1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. スポーツ総合

ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは

REAL SPORTS / 2024年12月19日 2時45分

スポーツ界におけるハラスメントは、なぜ起きてしまうのだろうか? 一般社団法人スポーツハラスメントZERO協会理事で、欧州フットボール界の最前線を知る佐伯夕利子氏は、「文化的、歴史的な側面や、社会の仕組み、構造など、いろいろな要素が絡み合っている」と話す。日本のスポーツ界におけるハラスメントの構造的要因について、スペインの例を交えて解説してもらった。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=AP/アフロ)

「スポーツハラスメント」の定義とは?

――スポーツハラスメントゼロ協会は、「スポーツハラスメント」をどのように定義しているのですか?

佐伯:言葉にすると少し難しいかもしれませんが、議論をしながら法学専門の方々にも見てもらい、一緒にワークしながら一言一句、句読点までチェックしながらまとめたのが、以下の定義です。

「スポーツ環境における不適切行為全般のことであって、当該行為を直接・間接に受けるもの(披行為者)が、選択ができる自由と機会を与えられていない状態で、権利および尊厳が侵害される言葉や行動を指す」

 ただ、定義は時代によって少しずつ変わっていく可能性があります。日本の法律は改正手続きが厳重な「硬性」と言われる性質を持っていますが、ヨーロッパは社会のニーズや時代の変化とともに適応する形に法律を変えやすい「軟性」です。「スポーツハラスメントゼロ協会」は後者で、社会のありようによって変化できるようにしたいと考えています。

――日本ではここ数年で「ハラスメント」や「コンプライアンス」といった言葉が飛び交うようになりました。世界的な基準に比べて、日本スポーツ界のハラスメントに対する意識の変化をどのようにご覧になっていますか?

佐伯:私自身の肌感覚では、世界レベルとは大きな開きがあると感じます。私はクラブを通じて知り合ったサイコロジストとかメソッドダイレクターとチャットやオンラインで興味や関心があることをよく議論するのですが、「一般社団法人スポーツハラスメントZERO協会」が2年前に活動を始めた頃から、彼らも日本の現状に対してフィードバックやアドバイスを送ってくれています。ただ、彼らも2年前は日本のスポーツハラスメントの実態を知りませんでした。

 YouTubeで「スポーツハラスメント」と検索して出てくる動画には、残念ながら子どもたちを冒涜したり、蹴飛ばしたり、ビンタしている動画が出てきます。それを見た彼らは絶句して、「ちょっと待ってユリコ、スポーツハラスメントの話をしていたんだよね? これはそもそもスポーツの話ではなく、犯罪者の話だよね?」と言いました。彼らにとってのハラスメントは、指導者が「なんで右に行かないんだ!」「今の場面はシュートだろ!」と言うようなレベルで、日本で一般的に言われるようなスポーツハラスメントは、彼らの認識にはなかったんです。

――同じスポーツで、そこまで認識に差が出てしまっているのですね。

佐伯:そうです。ただ、活動を続けるなかではうれしいこともありました。スペインで柔道家やテコンドーのオリンピアンを見ているサイコロジストがいるのですが、私たちの検定の内容を伝えた時に、「君たち(日本)の文化でよくありがちなピューニティブなアプローチじゃないところは素晴らしい」と言ってくれたんです。彼はアジアの文化、日本や韓国のスポーツ界をよく知っていて、「ピューニティブ」は、日本語で「懲罰主義」と訳されます。個や集団を導くアプローチ方法で、罰したり、裁いたりする意味合いで組織を統制しようとする考え方を指します。スポーツで言うと「負けたら罰走」とか、「ふざけていたから腕立て伏せ」などもそうです。

「罰ゲーム」はNG! 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因

――練習のミニゲームやパス回しで負けたチームが罰ゲームをするのは、世界的な基準に照らし合わせると、受け入れられないのですか?

佐伯:ヨーロッパの概念ではNGなやり方ですし、うちのクラブ(ビジャレアルCF)では、監督解任になると思います。たとえば、サッカーの練習で「パスミスしたら減点される」というルールを作ったら、「他のもっと豊かなやり方はないのか」「学習につながるやり方はないのか」と指摘されます。求められるのは、加算的な考え方でだからです。たとえば子どもたちが「5本ミスせずにパスをつながないとシュートが打てない」というルールの中で、「4本パスしたけど、シュートまで持ち込んだ」時に減点するでしょうか? 加算的な考え方だと、それでも1点は加点するとか、常にプラスに積み上げる考え方が主流で、ここ10年ぐらいの傾向です。

 つまり、私たち日本人は減点し、敗者を決めるようなアプローチを無意識的にしてきたんですよね。それは、おそらく文化的に懲罰主義的な思考があったからだと思います。そういう思考に対してスポーツ界で異なるアプローチを根づかせることが、私たちスポーツハラスメントゼロ協会が目指すところでもあります。

――懲罰主義的な考え方が、日本のスポーツ界に根づいてしまった要因は何でしょうか?

佐伯:懲罰主義的なアプローチは、他者を服従させる時には抜群の効果を発揮するので、組織や集団の上に立つ人にとっては、人々の行動や言動を手っ取り早くコントロールしやすくなります。日本の歴史の中で軍国主義がいまだに影を落としている影響もあると思いますが、それをスポーツ界で続けていくのかといったら、今はそれが「健全でも豊かでもない」という認識が世界的な基準です。スペインも数年前まで、懲罰的な傾向がありました。大きなクラブはリソースがあるので、根本的な改革を進めていますが、そうでないクラブもあり、理想的な指導者ばかりではありません。

――歴史的背景も考えながら、現代に合った指導に軌道修正していく必要があるのですね。スポーツ界でハラスメントが起こりやすい構造的な要因は他にありますか?

佐伯:文化的、歴史的な側面や、社会の仕組み、構造など、いろいろな要素が絡み合っていると思いますが、仕組みの面では、日本が今も家父長制が根深い国であることは大きいと思います。スペインも実は家父長制の歴史を持っていますが、それがどのように変わってきたかという部分は参考として学べるところがあると思います。他にも、「すぐに結果を手にしたい」という生産性重視の傾向になっていった社会の変化ですね。高度経済成長の中で、お金や財産、役職やステータスなど、外面的なものや物質的な成功が自己実現を満たす価値になってしまった時代もありました。また、市民が民主主義を勝ち取った国に比べると、戦争に負けたことで民主主義がもたらされた日本は、人々の社会的な変革への意識が相対的に低い傾向があると思います。

――スペインでは、女子代表のワールドカップ優勝の裏側の苦悩を書いたドキュメンタリー『そのキスに“NO”: スペインサッカー界が変わる時』で、ハラスメントに対して選手たちが立ち向かう様子が描かれていました。権威に立ち向かうのは、相当に勇気がいることですよね。

佐伯:ドキュメンタリーの主役となったジェニファー・エルモソは私の教え子で、彼女のことは私もよく知っています。本当にかわいそうだなと思いますが、一方で、注目されていながら権威になびかない姿は本当に立派だと思いました。ドキュメンタリーでは、サッカー協会のコンプライアンス部が機能していなかったことが明かされています。つまり、組織は仕組みを作るだけではなくて、それがどう機能しているかが大事だということです。その中でもスペイン女子代表の選手たちはアスリートとしてパフォーマンスを高めて世界一になり、自分たちの競技力を高めることに集中しているのはたくましいなと思いました。

自己肯定感の差はどこで生まれるのか

――構造的な要因を考えるだけでも、学ぶことが多くあります。個人に目を向けると、ハラスメントを起こしてしまう人に共通する要素はどんなことが考えられますか?

佐伯:私が気になるのは、幼少期における「愛着の形成」です。それは、人間のすべての土台になるものだと思います。スペインはクリスチャンが多いこともあると思いますが、養育環境の中で大人たちが愛情たっぷりに子どもたちに接するので、自己肯定感が乳幼児期に形成されるんです。子どもたちが小さい頃から「アイラブユー」をシャワーのように受けながら育つのも、自己を肯定的に認識することにつながっています。日本語は複雑で豊かな言語ですが、「むかつく」とか「うざい」とか、言葉を雑に扱う大人が多いと感じることもあります。シンプルな言語は表現が限られるからこそ、大切なことを明確に、鮮明に言葉にする傾向があると思います。

――教育的な視点からも、スペインにおける子どもたちへのアプローチで参考になる部分があれば教えてください。

佐伯:スペインの子どもたちは、クラスの子どもたちがみんな手を挙げる前に発言するので、先生が「一旦、静かにして手を挙げて」と制します。それは、人々が自分の意見を共有したり、反対の意見を口にしたりすることが自然体で寛容されているからです。日本は手を挙げても、発言権を与えてくれる先生に認めてもらわなければ発言できないですよね。そのようにヒエラルキーや上下関係を重んじ、従順な子が「優秀」とされ、異なる意見を言ったらダメ出しをされる教育環境は、見直す余地があると思います。

【連載前編】スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは

【連載後編】「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策

<了>

「サイコロジスト」は何をする人? 欧州スポーツ界で重要性増し、ビジャレアルが10人採用する指導改革の要的存在の役割

高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法

指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方

佐伯夕利子がビジャレアルの指導改革で気づいた“自分を疑う力”。選手が「何を感じ、何を求めているのか」

[PROFILE]
佐伯夕利子(さえき・ゆりこ)
1973年10月6日、イラン・テヘラン生まれ。2003年スペイン男子3部リーグ所属のプエルタ・ボニータで女性初の監督就任。04年アトレティコ・マドリード女子監督や普及育成副部長等を務めた。07年バレンシアCFでトップチームを司る強化執行部のセクレタリーに就任。「ニューズウィーク日本版」で、「世界が認めた日本人女性100人」にノミネートされる。08年ビジャレアルCFと契約、男子U-19コーチやレディーストップチーム監督を歴任、12年女子部統括責任者に。18〜22 年Jリーグ特任理事、常勤理事、WEリーグ理事等を務める。24年からはスポーツハラスメントZERO協会理事に就任。スペインサッカー協会ナショナルライセンスレベル3、UEFA Pro ライセンス。2024年3月に、スポーツにおけるハラスメントゼロを目指して「スポーツハラスメントZERO協会」を創設。理事として名を連ね、精力的に活動を続けている。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください