総工費3100億円アリーナの球場演出とは? 米スポーツに熱狂生み出す“ショー”支える巨額投資の現在地
REAL SPORTS / 2025年1月23日 2時37分
スポーツの試合を盛り上げるために欠かせない、スタジアムやアリーナの大型LEDビジョン。野球、ホッケー、アメリカンフットボール、バスケットボールの北米4大プロスポーツでは、その映像制作やオペレーションシステムにも最先端技術が取り入れられている。MLBのアリゾナ・ダイヤモンドバックスで大型LEDビジョンによる演出のマネジメント全般を担う安藤喜明氏は、日米で20年以上にわたり、その技術革新を目の当たりにしてきた。アメリカスポーツ界の巨額な設備投資と、演出の違いに見る日米のスポーツエンターテインメントについて考える。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、トップ写真=AP/アフロ、本文写真提供=安藤喜明)
「見る文化」が促した技術革新
――アメリカのさまざまなスタジアムや球場で大型LEDビジョンのオペレーションを手がけてこられた中で、安藤さんが北米4大プロスポーツ界で近年印象的だった変化はありますか?
安藤:MLB(メジャーリーグベースボール)、NHL(ナショナルホッケーリーグ)、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の他にMLS(メジャーリーグサッカー)のチームにも仕事で入ることがあるのですが、ここ何年かのMLSの発展はものすごい勢いを感じます。興行運営収益や施設面ではJリーグをあっという間に追い越してしまったのではないでしょうか。メディカルチームで働く日本人スタッフも増えていると聞きますし、元日本代表の久保裕也選手(FCシンシナティ)も(欧州から)MLSにきて、選手寿命が延びたのではないでしょうか。
――MLSはスター選手の大型契約やマーケティング、演出面でも話題に事欠かないですよね。エンターテインメント性を重視するアメリカならではの会場演出は、どのような特徴がありますか?
安藤:MLSの中にはオーナーが複数のプロスポーツのオーナーということがあります。コロンバスもそうですが、コロンバス・クルーのオーナーはNFLクリーブランド・ブラウンズのオーナーです。米国内では最高クラスを誇るブラウンズの人材、アイデア、技術をサッカーチームの運営演出にも取り入れていて、質の高い演出をしています。資金面においてもオーナーがかなりの金額を予算に加えていると聞いています。特にプレイオフの演出には相当な予算が使われていると感じました。日本は「応援する文化」が発達していますが、アメリカは「見る文化」が発達しているので、特に視覚と聴覚に影響を与えて効果を狙う演出はかなり進んでいます。最近では、3Dモーショングラフィックス(※1)を使って視覚的にアプローチすることや、AR技術(※2)などを駆使した最先端のトレンドを取り入れています。現在MLSが重視しているのは人材の確保です。他のメジャースポーツに太刀打ちするには人種を超えて若い優秀な人材が必要という考えを持っていると思います。
3Dモーションの技術を最初にMLBに取り入れたのは、テレビのニュースのプロダクション出身の方で、持っていた知識と経験を野球の大型LEDビジョンに活かしたのがきっかけです。最初に試合で取り入れたのは、MLBのピッツバーグ・パイレーツでした。「ゲーム・オブ・スローンズ」という有名なテレビドラマのオープニング映像を使った選手紹介が話題になりましたし、迷路のように入り組んだ映像の中から選手が出てくる、先鋭的な立体視覚を使った演出の先駆けにもなりました。その映像制作をカナダの「ロス」というメーカーの「XPression」というシステムを使って実現したので、それ以降は同じシステムが一気に広まったんです。
(※1)グラフィックデザインとアニメーションを組み合わせて動画やアニメーションを制作する分野 (※2) Augmented Reality=現実世界にデジタル情報を重ねて表示する技術。スマートフォンなどを通して見える光景にCG映像などが合成されて実存するように見える技術。
――流行や社会現象もしっかりと反映させているのですね。聴覚への効果を狙った演出はどのようなものがあるのですか?
安藤:アメリカのプロスポーツでは、とにかくプレーが切れると音が鳴ります。そのタイミングで、MLBではオルガン奏者が即興で曲を演奏したり、音の操作をするプロスタッフが、スタジアムのバイブス(高揚感や雰囲気、テンション)を読み取って、どの曲を流すのかを判断しながら進めています。
――オルガン奏者の生演奏は迫力があってかっこいいですね!
安藤:かっこいいですよ。うち(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)の場合は、レフトの2階にいるオルガン奏者がヘッドセットをかけて、モニターと自分の目で試合の状況を見ながら演奏しています。プレーが途切れたら、ディレクターが「オルガン!」と指示を出して、その奏者がアドリブで演奏してスタジアムのボルテージを高めるんです。大谷翔平選手のロサンゼルス・ドジャースの本拠地であるドジャース・スタジアムのオルガン奏者は有名で、曲のレパートリーが幅広いんです。
演出のスペシャリストを育てる「投資」
――日本でも、3Dモーショングラフィックスや、AR技術を使える球場やアリーナはあるのですか?
安藤:Bリーグの琉球ゴールデンキングスが使用している沖縄アリーナや、群馬クレインサンダーズが使用する太田アリーナには近いシステムが備わっていると聞いています。ただ、日本ではビジョンデザイナー、コントロールルームスペシャリストが少なく、テンプレートをうまく工夫しながら使っている、外部の制作会社に委ねている段階と聞いています。システムを導入するだけで数千万円はかかりますし、コンテンツを作る人を育てたり、探したりするのは簡単ではないと思います。また現在日本国内の新旧多くのアリーナでコントロールルームを作るスペースがなく、簡易的に機器を配置、設営して試合を行っているということも聞いています。
――アメリカのプロスポーツで演出にかける予算は、日本とはかなりの差があるのでしょうか。
安藤:そうですね。日本のスポーツ界では、まだ「そこにお金をかけられない」と考える傾向があると思います。野球では北海道日本ハムファイターズ、楽天イーグルス、オリックス・バファローズ、福岡ソフトバンクホークスなどは球団の中にプロダクションチームを作って演出をしていると思うのですが、その他のチームは、大手広告代理店やコンサートを演出しているプロダクションに外注しているケースが多い印象で、BリーグやJリーグも外注が多いと聞きます。サッカーは野球やバスケと違って仕事量が多くないため、外注してやってもらったほうが早いという事情もありますが、自前でないとスタッフが常駐できないので、スペシャリストは育ちにくいのが現状ではないでしょうか。
――アメリカでは、各競技のクラブや球団が演出のための専属チームを揃えているのが一般的なのですね。
安藤:はい。アメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーなどのメジャースポーツは、お金のかけ方が違うので、それが当たり前の考え方になっています。シーズンを通した予算の内訳は、スタジアムに入れる機器やその保守・点検費、スコアボードやビジョンのデザイン費、それらを操作するフリーの技術者たちを雇う予算なども組み込まれています。
――メジャースポーツでは、1試合あたり演出は何人のスタッフで構成されているのですか?
安藤:MLB、NHL、MLSだと25人前後で、NFLは30人前後、チアリーダーの演出も含めれば30〜40人のスタッフがいます。正社員はどこも5人前後で彼らが試合の進行管理やその他の指揮指導、他部署の連携、トラブルシューティング(問題発生時の対処と修正)などをしています。その他のメンバーはいずれもフリーランスで毎試合スケジュールされるか、シーズンを通しての契約社員として働きます。
――賃金は、競技や地域によってかなり違うのですか?
安藤:賃金についてはそのスポーツのある街の市場の大きさ、需要と供給のバランスによって変わってきます。フリーランスの方々は生活がかかっているので、もちろんより多く賃金が払われるところに人材は流れていきます。例えばオハイオ州とアリゾナ州の市場を比べると、アリゾナ州の市場の方が大きいので、フリーランスに払われる賃金は変わってきます。競合他社で言うと、一番の競争相手はテレビ中継車です。全米どこへ行ってもテレビ中継車での仕事が一番高い賃金が払われます。そこに戦いを挑むわけですから、人材確保も至難の業です。
総工費3100億円のアリーナも。Bリーグの現在地は
――NBA(ナショナルバスケットボールアソシエーション)やNHL(ナショナルホッケーリーグ)など屋内競技でも、演出への投資額は大きいのですか?
安藤:そうですね。屋内競技で投資効果が顕著なのはNBAだと思います。NBAは試合自体が「ショー」なので、コンテンツを増やすよりも試合の見せ方、視覚や聴覚の効果にお金をかけることでうまく盛り上げています。昨年、NBAのロサンゼルス・クリッパーズの本拠地として新しくできたインテュイット・ドームは、コートの中央上部に両面で表示される大型LEDビジョンが史上最大のサイズ(*3)で、ファンの五感に語りかけるような作りになっています。ロサンゼルス五輪の会場にも決まっていて、LEDビジョンの建設費だけで約1300億円、総工費は約3100億円かかったそうです。
(*3)総面積が3565.2平方メートル
――すごいスケール感ですね……。アリーナやスタジアムのコントロールルームでは、スタジアムの外のビジョンもコントロールできるのですか。
安藤:はい。スタジアムの外の映像を操作できるスタジアムもあります。たとえば先ほどのインテュイットドームの外側にも巨大なLEDディスプレイがありますし、MLBのアトランタ・ブレーブスは、外にあるモニターをコントロールルームから操作しています。5キロぐらい離れたところに大きい電子広告があって、コントロールルームは球場と共通です。他にも、東京ドーム2個分に相当する10万人収容のアメフト専用スタジアムを持っているオハイオ州立大学のビジョン映像は、3キロ離れた自前の1万8000人のアリーナの地下のコントロールルームに光ファイバーでつないで操作しています。なので、例えば、最近長崎にできたピーススタジアムと隣接するハッピネスアリーナも一つのコントロールルームで運営操作可能という考え方です。
――日本ではBリーグが屋内競技ならではのエンターテインメント性を重視したさまざまな演出で集客を増やしていますが、そうした演出方法についてはどう感じますか?
安藤:たとえばNBAとBリーグを比較すると、Bリーグの方が、圧倒的に試合を盛り上げるためのイベントや仕掛けが多く、それがBリーグの魅力になっていると思います。試合は動画やSNS、TVで観ていましたが、昨年の1月に帰国した際に、いくつかのアリーナに足を運んで観戦させていただきました。B1のアルバルク東京と千葉ジェッツ、横浜ビー・コルゼアーズ、大阪エヴェッサ、B2のアルティーリ千葉、B3の横浜エクセレンスなど、関東近郊のチームの試合を中心に回りました。
その時に、特に横浜エクセレンスやアルティーリ千葉はストーリー性が良く、上に立って演出する方のセンスの良さを感じましたし、既存するアリーナの設備で頑張っているなと感じました。今後、新しいアリーナでより良い設備が整ったら素晴らしい演出を見せてくれるのではないかと思いました。
アメリカと違うのは“裏”に対するお金のかけ方です。アメリカでは、機器を操作するコントロールルームを作るのに数億円かけるのが一般的です。日本で「そこまでの予算をかけられない」というのももちろん理解できますが……。Bリーグは予算内で最大限に頑張っているチームが多いですし、B2、B3でも演出を工夫しているチームが増えているので、これからの変化を楽しみにしています。
文化を尊重し、「自分たちに合った演出を」
――日本のスポーツ界でも、球場やアリーナ、スタジアムで使用する大型ビジョンや、コントロールルームへの設備投資の流れはできつつあるのでしょうか?
安藤:日本のあるバスケットボールチームとそのことについて話をしたことがあるのですが、「そこにお金をかけた場合、どんな対価があって、どのぐらい儲かりますか?」と聞かれました。現場レベルでは、まだそれぐらいの認識にとどまっているということだと思います。しかしながら日本プロ野球界では福岡ソフトバンクホークスの本拠地みずほPayPayドーム福岡で、外野のファウルポールからファウルポールまでのアメリカでも類を見ないほどの巨大ビジョンを入れて演出に力を入れ始め、東京ドームにも同じような巨大ビジョンを入れたようです。そして名古屋のバンテリンドームにも同じような巨大なビジョンを入れたと聞きました。ハード面ではそのようなことができるので、次は裏側のハードとソフト面整備と人材育成の番ではないでしょうか。
――スポーツが社会に与える影響や価値など、文化的な土壌の違いが大きいのでしょうか。
安藤:そうですね。重要なことは、そういうシステムを導入することによって、その価値をファンが理解してくれ、メディアが取り上げてくれれば、チームの価値が上がるということです。チームの価値が上がればスポンサー料も上がるし、スポンサーをしたいという会社も増えます。それによってスポーツ界にどのぐらいの価値を生み出せるのか、というところまで考えて投資できるかどうかだと思います。アメリカのスポーツ界はそういう部分でウィンウィンの相乗効果を生み出すために、投資を厭わない文化があります。
ただ、帰国して日本のスポーツの現場を見て感じたのは、日本はアメリカとはシステムが違い、日本独自の考え方、やり方に合った道を歩んできているということです。アメリカのスポーツの演出が必ずしも最善ということではなく、今までのように自分たちに合った形を模索しながらいいものは取り入れ、さらにうまくいく方法を探していくのが良いのではないかと思います。
※次回連載後編は1月27日(月)に公開予定
【連載前編】北米4大スポーツのエンタメ最前線。MLBの日本人スタッフに聞く、五感を刺激するスタジアム演出
<了>
「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
なぜミズノは名門ラツィオとのパートナーシップを勝ち得たのか? 欧州で存在感を高める老舗スポーツブランドの価値とは
驚きの共有空間「ピーススタジアム」を通して専門家が読み解く、長崎スタジアムシティの全貌
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
[PROFILE]
安藤喜明(あんどう・よしあき)
ライブイベントとスポーツエンターテインメントを専門とし、試合時のスコアボードやビデオボード制作、ライブやゲームオペレーションを手がけるクリエイティブデザインプロフェッショナル/ゲームオペレーションディレクター。MLB、MiLB(AAAレベル)、NHL、NFL、MLS、NBA傘下Gリーグ、カレッジスポーツ、ライブイベントなど、幅広いカテゴリーで20年の経験を持つ。2021年からはJ3栃木シティのマルチメディアコンサルタントも勤めている。
この記事に関連するニュース
-
北米4大スポーツのエンタメ最前線。MLBの日本人スタッフに聞く、五感を刺激するスタジアム演出
REAL SPORTS / 2025年1月21日 2時44分
-
山火事の被災者支援にLAのプロチームが慈善イベント ド軍新加入スネルや元日本代表の吉田麻也ら参加
スポニチアネックス / 2025年1月18日 12時57分
-
大谷のドジャースも八村のレーカーズもケチ? ロス山火事寄付、世界的チームも平均1億円
産経ニュース / 2025年1月17日 12時57分
-
ロス山火事でケンタッキーダービー制覇騎手、元ド軍・朴賛浩氏の自宅も焼失【スポーツ界影響まとめ】
スポニチアネックス / 2025年1月11日 9時20分
-
NFLラムズのプレーオフはアリゾナ州へ開催地変更 ロス山火事でスポーツへの影響相次ぐ
スポニチアネックス / 2025年1月10日 10時10分
ランキング
-
1【DeNA】不倫謝罪の東克樹にファン複雑「やっぱり」「最初からするなよ」「日本一が台なし」
東スポWEB / 2025年1月23日 15時3分
-
2真相は闇の中に…“イチロー外し”の記者はなぜ不明? MVP投票と異なるシステムの違い
Full-Count / 2025年1月23日 14時28分
-
3イチロー氏米野球殿堂入り 過去の放送禁止用語発言ぶり返され「凄く後悔」「そういうこと言うのやめよう」
スポニチアネックス / 2025年1月22日 9時1分
-
4【DeNA】東克樹の不貞行為が韓国でも報道 「また不倫」日本球界に冷ややかな目
東スポWEB / 2025年1月23日 18時12分
-
5「CL敗退なら100%失敗」逆転負け喫しCLで窮地に陥るシティ…「間違いなく自信を失った」と指摘する声も
超ワールドサッカー / 2025年1月23日 17時50分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください