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4大プロスポーツ支えるNCAAの試合演出。「ジェネラリストは不要」スポーツエンターテインメントはどう進化する?

REAL SPORTS / 2025年1月28日 2時20分

MLBのアリゾナ・ダイヤモンドバックスの演出を担うスタッフとして、アメリカのスポーツエンターテインメントの最前線で活躍する安藤喜明氏は、アメリカでプロ並みの予算と人気を誇る大学スポーツの演出にも携わってきた。NCAA(全米大学体育協会)の巨額な予算やシステムに支えられた各競技の演出は、プロスポーツにどうつながるのか? 演出のスペシャリストが集う現場のリアルと、次世代の技術者の育成構造、スポーツエンターテインメントの未来図について語ってもらった。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=安藤喜明)

チーム・ファンと一体で作り上げる空気感

――安藤さんが、スポーツエンターテインメントの演出の仕事にやりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?

安藤:私が一番やりがいを感じるのは、スタジアムのドアが開いて、試合が終わってそのドアが閉まるまで、一つもミスをしなかった時です。それはかなり難しいことで、ファンの方やスポンサーの方々に分かってしまうようなミスは、大きなミスです。一方で、一般的には気づかれないぐらいの細かいミスもたくさんあります。そういうミスも含めると、演出にとってパーフェクトゲームはほとんどないので、ミスなくできた時は「仕事をやり遂げた」という大きな達成感が得られます。

――試合時間が長くなるほど集中力を維持するのが大変そうですが、ミスが起きた時は、どのようにカバーするのですか?

安藤:たとえば舞台演出やミュージカル演出は、絶対にミスができない緊張感に包まれていますよね。それと同じで、スポーツでも観客が分かってしまうようなミスはまずしないように常に細心の注意を払っていますが、小さなミスは分からないようにカバーするのもテクニックですし、スタジアムの演出に携わる25人前後のスタッフでカバーし合っています。

――これまで、安藤さんにとって最も刺激的だった試合やスタジアムはどの試合ですか?

安藤:MLB(メジャーリーグベースボール)、NHL(ナショナルホッケーリーグ)のプレーオフはいつでも刺激的な空間です。ファンの高揚感が他の試合とは違っていて、こちらも「冷静にやらなくちゃいけない」と思いつつ、やっぱり興奮してしまいますね(笑)。ただ、その中でプロとして仕事をして、チームが勝ち上がった時には、チームとの一体感を感じられるので、それも素晴らしい体験です。

――熱狂が渦巻く中で音も含めてコントロールするのは、かなり難しそうですね。

安藤:そうですね。プレーオフの試合では、コントロールルームの隣に座っているスタッフの声さえ聞こえないぐらい歓声に包まれた中で、ヘッドセットでコミュニケーションをとっています。ただ、同じディレクターと長くやってきているので、声が聞こえない中でも「次はこういう指示がくるだろうな」と予測できて、早く準備できるのはアドバンテージですね。そういう連携で、チームと一体になってスタジアムを盛り上げ、そこに反応してくれるファンがいてくれてボルテージが高まった時には、この仕事の醍醐味を感じられます。

大学スポーツを支える巨額の予算

――安藤さんはNCAA(全米大学体育協会)のバスケットボールやアイスホッケーの試合やイベントなどでも演出を手がけてこられたそうですが、大学スポーツならではの演出の傾向はありますか?

安藤:大学スポーツを観にくるお客さんは、メジャースポーツのように視覚・聴覚にアプローチするような演出を期待しているわけではなく、純粋に試合を見たい人が多いので、「各自の楽しみ方をいかに邪魔しないか」がポイントになります。日本で言うと、高校野球を見にきているのに近いです。ですから特別なことはしないですが、大学スポーツが一番力入れているのはオープニングで、試合前に高揚感を高めるためのビデオや、光のショーを見せることがあります。自前のマーチングバンドが入っている場合は、彼らがいろいろな演奏をして盛り上げるので、私たちがLEDビジョンを使ってその演奏を効果的に見せてあげる形です。スポンサー広告をしっかり流す、スポンサーの入っているプロモーションをこなすのも重要な仕事です。

――自前の立派なスタジアムを持っている大学も多いそうですが、大学スポーツの予算も、かなりのスケールになるのでしょうか。

安藤:アメリカのカレッジスポーツの予算はすごいですよ。以前、私が勤めていたコロンバス・クリッパーズというマイナーリーグのAAA級のチームは、オハイオ州立大学と同都市にあったのですが、同大学の体育学部の年間予算が約350億円です。つまり、それだけ稼ぎ出せるということです。体育学部だけの価値は約1500億円ほどになると算出されています。アメリカンフットボールは毎試合、10万5000人のスタジアムがいっぱいになりますし、バスケは自前で1万8000人収容のアイスホッケー兼用のアリーナを持っていて、現在は、アイスホッケー専用のアリーナも作っています。

――プロとして十分に興行が成立するレベルですね。逆に、集客に苦戦している競技やマイナースポーツだと、演出面ではできることが限られるのでしょうか。

安藤:もちろん、予算があればあるほどいろいろなことができますが、予算がなくてもある程度試合をうまく見せることはできるので、そこは私たちの腕の見せどころです。たとえば、ビジネスパーソンならほとんどの人がエクセルを使えると思いますが、関数やマクロなどの知識があって活用できれば、作業を自動化して業務効率を向上させることができます。それと同じで、コンテンツをうまく見せたかったらまずはシステムを深く知り、使いこなせるようになることが大事になります。

大学で専攻、インターンからプロへの道も

――大学スポーツとメジャースポーツの演出面での違いはどんなところですか?

安藤:あまり変わりはないですが、予算額は違うと思いますし、映像やコンテンツの作り方も違うと思います。大学スポーツは競技がすごく多いですし、その制作を専門にやっている部隊は、大学が自前で持っています。大学の授業でそういう映像制作を専攻している生徒たちがいて、彼らを授業の一環として動員しています。

――学生のうちに現場で場数を踏むことができるのは、後進の技術者が育つ意味でも大きいですね。そこからメジャースポーツのスタッフになれるチャンスもあるのですか?

安藤:アメリカの4大スポーツでは、各部署に毎年インターン生を受け入れています。大学生の3年か4年、もしくは新卒で、インターンとして1年間を仕事します。日本では一般的に、インターンは業務を経験し、会社のことを知る機会を得られるという感覚ですが、こちらではインターンのポジションを勝ち取ることは、他人より何か光るものがあるから雇われていると自覚でき、その道へ切符を掴み取ったと認識されます。そして、1週間で40時間以上勤務しないように調整し、勉強をしながらプロの現場で経験を重ねて人脈を得ることができ、その上で最低限の給料も発生します。

――それだけの好条件だと、倍率はかなり高そうですね。

安藤:そうですね。一つのポジションに対して100名から200名の応募が殺到します。ダイヤモンドバックスで私が所属する部署だけで見ても、映像編集、3Dアニメーション制作、ゲームプレゼンテーション、クリエイティブと各部署にインターンを数名ずつ雇っています。球団内だけでも相当数のインターンを毎シーズン雇い入れますが、すべて専門性が必要とされる分野で、ジェネラリスト(*1)は求められていません。

(*1)広範囲な知識を持った人。スペシャリストの対義語

――専門的な知識やスキルを突き詰めれば、安藤さんのように経験を重ねてさまざまな競技で仕事をする道がひらけますか?

安藤:その可能性はあります。今年も、うちで働いていたインターンの子がMLBの他のチームの専属スタッフや、NBA(ナショナルバスケットボールアソシエーション)のチームに行きました。毎年、そういう形でプロの現場に若いスタッフを送り出していますし、他チームや組織でインターンをしていた人材を雇用することも多々あります。築き上げた人脈を基にスキルと経験重ねていけば多くの舞台で活躍することが可能になます。まず与えられたポジションで信用信頼を獲得することで次への道が開き、さらに多くの道と選択が可能となるわけです。

スポーツエンターテインメントはどう進化していく?

――安藤さんは、今後のスポーツエンターテインメントの進化の未来図をどんなふうに描いていますか?

安藤:アメリカのスポーツ界は、さまざまな競技やチームがお互いに情報共有をしながら、いいものはどんどん取り入れて進化の歩みを止めないようにしています。最近では、球団の中にエージェンシーや広告代理店のような独立した組織を作って、映像、アニメーション、クリエイティブ、マーケティングやゲームプロダクションなどの各部隊が、地域に連動したイベントや新しい仕事を作り出すような形が増えています。外部に丸投げするよりも、内部でいろいろなことをできるようにして生産性を高めているからです。

――アリゾナ・ダイヤモンドバックスでも、イベントは外注でなく、チーム内で企画することがあるのですか?

安藤:うちはチーム内に「アリゾナ・ダイアモンドバックス・イベント・アンド・エンターテイメント」(通称:ADEE)という部署があって、そこがイベントのブッキングと運営をしています。一から自分たちで企画して売り上げを作り、円滑に運営することができます。本拠地としているチェイス・フィールドは開閉式の屋根で、夏場も冬場も、屋根を開閉して使用できますし、そもそもアリゾナは年間350日ぐらいは晴れているので雨の心配がなく、イベントもブッキングしやすいんです。スタジアムを年間を通して稼働できる体制を作っているので、自由に運営ができて、オフシーズンもさまざまなイベントができるのは、お金を生み出す上では大きなメリットになります。

――日本でも同じような成功例が一つの競技で出てくれば、そういう流れができる可能性はありそうですね。

安藤:NPBでは北海道のエスコンフィールドが今話題になっていますね。福岡、横浜、広島、千葉、阪神、埼玉、仙台と所有、もしくは指定管理者権利を持っているので野球以外でも興行運営していますね。Bリーグは「TOYOTA ARENA TOKYO(トヨタアリーナ東京)」がもうすぐ完成予定ですが、アルバルク東京と、2026−27シーズンからはサンロッカーズも本拠地として使うようですし、これからは自前で完結させられるチームがどんどん出てくるんじゃないかと期待しています。

 チーム内のネットワークでアイデアを共有できるので、「こういうものを作ったらいいんだな」とすぐ分かるし、ミーティングもしやすく、スムーズに情報共有できるのは最大のメリットだと思います。外部に丸投げするよりも、まずはその仕組みにお金を投資した方がいいという考え方は、アメリカにとどまらず、スポーツエンターテインメントの一つの未来図になると思います。

【連載前編】北米4大スポーツのエンタメ最前線。MLBの日本人スタッフに聞く、五感を刺激するスタジアム演出

【連載中編】総工費3100億円アリーナの球場演出とは? 米スポーツに熱狂生み出す“ショー”支える巨額投資の現在地

<了>

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[PROFILE]
安藤喜明(あんどう・よしあき)
ライブイベントとスポーツエンターテインメントを専門とし、試合時のスコアボードやビデオボード制作、ライブやゲームオペレーションを手がけるクリエイティブデザインプロフェッショナル/ゲームオペレーションディレクター。MLB、MiLB(AAAレベル)、NHL、NFL、MLS、NBA傘下Gリーグ、カレッジスポーツ、ライブイベントなど、幅広いカテゴリーで20年の経験を持つ。2021年からはJ3栃木シティのマルチメディアコンサルタントも勤めている。

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