ち点で並んだ場合でも得失点差で大きく上回っている広島の優勝が決まる。青山の脳裏にはポジティブなイメージしか描かれていない。

「まだ優勝争いは続いているし、そこへ自分も携わらせてもらっている。本当に幸せ者だし、何よりもこの続きに自分が出て、活躍できるというイメージが僕のなかにはある。今日が最後じゃなくて、優勝してみんなと喜び合える光景は必ず現実のものになると思っています」

15分におよんだ引退セレモニーでのスピーチを考える作業で、青山は「あまり向き合えない自分がいた」と札幌戦後に苦笑した。理由は単純明快。青山本人が優勝をあきらめていないからだ。

「チームが優勝争いをしているときに、何か自分だけそっち(引退)にいくのがなかなかできなくて。やはりみんなと一緒の方向を向いて最後まで戦いたかったし、うまく伝えられたかどうかはわからないですけど、僕の気持ちはきっと伝わっている、ということだけは自信をもって言える。ただ、これで終わりという感じがまったくしないんですよ。それは自分がそれ(優勝)を求めているからだと思うので、この(現役の)最終章を書き直せるくらいのドラマを作ってみせます」

2度目の優勝を果たした2013シーズンを振り返れば、首位の横浜F・マリノスに勝ち点5ポイント差をつけられる2位で迎えた残り2節で広島が連勝し、一方のマリノスが連敗して奇跡の大逆転劇が生まれた。当時と似てきましたね、という問いに青山は笑顔でうなずいた。

「自分たちがそうできる力をもっているので。僕はそれを信じています」

引退セレモニーに来場し、あるいは視聴した人々の涙腺をもろくした青山の晴れ姿とともに、広島の新たな未来が幕を開けようとしている。現役の章を締め、指導者の章へとつながるガンバとの最終節は、神戸対湘南を含めた他の9会場とともに、8日14時にいっせいにキックオフされる。

<了>

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