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最多観客数更新のJリーグ、欧米女子サッカービジネスに学ぶ集客策。WEリーグが描く青写真とは?

REAL SPORTS / 2025年1月28日 2時27分

2021年に、国内初の女子プロサッカーリーグとしてスタートした「WEリーグ」は、過去3シーズンの観客数が約1500〜1700人で推移。各クラブは観客数を増やすために試行錯誤をしてきた。一方、リーグによる施策や各クラブの取り組みを結実させ、昨年、過去最多観客数を更新したのがJリーグだ。当時クラブサポート本部長としてその施策を主導していた黒田卓志氏が、昨年9月にWEリーグの事務総長に就任。その知見はWEリーグでも大いに生かされそうだ。Jリーグで行った施策、女子サッカーをビジネスとして成功させているアメリカやヨーロッパとの比較――。WEリーグが進むべき道について、黒田氏はどのようなビジョンを描いているのだろうか。

(インタビュー・構成・本文写真撮影=松原渓[REAL SPORTS編集部]、トップ写真提供=WEリーグ)

「マーケティングを地道にやるしかない」

――WEリーグの平均観客数は、1シーズン目の2021-22シーズンが1560人、2シーズン目が1401人、3シーズン目が1723人と伸び悩んでおり、今シーズンは前半戦を終えて1728人です。昨シーズンからはやや微増傾向ですが、どのようにご覧になっていますか?

黒田:これを「上向いている」と言って良いのかどうか……。リーグとして特別なことをしているわけではないですし、1400人から1700人というのは同じ範囲で、大差はないとも言えると思います。ただ、実際に伸びているクラブもあって、それはプロモーションに意識を向けて一生懸命に頑張っている成果だと思います。そういう意味では、リーグとしてリードできていることはまだなく、クラブの頑張りがこのような数字につながっているのだろうなと思います。

――リーグ創設時に掲げた「1試合平均5000人」という集客目標については、達成可能な数字だと思われますか?

黒田:平均5000人というのは、目標というよりも「プロサッカークラブのビジネスを回していくためには5000人くらい入れないといけないよ」という意味合いの数字です。しかしながら、集客に苦労している現実があるため、その数字が一人歩きしてしまっているように思います。「女子のプロリーグを成功させる」という、前例が少なく相当難しいチャレンジであることは、この3年の入場者数が物語っているように思います。もちろん、広島のように立地が良いスタジアムが新しくできたという、非連続な成長がある場合は別ですが、そうでなければ、徐々に伸ばしていかないといけないと思いますし、ここに魔法の杖はなく、マーケティングを地道に愚直にやっていくしかないと思います。

Jリーグが打ち出した集客の秘策とは?

――Jリーグは2024年にリーグ戦史上最多入場者数を更新しました。黒田さんは2010年以降、Jリーグで事業統括、競技運営、経営企画などさまざまなポストを歴任してこられましたが、観客数増加の変化についてはどのようなことが功を奏したのですか?

黒田:Jリーグがここ2年で観客数を伸ばしているのには二つの理由があります。一つは、「各クラブのエリアにあるローカルメディアの活用」でした。(Jリーグは)地元の人たちに認知はされていたのですが、それを興味・関心に引き上げるために、地元メディアを通じてより身近な情報を届けようと考えました。そのために、JFAとJリーグでお金を出して、「KICK OFF!○○」という、○○に地域名が入る番組を各地でスタートさせました。トライアル期間を経て、正式に全国30エリア、45都道府県で始めたのが2023年4月です。私はその取り組みを所管するクラブサポート本部の本部長として、2年間このプロジェクトに携わりました。

――最前線で現場を支えていたのですね。具体的にはどのように露出を増やしていったのでしょうか。

黒田:「ローカルテレビ局での露出」というのがポイントです。プロスポーツとして、一定数のメディアの皆様にご取材いただいて露出することはもちろんありがたいのですが、野球や他のスポーツに比べると露出が少なかったので、こちらからお願いをして、ローカルテレビ局で露出してもらおうと考えました。そこで、各局にお金を出して番組を作ってもらい、テレビ局の皆様には、「番組はもとより、番組以外での露出もぜひお願いします、ネタは全部こちらが提供します」と伝えました。そういうやりとりをしながら各エリアでJクラブやサッカー関連の露出が増えていき、2022年から23年にかけて全国でサッカー関連情報の露出量が3倍に増えました。

――それはすごい効果ですね! 費用対効果で考えてもプラスになったのですか?

黒田:広告価値に換算すると、かけたお金の数倍の効果がありました。Jリーグはその成功体験で、大きな車輪の1回転目を回しました。その弾み車で昨年は2周目の好循環に入りました。それができたのは、JFAとJリーグで「まずは投資をしよう」という大きな意思決定があったからです。

マーケティングの極意を共有してクラブに寄り添う

――戦略が見事に功を奏したのですね。観客数が伸びたもう一つの理由もぜひ教えてください。

黒田:もう一つは、露出が増えたことで興味を持ってくれたお客さんに、行動に移してもらうために、各クラブのマーケティングを手厚く支援したことです。クラブのマーケティング担当者の育成講座を実施したり、「前年比何パーセント増を狙うのか」という目標の立て方、それが絵に描いた餅にならないようにするための戦略や戦術、かかる費用などを一緒に考えました。そのために、Jリーグのクラブサポート本部では、各クラブのサポート担当を設置しました。60クラブのサポートを約30人で担当しました。

――各クラブサポート担当者は、どのぐらいの頻度で担当クラブとコミュニケーションをとっていたのですか?

黒田:クラブの状況と課題によって異なりますが、毎週木曜ぐらいから担当クラブに出張して、土日の試合で一緒に運営をして、振り返りをして帰ってくる感じです。良い事例などはクラブサポート本部で共有して、それぞれの担当クラブに還元しました。もともと、メディア露出もマーケティングもかなり伸びしろがあったので、特にそこを強化した2年で、Jリーグはある程度の結果が出ました。

――とても頼もしい成功体験ですね。 WEリーグも時間をかけて同じように取り組めば、大きな車輪が回りそうなイメージはありますか?

黒田:そうですね。まずはクラブに寄り添うことに力を入れて、Jリーグのクラブサポート本部で取り組んだクラブのマーケティングサポートを、WEリーグでもしっかりやっていくつもりです。地元でどれくらいの人たちに認知されていて、どういう人たちがスタジアムに足を運んでくれているのか、何回来てくれているのか、まずはそういうマーケティング調査を行い、お客さんの顔が見える状態にすることからかなと思います。

――Jリーグでは、調査データをどのように集めて、集客に結びつけているのですか?

黒田:JリーグID(※)に紐づいた情報から、チケットを購入したお客さんの顔が見えるようになっているので、一人一人の傾向に合わせて違うお知らせを送れるようになっています。たとえば、まだ1回しか来ていない人には、もう一度来てもらうために優待チケットのご案内などを送り、年間10回来てくれた方には、翌年のシーズンシートのお知らせを送るというように、一人一人に最適なご案内を出すようにしています。それはマーケティングの基本ですが、WEクラブはスタッフが一人3役、4役をこなしているケースもあり、なかなか手が回らない状態だと思います。いずれは、各クラブでもマーケティングやプロモーションの担当者が専任化されれば理想的だと思います。

(※)Jリーグの各種サービスで利用できる共通の会員IDサービス(登録は無料)

――12月に行われたクラシエカップの準決勝と決勝では、早速JリーグIDに登録してもらって無料招待するなどのチケッティングをスタートさせていましたが、それもマーケティングの一環だったのですね。

黒田:そうです。リーグ全体でそのような基本データを共有しながら、マーケティングやプロモーションのプロフェッショナル人材が、各クラブをサポートしていきたいと思っています。1クラブに一人というわけにはいかないかもしれませんが、12クラブしかないので、担当者で集まって勉強会をしていけば、今は1700人強の来場者の数がさらに伸びるのは間違いないと思います。

「観客数」ではなく「収容率」が生み出す熱気。参入基準の見直しも

――女子サッカーリーグ最高峰と言われるイングランドでは、平均観客数が7000人強で、平均2000人台のチームもありますが、コンパクトなスタジアムが多く、スタンドに熱気があふれています。WEリーグは大きなスタジアムに1500人前後で、空席の方が目立つことも多くあります。それについてはどう考えていますか?

黒田:そのことは懸念していたので、実は昨年12月の実行委員会で、スタジアム基準の見直しを議題として上げました。今まで実行委員会のテーマは大体、「決議事項」と「報告事項」の2つだったのですが、その中間に「検討事項」を入れて、リーグ側から問題提起をしています。野々村チェアはよく「試合を良い作品にする」と表現しますが、良い作品の構成要素は、一つ目が良いサッカー、つまりピッチ上のクオリティです。二つ目がスタジアムのスペックで、三つ目がそこに集まってくるファン・サポーターの熱量や空気感です。三つ目に関しては、入場者数の絶対値よりもスタジアムの満員感をどれだけ出せるか、という意味で「収容率」をどれだけ上げられるかが勝負だと思っています。

――収容率が高いほど、空間の熱量や雰囲気を肌で感じられますね。すでに調査は進んでいるのですか?

黒田:はい。わかりやすく言うと、味の素フィールド西が丘(収容人数7258人)は、コンパクトで満員感もあり、雰囲気が良いじゃないですか。そういう空間での試合を増やしていければ理想的だと思っています。

 そこで、今のスタジアム基準のままで良いのか、もしくは今のスタジアム基準を満たしていなくても、各クラブの周辺地域で収容率を上げられそうなスタジアムがあれば、そこでの開催もありとするのかを検討すべく、各クラブにヒアリングしています。そういうスタジアムがあって、もしできるのであればそこで試合をやってみましょう、と。

――女子サッカーの魅力が伝わりやすく、ファンが過ごしやすい空間について、今一度、考え直す良いきっかけになりそうです。いずれは、参入基準が見直される可能性もあるわけですね。

黒田:そうですね。女子サッカーは男子に比べて、ピッチ上で何が起きているかが分かりやすく、ゆったり見られるので、サッカーを生で見たことがない人にとって、入り口としても見やすいんじゃないかと私は思います。そういう意味では、今まで試合をやったことがないエリアで開催するのも一つのアイデアだと思うんです。先月の実行委員会では、普段試合を開催しているホームタウンやスタジアムではなく、プロスポーツを見るチャンスがなかなかない地域で開催してみるのも良いのではないかという提案がありました。小さなスタジアムでも試合ができるようにしたら、女子サッカーの普及にもつながるし、収容率を上げて「良い作品」としての満員感を出すこともできると思います。そういうことも踏まえて、これから数カ月間検討をして、来シーズンに向けてスタジアム基準を見直そうと考えています。

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<了>

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[PROFILE]
黒田卓志(くろだ・たかし)
1978年香川県出身。公益社団法人 日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)事務総長。高松高校を経て筑波大学でプレーし、2001年からJリーグ・大宮アルディージャで約10年間、フロント業務や育成年代の指導に従事。2010年からはJリーグに移り、競技運営部、経営企画部、フットボール本部などで重要なポストを担ってきた。2024年9月より現職。WEリーグ・野々村芳和新チェアの下でリーグ発展のキーマンとして、競技運営やマーケティング、広報から経営企画まで幅広く携わる。

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